第35話 邪神残侠伝・急~ヤクザの俺と相棒が不気味な寒村にカチコミに来たらロリカワ青髪巫女の婿になれと言われた件~
翌朝。
龍之介は少数の手下と令也を連れて肝盗村へと向かうことにした。
「じゃあ行ってくる。明日の夜までには帰ってくるつもりだが……」
「はいはい、とっとと帰ってくるんだよ龍さん。まだ街も落ち着いた訳じゃないんだからさ」
龍之介の妻は溜息をつく。
止めても止まる男じゃないことを彼女は知っている。
だからこうして送り出すことしかできない。
「分かっているさ。その街をなんとかする為にも、この一件の始末ができたら本格的に組の旗揚げだ。忙しくなるから今のうちにゆっくりしな」
龍之介はそう言って令也や部下が乗るジープに自分も乗り込む。
「じゃあ行きますよ親分」
「おう、車を出せ。途中で函館に寄ろうぜ。烏賊食いてえよ烏賊」
「時期じゃねえよ兄貴。6月からだ」
龍之介達の乗るジープが走り出す。
彼女はジープが曲がり角に消えるまで手を振っていた。
*
「良かったのかよ兄弟」
令也は隣りに座る龍之介に尋ねる。
「何がだ?」
「あんな美人のかみさん放ってわざわざ金にもならねえ喧嘩をしに行くなんてどうかしてるぜ」
龍之介はそれを聞いて笑う。
「なめられっぱなしでいられるかよ。仮に相手が化物でもな」
「そういうもんかねえ……」
「そういうもんだよ」
令也は溜息をつく。運転席と助手席に乗る手下はゴクリと生唾を飲み込む。
「あ、あの……親分、令也さん。化物ってのは……」
「俺達だけで始末はつける。お前らは俺達が戻ってくるまで車の中に居ろ。良いな?」
「は、はい」
「勿論です。お二人の命令なら!」
「そうそうそれで良い」
令也は機嫌良さそうに頷く。
笑ってる場合じゃねえんだけどな、と龍之介は小さく呟いた。
*
「着いたぞ令也」
一行は日が沈む前に肝盗村の萬川神社へとたどり着いた。
人も少ない狭い村だ。ジープに奇異の視線が集まる。
「……ああ、すまねえ眠ってたのか。兄貴、俺達随分と睨まれてないか?」
「まあな。田舎だから珍しいんだ」
「じゃあ丁度良いな」
「何をする気だ?」
「いい考えが有るんだ。兄貴はリュック用意しといて」
令也は龍之介より先にジープから飛び降りると、ジープの周囲に集まっていた子供達に懐から大量のチョコを出す。
「コンニチワー、僕達軍から来マシタ。コレあげるから皆は別の場所で遊ンデテネ。約束デキルカナ?」
カタコトで話す令也の言葉に子供達は真面目な顔で頷く。
彼ら全員の視線が令也の持っているチョコレートに注がれている。
「Okay!! ミンナ良い子デスネー」
令也の英語の発音とジープで、子供達は彼をアメリカの軍人だと思い込む。
令也はジープに戻ってくると龍之介にニッコリ笑って見せた後、二人の手下相手に耳打ちする。
「こうすると子供達の話を聞いた大人も俺達が米軍関係者だと信じる。そうすればむやみに関わらせないようにしつつ監視だけはする筈だ。人目が有る限り、この車もそう簡単には襲われないだろう。つー訳で、俺はアメリカの軍人さん。君達その案内人。良いか?」
手下はコクコクと頷く。
「良いね。じゃあ行こうか兄貴」
「おう」
龍之介は令也と共に萬川神社の社務所へと向かった。
*
「ようこそいらしてくださいました。私が神主の
龍之介と令也が札幌から指輪を渡しに来たと言い、令也が指輪を見せると、彼らはすぐさま本殿へと通された。
「あんたが眞守の人間か。随分とあっさり通してくれたものだな」
「香食令也様に……清水龍之介様でしたか。いや、事情については聞き及んでおります」
ヘラヘラとした笑みを貼り付けたまま、旺部は手を鳴らす。
――刺客でも呼ぶつもりか。
そう思った龍之介だが、それにしてはあまりに殺気が無い。
それどころか、青みがかった髪色をした少女が酒を運んできた。
「巫女さんか、美人だねえ」
「おい兄弟、それどころじゃねえだろ」
「はは、娘です。持病のせいか、嫁の貰い手も見つからず困っていたところで」
そう言って旺部は笑う。娘は赤い瞳で令也に微笑みかけてから部屋を出る。
「この度は大変ご迷惑をおかけしました。聞けば貴方がたは元々我々の揉め事に巻き込まれたとのことではありませんか」
二人の前に酒が並ぶと、旺部はそう切り出す。
「ああ、こっちとしてはひたすらに巻き込まれっぱなしだ」
龍之介の言葉に令也が頷く。
「左様でしたか……いえ、身内の恥を晒すようで恥ずかしいのですが、近頃息子が東京から来たろくでもない連中とつるむようになりましてね。やれ我々は選ばれし存在だのなんだのと……そんなこと声高に叫ぶものではありません。神の恩恵とは自然溢れ出るもの。神々の威光を知らぬものにまで見せつけようなどと……人の目を焼いて回るような残酷な行いです。いくら人が愚かとて、そのようなことをして良い道理がありません」
龍之介と令也は黙り込む。
――あの時の連中にこの男の息子が居たならば、俺達は息子の仇となる。
――だというのにこいつ、妙に穏やかだ。
「そもそも、我々の祖先が流罪の罪を受け、この極寒の地でこれまで生きてきたことが既に神の恩恵だったのです。それ以上のことを望むべきではなかった。我々は神を崇めるのであって、人に崇められる必要は無い。我々は既に選ばれており、来るべき時まで静かに此処で祈りを捧げていれば良かった」
「つまり、何が言いたいんだあんた。説法を聞きに来たんじゃねえんだぞ」
龍之介が話をさえぎる。
「簡単ですよ。息子のことはこちらも飲み込もうと言いたいのです」
死んだ魚のような旺部の瞳が暗い熱を帯びる。
思わず気圧された二人は生唾を飲み込む。
「それは手打ちを望んでいるということか」
龍之介の言葉に旺部は頷く。
――妙なことになってきやがった。何も無しで終わらせることができるなら良いが……。
龍之介は服の袖に隠したドスを何時でも抜けるように準備する。
「貴方達は今札幌で勢力を伸ばしている非合法組織の人間であると聞いています。折角ならこれを機に仲良くおつきあいをさせて頂ければとね。それと、私としては
「随分と俗っぽいなあ?」
令也は笑う。だが旺部は真面目な顔だ。
「真剣ですよ。あなた方のどちらかを一族の婿として迎えようというのですから」
「なんだと……」
「おいおい正気かよ?」
龍之介と令也は顔を見合わせる。
「村に富を齎すことが最優先。自ら手をくださずにそれを手に入れられるならば悪くはない。娘にも使いみちができる」
旺部の発言に龍之介は眉をひそめる。
「悪いが俺にも令也にもエラなんて無いぞ。あんたたちのお仲間になれるとは思えない」
「私も元は別の土地から神職として此処に迎えられた者。些末な問題でしょう」
「そうか……残念ながら俺はそれには乗れないな」
「何故? これでも譲歩したつもりですが……もしや人間の妻が居るからでしょうか? それとも剛のことですか? あれは不運な事故でしたが、まあそんなものでしょう。あれは血が薄い。暴走した
龍之介は溜息をつく。
「ああ、それでは香食様は……」
――やっぱこいつは殺さにゃ駄目だ。
――というか、ここで引いたら格好がつかねえ。
彼はひどくあっさりと決断を下した。
「駄目だ。令也もてめえらにはやれねえ」
「何故?」
「お前さんがな――」
そして瞬時に服の右袖からドスを取り出し、旺部に躍りかかる。
「――任侠じゃねえからだよ!」
「なっ――!」
しかし、龍之介の目の前に漆黒の粘液が降り注ぎ、壁となる。
ドスは粘液の壁に突き刺さり、絡め取られる。
「ちぃっ!」
「さっすが兄貴、怖いねえ怖い怖い」
「馬鹿言ってねえでおめえも動け!」
「はいはいおまかせ!」
「なんと野蛮な! 此処は神の坐す場所ですぞ!」
ドスを奪われた龍之介は、懐から拳銃を取り出して撃ちながら後ろに下がる。
その間に令也はバッグの中に入れていた瓶を三本取り出し、粘液の壁に向けて投げつける。
H大での戦いとは異なり瓶の中身はガソリン。
瓶は粘液の中で割れるもの、床にぶつかって割れるもの、揮発したガソリンの臭いが鼻をつく。
「悪いねえ、俺と兄貴は神も仏も無いヤクザ者でよ……っと」
令也は火を点けたマッチを投げつけ、神社を燃やそうとする。
「おやめなさい! そんなことをしても無駄というものです!」
だが駄目だった。
旺部の澄んだ声と共にそれは現れた。
それは本殿の床の隙間から現れて、燃え盛る炎を巨躯に任せて押しつぶす。だがそれだけじゃない。同時に壁から、御神体から、天井から、同じものが現れる。
前に出会ったものより一回り大きな個体が十体。
龍之介と令也は互いに背中を預けて苦笑いを浮かべる。
「どうするよこれ」
令也は笑う。
「今から降参するか?」
龍之介も笑う。
「でしたら非礼の分の埋め合わせもしていただかなくてはいけませんね」
追い詰められている二人を見て、旺部は嗜虐的に笑う。
――これで、終わりだなんて思うなよ。
龍之介は旺部を睨みつける。その凄みに、旺部は笑みを引きつらせる。
「いやだねぇ、俺達任侠者は筋が通らない限り頭は下げねえ!」
龍之介はそう叫んで左の袖からドスを取り出すと、国民服の上衣を切り裂く。
龍之介は露出した上半身にダイナマイトを巻いていた。
令也も、旺部も、悲鳴を上げる。
「馬鹿! 兄弟! 俺まで殺す気かぁ!」
「うるせえ! お前の命も預けろ!」
「そ、その程度で! 私を殺せるとでも思っているのですか!」
「殺せねえかもなあ! 一泡吹かせたら満足よぉ!」
しばしの沈黙。
その間にも黒色の粘液はじわじわと二人への包囲網を狭めてくる。
「やめな! これ以上近づいたらドカンだぜ!」
「おだまりなさい! 人間の力で我々を傷つけられると思わないことですね!」
旺部がそう叫んで龍之介達に手を翳す。
黒色の粘液の表面が泡立ち、刹那、体表から漆黒の槍が伸びる。
龍之介が腹に巻いたダイナマイトを起爆させようとした時、令也がそれを止めた。
「――はっ?」
旺部はマヌケな声を上げて自らの胸を見る。
その中央を、漆黒の槍が貫いていた。
旺部の胸から、赤い血が止まることなく吹き出し続ける。
「しょごすとうしゃの指輪? だかなんだか知らないがよ」
令也は鮫のような笑みを浮かべ、旺部を指差す。
「俺でも使えるって言うなら、案外大したものじゃないみたいだ……な!」
その指には、令也が剛の亡骸から回収した指輪が嵌められていた。
「何故……、何故、貴様が……! いや、その気配はしたが、よもやここまで血が濃いなどと――」
「眞守さんよ……マーシュという名を聞いたことは有るか?」
「マーシュ……そうか、まさか!」
令也が拳を握りしめると同時に、旺部の全身を漆黒の槍となった粘液が貫く。
「おい、兄弟!? こいつは一体……!」
「はっ、話は後だぜ兄貴……ぐっ!」
顔面蒼白になり、今にも倒れそうになりながら、令也は叫ぶ。
「どけっ! てめえら!」
その声と共に黒い粘液達は引き下がり、道を開ける。
すると令也は血を吐いてその場に崩れ落ちる。
「馬鹿野郎!」
龍之介は令也に肩を貸して走り始める。
二人は神社の本殿から飛び出したところでそれぞれ信管を作動させたダイナマイトと黒い指輪を本殿の中へと投げ捨てる。
爆発四散する神社を背にして、龍之介と令也はジープへと飛び込んだ。
「車を出せ!」
騒ぎを聞きつけて人々が集まる頃には、彼らのジープは肝盗村から離れ、函館への道をひた走っていた。
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