第21話 境界線上の交神規定《プロトコル》 後編①
「ひゃっはー! ハイエース様のお通りだ!」
「ひゃっほー! 素敵ねえ! 誰もいない道をぶっ飛ばすの!」
「待ってナイア、さっきからマジムンとかいうのは居るわ」
「いやあ、全く見えないわねえそんなの!」
「そうだなあ! 見えねえなあ!」
「ま、禮次郎は見えないだろうさ」
沖縄の離島の小さな道を、ハイエースが爆音を上げて疾走する。
音と光に注目して集まってきたマジムン達だが、彼等が理解できない文明の利器が、彼等がそれを学ぶ暇も無く、彼等の五体をバラバラに引き裂く。
豚、嬰児、蛇、それらを象ったぬらつく身体の怪物が爆発四散して、タール状の赤黒い液体が飛び散り、
――さっきまでは伝奇ホラーみたいな雰囲気だったけど。
――今じゃすっかりハリウッドだな。
「うわあ~~~~~! なんか来てる! すごいデカいの来てる!」
悲鳴を上げて禮次郎にしがみつくクチナシ。
「いくわよぉおおおおお!」
速度を上げるハイエース。
「いやあ楽しいなあ!」
――まあ、楽しいから良いか!
禮次郎はクチナシを抱き寄せて、車内の手すりを強く握った。
*
「ひっ……ぐす……怖かった……」
「ナイア、少しやり過ぎではありませんか?」
「まあまあリリスちゃん。結果として邪魔な連中全部突破できたんだから問題無いって」
「そうよ。ついでに化物退治もできたんだから細かいことを考えるのは無し!」
「分かりました……でも運転の最中に車から飛び出して刀を振り回すのはやめてくださいね? せめて一声かけて、一声で良いから」
「分かったわよ。運転代わってくれてありがとうね」
一行は無事に
山には薄ぼんやりとした灯火がポツラポツラと点在しており、その灯火の道の先には先程からなり続ける単調な太鼓の音色とぴーひゃららという笛の音が聞こえる。
どうにもお囃子の一種らしく、山全体を震わすような低い声で「いあ……いあ……」と聞こえてくる。
「おたくらが居ると助かるな。普段だったら身を隠し、気配を探り、下調べして、武装を整えてからおっかなびっくり進む探索がここまで楽になるとは思わなかった」
「あら、ありがとう」
「どうだ。事件が終わったら用心棒として雇われてみるつもりはないか」
「申し訳ありません。我々も行かなければならない場所があるものですから」
「そうか、残念だ」
「それにあまり長く居ると、そちらの女の子に睨まれそうですもの」
リリスの視線の先にはクチナシが居た。
「えっ、僕!?」
顔を赤くするクチナシとそれを笑う禮次郎。
「確かにそれは否定できねえわ。無かったことにしてくれ」
「禮次郎までやめてよぉ!」
ナイアとリリスも思わず破顔してしまう。
恐らくは冒涜的な儀式が行われているであろう山の中にあって、四人は驚くほどリラックスしていた。
盲目の禮次郎が歩くペースに合わせながら、四人はゆっくりと山道を進みはじめた。
*
山の道は途中から石段があり、周囲にはシーサーに良く似た像が立ち並ぶ。
だがいずれも長い間手入れがされておらず、人が寄り付かなかったことがそれだけでも分かる。
よくよく見るとシーサーとは少し異なる奇怪奇天烈な生物の像なのだが、そこに禮次郎達が注意を払うことはない。
「最初にお前達が来た時は何故撤退したんだっけ?」
「
ボロボロの石段を白杖で探りながら、ナイアとリリスの後ろについて登る禮次郎。
その隣ではクチナシが禮次郎を支えるために寄り添って歩いている。
「毒気ってのはなんだ?」
「見たほうが早いけど……」
「もう大分近いですね」
「貴方達なんともない?」
「僕は何も……」
「俺もなんともないな。見えないし」
「盲目の禮次郎さんと、特殊な存在であるクチナシちゃんはこの祭りの影響を受けにくいということでしょうか?」
「かもしれないわね。わたし達を追いかけてきた魔術師は、このあたりで大体発狂してたし」
「私達も、平常心保てない状態でしたよね?」
「やっぱり
その時だった。
「ああっ!」
一際高い女の叫び声が山の上、灯火の道の先から聞こえてくる。
ある種聞き慣れた類の声、禮次郎にとっては不快な思い出に連なる声だった。
「……こいつは、ろくでもないな」
「はい、クチナシちゃんは目を閉じておくことをおすすめします。周囲の警戒は私達がしますから」
禮次郎達が石段を登りきった先には異様な光景が広がっていた。
生息時代、生物種、性差、それら全てが異なる様々な生物同士が身体を絡め、漆黒の原形質に身を包んでまぐわっている。
鳥、人、猿、豚、名状しがたいエトセトラ。
白濁した液体に包まれた魚の鱗のようなものが境内の玉砂利の上に転がっている。
「……またシュブ=ニグラス案件か?」
「いえ、違います。私達の調査によればここはアザトースの祭祀が行われている島です。それ故、これもまたアザトースの……うぷっ……やっぱり気持ち悪いです……」
「アザトースの祭祀? シュブ=ニグラスじゃないのか!」
「急に元気になりましたね」
「色々有ったんだよ。聞くな。アザトース絡みじゃないなら俺にだって状況は理解できる。確かに性魔術はシュブ=ニグラスのみの特権ではない」
「あら、ご存知で?」
「ああ、多少は知っている。アザトースの従者である下級の神々も性的な儀式を良く好むとされているな。ってことは、あれか。こいつら全員、アザトースを封印しようって肚なのか」
「話が早いですね。アザトースの封印が解けかける瞬間に、封印の隙間から漏れる余剰魔力で世界と世界の境界を繋ぎ、儀式を通じてアザトースの従者達を呼び出して、アザトースの封印を手伝っていただく。これはそういうシステムです」
「実に合理的だ。巻き込まれるのはごめんだがな」
「待って禮次郎、封印ってどういうこと? 邪神の崇拝者って、神を呼ぼうとするものなんじゃないの?」
「それは違うな。アザトースが召喚されると世界が滅ぶ。だからアザトースの信奉者はアザトースを眠ったままに保つ為に儀式を行う」
かつて佐々総介から聞いた言葉を禮次郎は思い出す。
「あら、その通りです。一体それを何処で?」
禮次郎は肩を竦める。
「悪いな、企業秘密だ。俺達の用心棒をやってくれるなら話すぜ」
「そういうわけにはいかないんですよね、私達」
「仕方ないな。だがこの儀式、封印だけが目的じゃないと見た」
「と、言いますと?」
「この島の人間はな。少しずつ匂いが違うんだ」
「匂い?」
「親戚ってのは顔だけじゃなくて匂いも似てくるものなんだが、この島の人間は家ごとにその匂いが大きく違う。こんな狭い島ならば、どの家にも一定の血縁関係が有った筈だ。それなのに、その匂いの類似が無いのは妙だ」
「そうなのですか?」
「恐らくだが、この儀式を通じて遺伝的多様性の保持を狙っていたんじゃないか? 封印の為に漏れ出ているアザトースの魔力を使って霧の結界を保持し、その間に曖昧になる世界の境界から同じアザトース信者を集め、アザトース自体を眠らせる儀式を行っていた。此処に居る連中……人間の中にはかつてなら島の人間も混ざっていたかもしれない。神主がその役目を? いやしかし……ああ、そうか。やっぱりそういうことか」
「禮次郎、おちついて。とにかく儀式を止めないと」
「そうだったな、悪いクチナシ。さて……ナイア、リリス、この儀式を止める為には
ナイアとリリスは顔を見合わせる。
「わからないのよね、実は」
「ええ、そこら辺の調査が……」
「というか、あなた達は知らないの? 持ってきたのに」
「俺達も運び屋だからな。神主は死んでるしさ」
――てっきりこいつら何か分かっているのかと思ってたのに!
と内心悲鳴を上げる禮次郎だが、慌てることはしない。
――
――安置すればきっと、多分、大丈夫。あとは安置する場所を見つけるだけだ。
そこまで考えた時、禮次郎は最初にこの
「いや、待て。良い方法が有る。この
森全体に響き渡るくらいの大声で禮次郎は叫ぶ。
その時だった。
ガサリと茂みが揺れる。禮次郎にしかわからない小さな音だ。
それと同時に禮次郎は素早く振り返り、山の中のある一点を指差す。
「ナイア、そこの茂みに居る奴だ!」
禮次郎が叫ぶのとほぼ同時に、彼が指差した茂みから銃声が響く。
禮次郎には反応もできない速度で放たれた弾丸は、同じく禮次郎には反応もできない速度で動く影に阻まれる。
「殺すなよ! 生け捕ってくれ!」
漆黒の影が茂みを覆い隠し、くぐもった老人の悲鳴が影の内側で響いた。
ナイアの瞳が燃え上がるかのように赤く輝くと、茂みを包んでいた影は球体を保って禮次郎達の前まで転がってくる。
影は禮次郎達の前で変形し、中に包み込んでいた老人の首だけを外に出す。
「やはりそうか。もしかしたら、この儀式を邪魔したい奴が俺達のあとをつけてるんじゃないかと思ってたんだ」
「ねえ禮次郎、もしかして分かってたの?」
「車なんて派手な手段を使った後、山道をちんたら歩いていた理由はそれだよ。この儀式を邪魔したい奴ならば追いかけてきて、土壇場で邪魔をすると踏んでいた。そしてそれが恐らく神主の爺さんだろうってこともな」
「面白いこと考えるわね。自分が危ないとは思わなかったの?」
「それなんだが、君達を信じていたから特に危ないとは思わなかったよ」
「ふふ、面白いことをおっしゃいますね」
禮次郎とナイアとリリスは顔を見合わせて笑う。
一方で、影に拘束された老人は禮次郎達を睨みつけ、大声で騒ぐ。
「く、来るな化物! 儂は知っておるぞ! あの儀式は! あのおぞましい儀式は――
「まあ落ち着いてくれよおじいさん」
禮次郎は懐から
「や、やめろ! それを持てば儂は! いや、今の儂には持てぬ! そんなものこっちに近づけるな!」
「要らないのか?」
「壊してしまえそんなもの! それがあったからこの島は儀式を続けねばならんかったのじゃ!」
「そうか、要らないのか。残念だ。そうなると、俺の仕事はできなくなってしまったな」
禮次郎は嬉しそうに頷く。
「禮次郎、気をつけて……その人はもう……」
「知ってる。この爺さんはもう半ば人間じゃないんだろう」
「うん、だから、その……さっきは死体だったけど、今は……」
「恐らくは先祖返りだな。この神社を守る一族が、ここで古くから異界の者と交わっていたのだろう。
「ノーコメントよ」
「お答えいたしかねますね。少なくとも私はその石を持っても問題ないと思いますけど、多分、ええ多分」
「まあ良い」
薬局に居た頃となんら変わらない。
患者に対する時のような穏やかな笑みで、まるで風邪の具合でも聞いているかのように、禮次郎は尋ねる。
「これは個人的な質問なんだけど、この石の使い方を教えてくれないか?」
「待て! 君は人間じゃろう! そいつらは儂を殺したんだぞ!」
――人の話を聞きやがらねえ。
禮次郎は内心舌打ちする。
「そうなの!?」
一方、驚いた表情でナイアとリリスを見上げるクチナシ。
禮次郎は穏やかな笑みを浮かべたまま、老人に応対する。
「うんうん知ってる。もしかして彼女らに殺されたのが、そうやって化物の血が目覚めた原因だったりするんじゃないか?」
「なっ――!」
ナイアとリリスは苦い顔だ。
「一つ訂正良いかしら?」
「私達が訪ねた時点で彼は既に化物でした。隠すのが得意だっただけです」
「人間の振りも上手なら、死んだふりも上手だったみたいね。仕留めたと思ってたんだけど」
「だろうな。化物になってなきゃ
禮次郎はいけしゃあしゃあと言ってのける。
「そうなんですか? ご、ごめんなさい……リリスさん、ナイアさん……」
クチナシはペコリと頭を下げる。
「いいのいいの。人間でも斬ってたかもしれないしね」
「クチナシさんは悪くありませんよ」
禮次郎は老人に白杖を突きつける。
「なあおじいさん。この石の正しい使い方を教えてくれないか? 神主なら知っているだろう?」
「い、いやじゃ! あの邪悪な儀式が正しく行われれば! 大変なことに! 邪魔せねば! 邪魔せねばならん! もうこの島であのような儀式が行われてはならんのじゃ! そもそも何故儂ら島民だけが、あんなことを行わねばならんのじゃ!」
「逆だよお爺ちゃん。逆なんだ。なんでそう思うようになったのかは知らないが、あの儀式はやらないと駄目なんだ」
「な、あんな儀式をやって何になる! 国からの補助金なぞもう要らぬ! この島は観光で!」
――国絡みなのか?
――だが今、下手に聞いても藪蛇だな。
禮次郎はその話題をあえて掘り下げず、老人を追い詰める。
「お爺ちゃんがどう思っていようと、あれによってこの世界は薄皮一枚で守られている。それにこの島だって儀式のお陰で良い思いをしていたんじゃないか……だったら今更自分だけ正気の世界に戻ろうだなんてずるだぜ?」
「い、いやじゃ……」
「そうか、じゃあ仕方ないな。久し振りにヤクザらしいお仕事をしてみようか」
禮次郎は懐からペンチを取り出してニコリと笑った。
それに気づいたリリスが禮次郎に声をかける。
「あら、お手伝いしましょうか? 情報の収集でしたら、私も多少は魔術の心得が有りますので」
「おう、頼むわ。なにせあんた達みたいな魔術師と違って俺は人間だからよ」
禮次郎は老人の方へとにじり寄る。
「おじいさん。俺は
「――お、お主何を!」
そして底冷えのするような低い声で宣告する。
「渡世の義理はここまでってこったよ。イカレジジイ」
禮次郎は老人にペンチを向けた。
【第21話 境界線上の
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