希望
ここは、この街で、随一の病院だ。
その為、難病を持ってくる患者も多かった。
私は、二年前から入院している父の病室に、毎日のように足を運んでいた。
ここなら、父の病も良くなるだろうと思っていたが、人には他の問題もあるのだろうということを、身に染みた。
そう思ったきっかけは、一人の少女だった。
彼女は、父がここへ来た時から、ずっと居るお隣さんだ。
病室に書かれた名前は、高梨歌恋。
最初の頃は何回か、廊下をすれ違っていた。
私はその度に挨拶していたが、一度も返って事はなかった。
最初から感じが悪かったが、とても静かだった。
しかし、二か月程前から、何かが割れる音や、大きな声が聞こえてくるようになった。
それからだった、医者や看護師から彼女の愚痴をよく耳にした。
彼女は、殆ど出された物を口にはせず、花瓶の花を床に投げつけたり、よく病院を抜け出したりと、迷惑な患者らしい。
次第に、その頻度は増していき、私も我慢の限界だった。
父の病室からぬけ、彼女の病室の扉を数回ノックするが、返事はなかった。
だが、鍵は掛かっていない、思わず扉を引いて、中へ入ると、彼女は 遠い空を見つめ、何かを求めては、拒絶しているかのように、手を伸ばしたり、引いたり、ずっと繰り返していた。
「高梨さん、隣の澤部ですけど」私がそういうと、彼女は振り返った。
白い肌に、長い黒髪、久しぶりに見た彼女は、始めてであった頃と雰囲気が、また一層暗くなっていた。
そんな姿を見ていると文句をいう気はなくなり、私は帰ろうとすると、彼女は口を開いた。
「悪かったわね、こんな害虫のような声がしたのでしょ。
皆文句を言いにきたわ、医者を筆頭に大勢でね」その子はとても病んでいた。
「この病院には長いの?」そう私が聞くと彼女は、頬をつきながら「もう五年以上はいるわ」と答えた。
床には、林檎が転がり、割れた花瓶の破片で刺さっているのに気がついた。
「この林檎は?」
「父の妻が持ってきたものよ」
「母とは言わないのね」
「そう考えるだけで、虫唾が走るわ。
触らない方がいいわよ、汚いから」どういう意味なのか、詮索するのはいけない事だろうが、とても気になった。
林檎から、一片の破片を抜くと、僅かに血が付いていた。
強く握りしめたのだろうか、それとも投げた時に傷ついたのだろうか。
思わず、彼女の手や指先をみると、何カ所も、死のうとして出来なかった傷跡が、くっきりと残っていた。
彼女は、傷跡を隠すと、「澤部さん、貴方には自分自身を救ってくれる人はいるの?」真っ直ぐな眼差しで、私を見つめると、冷静になったように、「下らない事よね、居る人にはいるし、居ない人にはいない。なんて簡単な世界」
彼女の横顔は、あまりにも寂しそうだった。
母親と父親の愛情さえ、貰えてこなかった孤独で、空っぽ。
誰よりも、愛されたがりなのに愛されなかった子。
「大丈夫よ、貴方にも救世主は来るわ」
首なし乙女 恋葬乃ありす @alicebandempress
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