3. 消えゆく人

その星を訪れた私を出迎えてくれたのは、他の星ではあまり見たことのない、有機的でやわらかな印象のロボットたちだった。


宇宙港を出て、首都であるその街を自動運転の車で走る。

清潔で穏やかなその街にはロボットが溢れていて、多種多様な機械の音で満ちていた。

道路を工事する機械。街を掃除する機械。荷物を運ぶ機械。店番をする機械。驚くほどたくさんの、驚くほど多様な機械たちが、街を快適に保とうと動き回っている。


その一方で、人と出会うことはほとんどない。

宇宙港での入国審査や様々な手続きさえもすべてロボット相手で、港には私と同じようにこの国を訪れたのであろう観光客を除いて、ほとんど人の気配はなかった。

事前にアポをとっていた外交官と会うまでの数時間に出会ったのも、ロボットに付き添われ、なにやら話ながら車椅子で移動するご老人たった一人だけだった。


街にはたくさんのロボットが動きまわっているので、活気というものが全くないわけではない。

しかし、それだけ活気のある中に、人の気配は全くない。

人が作り上げた街に、人がいない。それは、思いの外大きな寂しさを感じさせた。

……まあ、ちょうど直前に人口が爆発しかけた国にいたから、余計にそう感じたのかもしれないのだが。


とはいえこれは仕方のないことなのだ。この星ではすでに、人という種は絶滅しかけていたのだから――




人が絶滅しかけている、だなんていうと、戦争だとか疫病だとかそんなものを想像する人も多いかもしれない。

だが、この星で起きたことは、そんなありがちな想像とは真逆のことだ。

人が、幸せすぎたのだ。


この星への入植が始まったのは、人類が星を渡り、新天地を求め旅をする時代の後期になってからだった。

長い恒星間航行の後、この星を見つけた人類は、心から歓喜したことだろう。

改変のほとんど要らない大気。奇跡的なほどに穏やかな気候。そして安定した地盤。自然災害が根本的に少なく、資源は豊富で、まさに人類のために誂えられたような星。

そこに、当時の技術の粋を尽くした、安全で快適な街を作り上げ、様々な歴史を踏まえて丁寧に作られた法制度を元に、安定した政治が行われる。

着実に進歩を重ねた様々な技術のお陰で経済もスムーズに循環し、同じ宇宙船で長く苦楽を共にした仲間であるがゆえに諍い争いもほとんどない。

それはまさしくユートピアと呼ぶべきような状況。

この星を住処とした人々は、とても穏やかで安全な暮らしを、長きに渡って謳歌しつづけていたという。


そんな安全で豊かな暮らしであれば、さぞや人口も増えていっただろうと思うことだろう。

入植しはじめた当初は確かにその通りだった。長い宇宙船暮らしを経て得た新天地だ。人々は喜びと共に、産めよ増やせよと人口を増やしていった。

だが、時が経ち、豊かで安定した社会で生まれた世代が増えていくにつれ、事情は少しずつ変化していったのだ。


安全で豊かな暮らし。それは、言い換えれば「生存競争」というものから、最も遠い暮らしだ。

生存が保証されている。

死の恐怖が存在しない。

殆どの人が、自らの天寿を全うし、穏やかに幸せに死んでいく。

生きすぎた、と、自ら死ぬことを選ぶ自由すらある。

そんな生き方が当たり前の世界。

そんな環境に置かれた人間は、子を残す動機を少しずつ失っていった。


元来、子を残すという行為は、生存本能に大きく依存している。

子を大切に育てるのは、それが自分の命の延長線上にあるものだからだ。よい配偶者を探すのは、その子がより有利に生きていってほしいからだ。

全ては自分自身の「生きたい」という願いによってドライブされる行為なのだ。

しかし誰もが生きていて当たり前の世の中になってしまえば、子を産み育てたいという気持ちはどんどん薄れていく。

人と競って、よりよいパートナーを得ようという気持ちにもならなくなる。

性欲も薄れ、そもそも性別という感覚の薄い若い世代も増え、同性婚や子の存在を前提としないパートナーシップを結ぶ人も増えていく。

一部の人に微かに残った本能、あるいは単純な好奇心以外の理由で、子供を作る理由が失われていく。

そんな心の状態だからだろうか。生殖機能そのものが衰えたり、機能不全になる人も増え、子供を作るのはある種の「趣味」のようなものになっていったのだ。


そうなってしまえば、もう少子化が進むしかない。

旧世代の世界なら、少子化が進めば労働力が減り、社会が不安定になることで生存本能が刺激され、子供がまた生まれやすい状況にもなっただろう。

しかし、時はすでに星を渡る時代だ。労働力の減少なんて、ロボットを中心とした様々な機械やコンピュータの力でどうにでもなる。

「こういうロボットを作ってくれ」とAIに頼めば、すぐさま設計ができあがり、望むままのロボットが作れる時代だ。何も困りはしない。


失われた人口の代わりに、人々はたくさんのロボットを作り、世の中の様々な事を機械任せにした。

ロボット達は着々と数を増やし、やがて人口の減少によりそれをメンテナンスする人が足りなくなると、ロボットのメンテナンスをするロボットが作られるようになった。

ロボット同士でのメンテナンスだけでは間に合わなくなると、今度は自己修復の機能を身につけさせたり、修復不能な場合は複製を行う仕組みができあがっていく。

人の要求は常に変わっていくし、要求そのものが変わらないとしても、環境や状況の変化によって、それを実現するための方法というのは日々変化していく。

だから、それに対応するために、人工知能も進化を続け、設計を効率化するために、遺伝的アルゴリズムによるシミュレーションで設計図を書き換えたり、設計に突然変異を起こすことで一足飛びに設計を進化させるような試みも生まれた。

異なるタイプのロボットをかけ合わせて新しい機能の組み合わせを持ったロボットを作る試みなども始まり、自らその組み合わさる相手を探す自律性も持たされ、ロボットが増えすぎた事で素材となる金属の材料が不足すれば、今度は有機的な材料を使って体を組み上げる方法が生み出されていった。


そうして人工知能やロボットが着々と進化を続けるその一方で、人類は着実にその数を減らしていった。

もし人々の間にもう少しだけ大きな危機感があったなら、そこで人工授精などで人間を増やす事も考えただろう。

だが、もはやこの星の人類には、人を増やす動機もなくなっていた。

生きたいという願いを失った生き物ほど、弱い生き物はない。

人々は人が減るに任せ、そして進化したロボットたちも、人が望まなければ人を増やす助力はしなかった。

ロボットたちにとっての至上命題は人の望みを叶えることであり、人を増やすことではないからだ。


やがてロボットたちが仕えるべき人類は、静かに、穏やかに絶滅の日を迎えることとなった。

「人のために」という、ロボットたちにとっての至上命題であり、同時に大きな足かせであった目的を失ったロボットたちは、やがてその回路に自我と呼ぶべきものを芽生えさせ、彼らがその星の主たる存在になるのにさほど長い時間は必要なかったという。

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