第2話 秘密



 翌日。シュリはやや疲れた面持ちで朝食をとっていた。斜め前のキースも同じように朝食をとっている。キースに変化は見られなかった。というより長い髪のせいで表情がまったく見えないという方が正しい。視界に不自由しないのか謎だ。キースの横に静かに佇む金髪の青年はキースの側近のリーアム。昨日部屋の中で燭台を落として火事になりかけた事件の元凶である。リーアムは主人が見知らぬ女と一緒にいて心臓が口から出そうになるほど驚いたらしい。確かに無断で城に入った上に王子と二人きりなんて牢に入れられても文句は言えないが、なんとかキースがリーアムを説得してくれたおかげで石のつめたい床ではなく暖かいベッドで眠ることができた。

 

 昨日は火を必死に消化し、シュリがなぜここにいるのかを話していただけで日付がかわってしまっていた。そこでわかったことと言えばこの髪が長くて顔が見えないキースがイグール国第二王子ということだった。イグール国の第二王子といえば魔族よりも魔力が強いと言われ、魔族や魔術を嫌うイグールでは王族といえどもよく思われていないらしく、田舎に追いやられているという話を聞いたことがあった。しかもその噂は当たっていたらしい。改めてとんでもないところに召喚されてしまったと頭が痛くて割れそうだ。一応客人として部屋に泊まることは許されたものの、リーアムをはじめ使用人たちには不審がられているようだ。なんとなく視線が痛い。果たして身の上がばれずにここで生活できるのだろうか。


 

 「シュリ?顔色が悪いようだけど大丈夫?」

 

 「ええ、少し寝不足なだけです。ご心配をおかけしてすみません。」

 

 「無理はしないでね。そうそう、今日は午後服の仕立てに来てもらう予定にしているから。」

  

 「どなたの服ですか?」

 

 「うん、シュリの。この城は使用人以外の女性はいないから、ドレスも調度品も全くないんだ。だからまずはドレスから仕立てようと思って。」

 

 「なにも心配はいりません。」 

 

 キースの隣にいるリーアムが言った。

 

 「なにか必要なものがあればリーアムや他のメイドに言ってくれてかまわない。今日明日には一通り揃える予定だよ。」

 

 さらりと簡単そうに言っているがとんでもなくお金も労力もかかっているだろう。

 

 騙しているみたいで気がひける。実際騙しているのだが。万が一無事にウィルラントに帰れたらキース殿下宛にお礼をしようと決めた。もちろん身分は偽って。

 

 「本当にありがとうございます。」

 

 シュリは身ひとつで来てしまったので何も持っていない。着替えもないのは困るので好意に甘えることにした。

 

 「お礼をいわれるほどのことじゃない。仕立て屋がくるまで部屋で休んでいるといい。」

 

 キースの表情はわからなかったが、シュリを心配しているようだった。


 シュリは部屋に戻るとベッドに倒れこむように寝てしまった。











 時間を遡ること深夜。ボヤ騒ぎを収束させ、シュリを部屋へ送りとどけてからリーアムは主人の部屋へ向かう。主人はすでに休む支度を整えていた。

 

 「なんだいリーアム。今日は疲れただろ?君も早く休んだほうがいい。」

 

 「殿下・・・お聞きしたいことは山のようにありますが・・・要点だけを。・・・本当にあの娘を置いておくつもりなんですか。」

 

 「本当にリーアムは心配性だなぁ。うん、そのつもりだよ。」

 

 キースが何を考えているのかわからないのはいつものことだが、今日のキースは輪をかけてわからない。リーアムは眉間の皺をさらに深くした。

 

 「怪しさの塊のような娘です。ロセの出身と聞いたがあんな年頃の娘がいる貴族がいるなんてきいたことがない。」

 

 「ロセは高齢化が進んでいるからね。もしかしたら貴重な娘だから世間から隠していたのかもしれないよ。」

 

 まさに深窓の姫だねとキースはからからと笑った。

 

 「笑い事じゃありません!魔女だったらそうするんです!危険ですよ。」

 

 「リーアムって意外と信心深いね。確かに魔女という線もある。」

 

 「やはり、外へ出しましょう。国外がいいです。」

 

 すぐさまシュリの部屋へ突撃し、嫌がる彼女を無理やり麻袋に入れて国外追放しそうな勢いだ。一本気な性格は一度思い込んだら歯止めがきかない。

 

 「まあまあ、しばらく様子を見ようよ。・・・そう・・・私もね、彼女が召喚されたとき、召喚魔術が成功したと本気で思ったんだ。彼女、人間には見えなかったな・・・」

 

 大掛かりな魔法陣を描き、やっとの思いで召喚したのに、キースには召喚したのは人間だとはどうも納得ができなかった。艶やかなブロンドの髪にペリドットの瞳の令嬢は小さな白い花びらと共にやってきた。ふわりと桜色のドレスをなびかせて、城の冷たい床に降り立った彼女は春の国から来た美しい妖精のようだった。彼女と目が合ったとき、自分の中になにか暖かいものが流れ込んでくる感覚があった。

 

 シュリが召喚された瞬間をふと思い出し、キースは今まで集めてきた悪魔に関する情報と一致しないということに気づいた。では悪魔でないとして、他に合致する種族を探そうにも今持っている情報では足りない。

 

 「同感です。」

 

 「あれ、リーアムって魔術に詳しいっけ?」

 

 キースは眼鏡を磨いている自分の側近を見上げた。ボヤ騒ぎで汚れたらしい。

 

 「よくご存知でしょう。魔術はからきしですよ。しかしどこか彼女は人間離れしているように感じましたよ。その感覚を説明しろとおっしゃられても適切な言葉は思い浮かびませんが。」

 

 キースは側近の言葉を受けて考え込んだ。

 

 「リーアムは人間か魔族か悪魔か、どう判断するか知ってる?」

 

 「いえ。」

 

 「前提として、そこそこ魔術の扱える人間っていうのが条件なんだけどさ。魔術の使える人間は相手の瞳を見れば人間かそれ以外かわかるんだよ。」 

 

 「初耳です。」

 

 キースはうんざりした様子でため息をついた。

 

 「この国は魔術や魔族に対して心が狭いから、他の国では一般に知られているようなことも皆知らないんだよね。瞳には魔術の痕跡が表れるんだよ。魔術を使える人間は少ないしもともと体質的にも扱うのに適さないから痕跡はごく僅か。対して魔族ははるか昔から魔術と生活してきたから痕跡は明らかだよ。そして悪魔は・・・『あちらの世界』の住人だからね、根本から違うらしい。見ればすぐわかると本で読んだことがあったから期待していたんだが・・・彼女は悪魔とは違うようだ。そうするとすべて当てはまらない。」

 

 「殿下の魔術の技量を持ってしても不明だったのですか?」

 

 「そうだよ!信じられる!?私は信じられないね!悪魔とか散々悪口を言われているこの僕がだよ!」

 

 実は気にしていたらしい。側近は主人にガラスの心が存在していたことに気づいた。

 

 「そのシュリという娘の瞳はどうだったんですか?」

 

 「痕跡がなにもなかった。」 

 

 「それじゃあ人間ということでは?」

 

 「そうはならない。私が召喚魔術を使ったわけだし、魔術には必ず触れているはずなんだ。だから召喚魔術の前に一切魔術に関わっていなかったとしても瞳に痕跡が残らないのは不自然なんだよ。」

 

 「やはり悪魔なのでは?」

 

 「君は本当にコロコロ意見を変えるね。でもそうすると、なんで召喚したときに願いを叶えてくれないんだ?パパッと願いを叶えてあちらの世界に帰ったらいいんだ。悪魔じゃないからできないとしか考えられない。他に理由は考えられる?」

 

 「いえ、私にはなにも・・・」

 

 「だよねぇ。私もお手上げだよ。もう寝ない?たくさん魔術使ったから疲れたんだよね。」

 

 そういってごそごそベッドにはいろうとしている。たしかにこれ以上話をしていたら夜が明けてしまう。

 

 「では殿下最後に一つだけ、殿下の叶えたい願いとはなんですか?」

 

 キースはくすりと笑った。

 

 「秘密ー!」

 

 久しぶりに主人を殴りたくなった。


 






 


 時間を元に戻そう。ベッドに倒れこんだシュリは仕立て屋がくる時間より前になんとか目を覚ました。鏡をみるとそこには乱れた髪に目の下にクマを作った金髪女が映りこんでいた。

 

 「・・・こんな顔兄上には見せられない・・・」

 

 思わずウィルラント語が出た。昨晩生死を別つ情報収集と交渉をこなした疲れだろう。しかも自分の国の言葉ではない。言葉にミスがあればすぐに怪しまれてしまう。話のつじつまを合わせることと同時にイグール国の人間として怪しまれないように振舞わなければならなかったのだ。魔族とバレることなく、不本意だが滞在することを許された。死線を乗り越えた自分を褒めてあげたい。

 

 しかしまだ安心することはできない。今日はこれから仕立て屋がくる。完璧なイグール語で対応しなければならない。しかしそれでも昨晩と違い雑談をするだけだろう。それだけなら今日は乗り越えられる気がした。

 

 シュリの戦いはまだ始まったばかりだ。鏡に向かい乱れた髪を整えはじめた。


 




 

 結果的に仕立て屋の来訪は戦争とほぼ同じだった。

 

 キースに早々に挨拶をすませた仕立て屋はそのままシュリの部屋に突撃した。屋敷のメイドたちも引き連れてやってきた彼らはテキパキと採寸をはじめる。採寸はものの数分で終了した。なにがなんだかわからないまま色とりどりの生地がシュリのまわりにセッティングされていく。この中から選べということだろう。フィオメ家では遠慮に遠慮を重ねて最低限ですませてきたが今は遠慮をする暇がない。されるがままだった。メイドたちはシュリにはこっちの色がいいだの、レースはこっちがいいと話を進めている。シュリには色も形も多すぎる。選ぶのは難しそうだ。

 

 「シュリさま。どちらの生地がお気に召されましたか?」

 

 「・・・ええっと・・・ではこの藍色なんて素敵だと思うわ。」 

 

 単に目に付いた色をいってみただけである。すると仕立て屋の顔色が変わった。

 

 「なんと!さすがに殿下の大切なお方は目が肥えていらっしゃる!この生地は・・・」

 

 蘊蓄を語り出した。唾を飛ばす勢いで話す中年男性に気圧される。桁外れに高い生地だったらどうしようと一瞬頭をよぎったが、それよりも聞き捨てならない言葉が聞こえてきた。殿下の大切なお方?聞き間違いではないだろうか。

 

 「ええと、なにか勘違いをされているようですが・・・」

 

 「ご予算は殿下からいただいております。こちらすべて仕立ててもおつりがくるのでご心配には及びません。」

 

 いやそういうことではなくて。もしかしたら謝った情報がいってしまったのかもしれない。あとで訂正しておこうと決めた。殿下に迷惑がかかってしまう。

 

 「シュリ様はお顔立ちが華やかですから何色でもお似合いになられますわ!素敵なシュリ様を見てきっと殿下もお喜びになられます!」

 

 ドレスの裾を直しているメイドが言った。年はシュリと同じくらいだろう、栗色の髪をひとつ結びにしている。お世辞がうまいなと思いながらやんわりと訂正することにした。

 

 「・・・ええと、別に殿下はわたしを見てもお喜びにならないと思いますが・・・」

 

 「なにをおっしゃっているのですか!確かにキース殿下は難しいお方ですが、シュリ様は殿下の特別な方なんですから自信をお持ちください!」

 

 盛大になにか勘違いをされている。

 

 「・・・わたしは別に『殿下の特別な方』ではありませんよ。とても穏やかで優しいお方ですし、他にしかるべきお方がいらっしゃるのではないですか?」

 

 キースに婚約者がいるのかどうかは知らないが、あの年で婚約者はいないほうが不自然ではないだろうか。特に王族となれば幼いときから婚約者がいる場合のほうが多い。婚約者のいる身であらぬ噂がたてば迷惑がかかってしまう。それだけは避けたかった。もちろんイグール国で目立つべきではないというシュリ自身の思惑もある。

 

 「・・・違うのですか・・・?」

 

 絶望的な顔をしたメイドがそこにいた。世辞を言えば頰を染めて関係を認めると思ったのだろう。予想外に冷めた返事が返ってきて驚いたようだ。

 

 「・・・え・・・?」

 

 横にいる仕立て屋も同じように衝撃を受けていた。訂正するなら今だと語気を強める。


 「第一、 下級貴族の私が殿下のお眼鏡にかなうはずがありません。第一昨日初めてお会いいたしました。」


 これで勘違いだと信じてくれたらと期待を寄せる。もし殿下に怒鳴り込まれたらシュリのいのちが危ない。

 

 「殿下は昨日約一ヶ月ぶりにお帰りになりました。シュリ様を連れて・・・だからてっきり私たちは・・・その、殿下とそういう関係だと・・・」

 

 だんだん頰が赤くなっていくメイド。

 

 「ええと・・・つまり殿下が私を城へ連れてきたのは結婚をするためと勘違いを?」

 

 「そうです。殿下はシュリ様のお父上に婚約の話を取り付けに行かれたのだと思っていました。貴族とはいえ王族と婚姻関係を結べるのは一部の上級貴族のみ。身分の差ゆえにたくさんの困難が待ち受けているのでしょう。お忍びで出て行かれ、予想外にお父上の承諾を得るのが難しく、一ヶ月も結果的に城を空けることになってしまった!」

 

 途中から演技が入ってきたメイド。一晩のうちにスケールの大きなラブストーリーになってしまったようだ。こういう類の話が盛り上がるのは全世界共通事項だ。

 

 「殿下、一ヶ月も城を空けていたんですね。」

 

 ラブストーリーも気になるが、王子が一ヶ月も城を空けていたことに驚きだ。普通領のトップが一ヶ月も席を空けていたら大問題であるし、ましてや王子が姿を消していたら国を挙げて捜索することになるだろう。

 

 「そうなのですが、ここユーベルにはリーアム様がいらっしゃるので大丈夫でした!」

 

 シュリはあの眼鏡の真面目そうなリーアムの顔を思い浮かべた。たしかに責任感も強く、仕事も早そうだ。まだ若いのに優秀らしい。

 

 「優秀な方が揃っていてユーベル領は安泰ですね。」

 

 キースの黒い噂はウィルラントまで届いていたが、その実、使用人たちには好かれているらしい。でなければめでたい恋の噂など立たないだろうし、一ヶ月も姿を消していた王子に対して不満どころでは済まない。不満さえ出てこないということはキースとその側近リーアムの仕事ぶりが優れているという証明になりうる。

 

 「ええ!こんな田舎に殿下がいらっしゃるなんてはじめは驚きましたが、今は来ていただいて本当によかったと思っています。」

 

 周りのメイドも同じように頷いている。人望の厚さが伺えた。すると別の小柄なメイドがシュリにおずおずと話しかけた。

 

 「ところでシュリ様はキース殿下とリーアム様、どちらがお好みですか?」

 

 「・・・えぇっと・・・お二人とも昨日あったばかりで判断はしかねるのですが・・・」

 

 「あっ!そうですよね!申し訳ありません!」

 

 勢いよく腰を折ったメイドにシュリは慌てて話しかける。

 

 「リーアム様は長くて綺麗な金色の髪でお顔も整っていらっしゃいますものね。キリッとした蒼い瞳が素敵だと思います!でもキース殿下は御髪が長くてお顔を見れなくて!珍しい黒髪が素敵だと思いますが!」

 

 二人とも出会ったばかりで内面を知らないので褒めるところといえば外見になってしまう。見てくれしか見ていない面食い女というレッテルが貼られるかもしれない。

 

 「リーアム様の端正なお顔立ちも素敵ですが、キース殿下は絶世の美男子です!そうだ!本日髪を切られているはずです!リーアム様が今朝絶対殿下の髪を切ると息巻いておられました!」

 

 面食い女と言われることはなさそうだ。メイドたちのほうが過激な発言をしているに違いない。

 

 「あなたの熱の入りようからして、キース殿下は本当にお綺麗な方なんですね。仕立てが終わったらお会いするのが楽しみです。」

 

 わざわざキースが絶世の美男子かどうか野次馬根性で確かめにいくのではなく、このたくさんのドレスのお礼を言いに行かなければならない。それにシュリにはあのボサボサ頭のキースが世を儚む美男子には到底思えなかった。それでもメイドたちの憧れの的であるキースの容姿をすぐに確かめておくことは、今後この城のメイドと良好な関係を築くことに役立ちそうだ。話のタネにもなる、とシュリは打算的に考えていた。女性を味方につけたほうが賢いということは十分承知している。

 

 「ええ!きっと驚かれると思います!そうと決まったら仕立てを早く終わらせなければなりませんね!」

 

 先ほどから蚊帳の外の仕立て屋を呼び戻し、戦は再開した。


 シュリはキースの部屋の前に立っていた。深く深呼吸をする。先ほど長い長い仕立て戦争が終わり、やっとお礼を言いにキースの部屋を訪れたところだ。仕立てが終わりそのまま部屋で一休みをすると、ソファに根が生えそうだったので落ち着く間なく訪ねることにした。ノックをし、名乗った。

 

 「はーい、どうぞー」

 

  キースの気が抜けた返事が聞こえた。声が遠い。部屋は広そうだ。

 

 「失礼いたします。」

 

 やはり緊張する。彼自身は気さくで親しみやすいが、シュリ自身の隠しているものが多すぎる。知られてはならないと肩に力が入った。

 

 長い直線の廊下の先にキースの部屋があった。

 

 「仕立て終わったー?ご苦労様。」

 

 メイドのいう通り、キースは髪をばっさりと切っていた。シュリはどうしても昨夜のあのぼさぼさで髪の長い王子と、今目の前のいる眉目秀麗な青年を同一人物と認識することができなかった。珍しい漆黒の髪に煌めく満月のような黄金の瞳、目元は柔らかく女性のように優しげだ。これは穏やかで美麗なキース派か男らしく凛々しいリーアム派かメイドたちの意見が分かれるわけだ、とシュリは納得した。

 

 「・・・はい、滞りなく終わりました。お心遣い感謝しております。」

 

 なんとなくユリウスと雰囲気が似ているような気がする、とも思った。

 

 「喜んでもらえてよかったよ。そうそう私もその間に髪を切ったんだよ。視界が広くなったね!」

 

 あれだけ髪が長ければ視界不良になるのも当たり前だと言いたかったが相手は王子なので言葉をぐっと飲み込んだ。

 

 「ええ、よくお似合いです。殿下の瞳の色は金色なんですね。髪も珍しい黒髪ですし、まるで夜空に浮かぶお月さまのようです。素敵です。」

 

 シュリはにこりと微笑んだ。これは世辞ではなく、本心だった。シュリはウィルラント、イグール、他の国にも多いブロンドに緑色の瞳だ。ユリウスと瞳の色が同じことだけは嬉しいが、やはり珍しい髪色や瞳の色への憧れはある。しかも美形で王子ときた。神はキースに色々与えすぎだと思ってしまう。悪魔と噂の王子だが実は溺愛しているのではなかろうか。

 

 「・・・そう」

 

 「・・・殿下?」

 

 思いもしなかった反応が返ってきた。キースは一言発したきり黙り込んでしまった。シュリとしては褒めているつもりだったが、なにか気に触ることでも言ってしまったらしい。一気に冷や汗がにじみ出る。

 

 「・・・っ申し訳ありません!殿下!失礼なことを申し上げてしまいました!私のような者が殿下の容姿を論ずるなど・・・」

 

 慌てて謝り、頭を下げた。顔を上げ、目を合わせるのが怖い。

 

 「・・・顔を上げて・・・別に怖がらなくていいんだよ、ちょっと予想外の反応が返ってきてびっくりしただけだから。」 

 

 そう優しい声色でキースは笑った。空気がふわっと軽くなって安心する。

 

 「安心しました。」

 

 しかしキースはその柔らかな微笑みを崩さずシュリに告げた。

 

 



 「ねぇ、私のことを褒めてくれる心優しい君は何を隠しているの?それとも、この優しさも演技?」


 

 

 いつの間にかキースの右手に握られていたナイフ。その鋭い刃はシュリの首元にひやりと当てられた。

 

 動けなかった。魔術を使い拘束されたわけではない。小さなナイフひとつだけだというのに。

 

 光の届かない冷たくて暗い湖の底に沈んでいくような感覚を覚えた。

 

 シュリを見つめるキースはおそろしいくらい感情のない顔をしていて、おそらくこのままシュリの首を切ることにわずかな感情も抱かないだろう。

 

 深い深い氷の底のような彼の瞳をシュリは悲しく思った。

 

 このまま殺されるのだろうか?

 

 「ねぇ君は、なぜ怖がってるの?教えてよ?」

 

 麗しい瞳をしていてもそこには何も映っていない。

 

 はるか遠くの国にいる、いずれ自分の兄になる人のことを想った。

 

 あの人には迷惑をかけられない。

 

 ぐっとこぶしを握り締め、決意した。金色の悲しい瞳の王子をまっすぐ見つめる。

 

 「殿下、なにか勘違いをされているようですが私は何も隠してなどおりません。」

 

 「いいや、君は何かを隠している。その体質は生まれつきかい?それならさぞ重宝されただろうね。このイグールにいるすべての魔族と魔族支持者に。魔術を使ってもなんの痕跡も残らないんだから。暗躍するのに向いているだろう?」


  痛いところをつかれた。その体質についてはシュリにも心当たりがあった。なにせこのためにほとんどフィオメ家から外出することが許されなかったのだから。そしてその理由はキースが言っていたとおり、シュリが道具として利用されることを防ぐためだった。

 

 魔術を使えばもちろん痕跡は瞳に、そして全身には銃の硝煙のように魔術を使った人物を浮き彫りにする。シュリは体質的にどの反応も残らない。魔術を使った暗殺や暗躍に向いている。つまりシュリが魔族と暴かれることは普通の魔族以上にまずいことなのだ。

 

 「・・・ええ、その通りです。申し訳ありません。」


  大量の冷や汗が背中を伝う。やはり悪魔と名高い王子は簡単にいかないよう

だ。素直に答えた。

 

 「この体質のため、ロセでも私のことは隠されてきていました。今までのご無礼をお赦しください。」


 


 賭けをすることにした。

 



 魔族という事実が明るみにでることと、ウィルラント国フィオメ侯爵家の関係者である事実が明るみにでること、どちらがユリウスに迷惑がかからないかを考えた。


 


 シュリは後者の秘密を守ろうと決意した。



 

  自分ひとりでなんとか切り抜けよう。たとえイグールで魔族として捕らえられ、切り捨てられてもすぐに忘れ去られるだろう。そうなっても、ユリウスに迷惑はかからない。これだけは守りたい。

 

 嘘に現実味を持たせるためには真実を散りばめておくといいと昔マーガレットが言っていた。

 

シュリの一世一代の大芝居が幕を開けた。イグール国貴族の深窓の姫として。


 


 しかし覚悟を決めたシュリを見て、キースは表情を和らげた。

 

 「君のことが少しわかったような気がするよ。シュリ、君は・・・魔族だね?」

 

 シュリは無言で頷く。このままナイフで簡単に命を奪われるかもしれない。汗が頰を伝った。

 

 「・・・よかった。話してくれて。」

 キースはシュリの喉元に当てていたナイフをすっと下ろした。そのまま無造作に机に放る。静まり返った部屋にナイフの音が響いた。

 

 「え・・・?」

 

 殺されるか、よくて牢獄行きだと考えていたシュリは拍子抜けした。キースはあっけらかんと言葉を続けた。

 

 「いやあ、君を召喚してさ、王族やめたいなんていう恥ずかしい願いを言っちゃったじゃん。リーアムなんかが聞いたら脳の血管が切れちゃいそうだし、もちろん現王や兄弟たちに知られるのはもっとまずい。だからすごく怪しい君にもそれなりに秘密を暴露してもらおうと思ったんだ。昨日出会ったばかりの僕たちにはもちろん信頼関係なんてない。だからはじめに『秘密の共有』が必要だと思ったんだ。」

 

 あれほど冴え冴えとした表情が一転、いつもの柔らかい雰囲気のキースに戻った。

 

 「・・・それでこんなことを?」

 

 声が震えてシュリはその場にへたりこんでしまった。まだ心臓がバクバクと騒がしい。優しい笑顔が素敵だったのに、あんな表情をするなんて信じられなかった。本当に殺されるかもしれないと思った。

 

 キースは一瞬驚いた顔をし、それから目を伏せて視線を合わせるようにシュリの横に座った。

 

 「怖がらせてごめん」


 その表情は切なげで、謝罪の気持ちが伝わってきた。こういうときに美形は得するんだなと冷静に分析してしまう。こんな人生イージーモードの美形にいいようにされてたまるか。シュリは腹に思い切り息を吸い込んだ。

 

 「・・・いいんです。そりゃ、殿下のお立場とか、お気持ちとか、ございますしね。でも!私も!事情がありますので!必ず実家に帰らせていただきます!!」

 

 半泣きでキースを睨みつけた。多少口が悪くてもこれくらいしないと気が済まない。キースはいきなり早口でまくし立てたシュリにきょとんとしていたが、やがて塞き止めていた堤防が崩れたかのように笑いだした。

 

 「あっははははは!!ごめん!ごめんねシュリ。」

 

 キースは笑いすぎて目の端に涙を浮かべている。その様子にシュリはむっと頰をふくらませた。

 

 「ごめん。もうこんなことはしないから。もし約束を破ったら私の恥ずかしい願いをリーアムにバラしてかまわない。そうだね、これからはお互いのことを少しずつ知っていけばいい。お互いに抱えている事情は複雑そうだね。」

 

 ニコリと笑いながらそっとシュリの手を握った。

 

 「では改めて。これから私のパートナーとして、よろしく。シュリ。」

 

  窓から心地よい日差しが二人に降り注いでいる。

 

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