魔法と言葉は使いよう

mint歩

第1話 事故



 第二王子の彼にとって、国のことは控えめに言ってどうでもよかった。ただ平和に暮らしていければそれでよかった。


 父たる王に任されたのは山ばかりの資源もなにもない土地で、そこは過去に王子に任されたことはない。ああ自分はやはり見放されているのだと、確信をした。


 王は第一王子の兄が継ぐ。なにも役割がないのだから自分は誰からも干渉されずに生きていきたい、そう思った。


 人として生まれたのに魔族以上の力を持つ、イグール王国第二王子キース。

 彼は山間の小さな土地でひっそりと暮らしていた。











 「暇だ」


 ぺたりと机に突っ伏した。ここ最近は仕事を仕上げるスピートが上がり時間を持て余すようになった。それはシュリが今まで修練をした結果であり、大変喜ばしいことである。


 シュリはウィルラント王国の貴族、フィオメ侯爵家の居候である。仕事は主に他国の文書や物語の翻訳。語学の才に恵まれたシュリはある偉いお方から依頼をうけている。3カ国はほぼネイティブのように理解、コミュニケーションをはかることができる。現在の目標は30歳までに7カ国の言語をネイティブのように使いこなすことである。今年19歳。まだまだ勉強が必要である。


 シュリが居候をしているフィオメ家には多大な恩があり、少しでも返そうと日々せっせと働いている。フィオメ家当主ユリウス・フィオメの役に立てるよう、日々努力は怠らない。いつでもユリウスの働いている王宮に呼び出されても役立てるよう、一通りのことはこなしてきた。特に言語と魔術に関しては得意分野だ。ユリウスがいつ失業しても養っていくことはできる。


 ところでなぜ暇になったのかというと、一つはシュリの仕事の処理スピードが上がったのもあるが、肝心の依頼主が1ヶ月の長期出張にでるためである。その前後も準備やら他の仕事やら忙しいので依頼は3ヶ月ほどストップすることになったのだ。今までコンスタントに依頼が来ていた分、穴があいて調子が狂う。


 そして加えてもう一つ原因がある。王宮で仕事中のユリウスからパタリと連絡がこなくなったのだ。最後は二ヶ月ほど前。昇進して忙しくなったから連絡は前ほどできないと思う。体に気をつけて。と簡単な手紙がきたきりだ。


 調子が出ない。


 仕事机に突っ伏してどれくらい時間がたっただろう。窓の外の太陽は沈みかけている。今日はとても時間を無駄にしたな、時は金なりというのにともんもんとしている。ふと一つの考えが思い浮かんだ。


 ユリウスのところへ旅行がてら行こう。


 ユリウスのところへ手紙をだして、会えるのなら会い、忙しければ色々観光をすればいい。シュリはほとんどこのククス領から出たことがない。仕事もないしいい機会だ。都会で読んだことのない本をたくさん買ってこよう。


シュリは嬉々としてユリウスあてに手紙を書き始めた。



 しかしフィオメ家の執事はシュリの希望に微妙な顔をした。穏やかな老年の顔に不釣り合いな眉間の皺が出現した。


 「国内なら魔族に寛容ですし、それほど危険はないと思いますが・・・本当にお一人で行かれるつもりなんですか?」


 「ええ、王宮のある首都なら魔族も住んでいると聞きますし心配はいりません。」


 40年以上フィオメ家に仕える老齢の執事はひどく心配性だ。その眉間の深い皺はユリウスとシュリが長年にわたって困らせてきた証なのだ。渋られることはなんとなく予想していたが、なかなかGOサインが出ない。


 「大丈夫です、リックさん。剣も体術も弓も全部!できますから!それに加えて魔術もできるんですよ!大丈夫に決まってるじゃないですか!それにユリウス兄上に会いに行くだけですし、1週間あれば帰ってきますから」


 色々道草を食っていくつもりなのは絶対に内緒だ。


 「あなたに何かあったらユリウス様に顔向けできません。わかっておいででしょうが、あなた一人の体ではないんですよ!」


 リックはぐいぐい詰め寄ってきた。顔と顔が近い。


 誤解のないようにいっておくが、シュリは別に妊娠しているわけではない。居候で魔族のシュリはユリウスと血のつながりはないが、20歳を迎えたとき、正式にフィオメ家の養子として向かい入れられる予定だ。フィオメ家の正式な息女として、そしてユリウスの妹として。それが6年前にした約束だ。現在のウィルラント王国には家族に向かい入れることができるのは20歳以上。ただし婚姻に関して身分違いは禁止である。平民に向かい入れられた魔族は平民とは結婚できるが、貴族とは結婚できない。逆もしかり。まだまだ正式に魔族を向かい入れる人々は少ない。厳しいようにみえるが、他国に比べたらまだマシなほうだ。


 魔族は他国では差別の対象だ。そのため魔族のほとんどはこのウィルラントに住んでいる。魔族の人口は減る一方だが、ここウィルラントでは魔族と人間の混血児が増えてきているらしい。ちなみにシュリは純血の魔族だ。フィオメ家の戸籍を取得できなければただの流れ者の魔族なのである。「居場所を作るから」と約束してくれたユリウスはじめフィオメ家には頭が上がらない。


 「わかってます。でも私はほとんどククス領から出たことがありません。このククス以外は書物でしか知らないんです。私は外に出て色々なことを知りたい、勉強したいんです。身を守る手段はたくさん教えてくれたじゃないですか。」


 シュリの瞳がリックを見据える。譲らないという強い意志と街へでることへの期待が瞳に宿っていた。リックはこんなにも早くこの娘は成長してしまったのだと感慨深く感じる一方、強く育ってしまって少し後悔している。剣も弓も体術も教え、育てたのは間違いなくリックとユリウスの祖母のマーガレットなのだが。


 「仕方ないですね・・・これだけは約束してください。魔族だと悟られないこと。いくら魔族に寛容なウィルラントだからといって100%安全だということはありません。危険だと思ったらすぐに逃げてください。都に着いたらできるだけ早くユリウス様と合流してください。私からも連絡をしておきます。」


 「わかりました。必ず約束は守ります。ありがとうございます。」


 思っていたよりも渋られてしまった。ちょっとした小旅行のつもりだったのだが、リックの様子を見て本当に用心しようとシュリは心に誓った。


 早速部屋に戻り身支度をはじめた。旅は初めてなので何を用意したらいいのかわからない。とりあえず思いつく限りの品を出して、それから取捨選択をすればいい。体はひとつしかないので、荷物はなるべく減らさなければならない。シュリがとんでもなく怪力の持ち主だった場合を除いて。


 「うーん。」


 何着の服を持って行こう。城で要職に就いている兄に会うのだから上等のものを持っていかなくてはならない。もし兄の仕事の関係者に会うことになったら大変だ。兄の品位が疑われてしまう。


 よって荷物の取捨選択は困難な課題だった。軽くて動きやすいからといって普段着のよれたワンピースを持っていくわけにはいかない。ベッドの上にシュリが持ちうる限りの上等なドレスを並べ、考え込んだ。


 ああ、どうやってこのかさばるドレスたちと日用品を持って行こうとため息をついた。


 すると急に、シュリの足元が光を放ち始めた。


 「!!なにっ??」


  金色の光が徐々に形を成し,足元で魔法陣を形成している。莫大な量の文字が円陣の周りをまるで蛇のようにうねっている。足が張り付けられたように動かない。


 「えっこれは、古代イグール文字っ?」


 古代イグール文字は理解できないが文字の形や傾向くらいなら知っている。

 「ー足がっ!!」


 足がまるで魔法陣に縫い付けられたかのように動かない。一度陣に捕らえられたら、よほどの魔力がない限り、逃れることはできない。残念ながらシュリにはそこまでの技量はなかった。


 ああ、殺されるのだろうか。


 薄れゆく意識のなか、うつろに思った。


 魔族は『狩り』の対象だからな、人生短かったな。


 そしてもう一度、ユリウス兄上に会いたかった。





 ふと気がつくと、ひんやりとした石畳の上に座りこんでいた。黒々とした冷たい石。

 「驚いたなぁ。」


 能天気な、若い男の声が聞こえた。


 「ーえ?」


 「まさか本当に召喚できるなんて!私が人間だというのは嘘かもしれない」


 見上げると背の高い男。髪は珍しい黒色で長く、顔を覆っていて表情は見えない。筋肉がまったくなさそうなもやしのような男だ。


 そして話している言語はイグール語。どうやらウィルラントから遠いイグール国のどこかへ飛ばされてしまったらしい。しかもシュリは召喚された。人間に。

 

 「ええと、失礼ですがどちら様でしょうか?」


 頭を冷静に保つことはとても難しいことだった。


 シュリが話している言葉はイグール語。たまたま話せる言語の国に飛ばされたのは不幸中の幸いかもしれない。言葉さえ通じれば交渉も情報収集もできる。


 「あっ、ごめんね。私の名前はキース。君を召喚したただの人間だよ。」


 普通は人間が召喚魔術を使えないはずなのだが、見回すとここにいるのはこのキースとシュリだけなので間違いではないだろう。


 「ねぇねぇ、召喚できたってことは私の願いを叶えてくれるんだよね?まさか悪魔を召喚できるなんて思わなかったな〜。」


 聞き捨てならない言葉が聞こえた。



 「・・・私は『悪魔』ではありませんが。」

 

魔法魔術において悪魔というのは『あちらの世界』に住んでいる者達のこと。人の間では魔族の差別用語で『悪魔』と言うこともあるが、少しでも魔法を学んだことがある者は魔族を『悪魔』とは言わないはずだ。まったくの別モノだからだ。


 「え?君悪魔じゃないの?」


 「悪魔じゃないです。残念ながら。」


 なんということだ。間違いでこんな遠いところに召喚されてしまった。頭が痛い。


「君の名前は?悪魔じゃないなら、天使とか?でも魔術系統がまったく違うし・・・」


 男もかなり混乱しているようだった。


 「私の名前はシュリです。」


 「じゃあシュリ、聞きたいんだけど、君は何者?」


 イグールでは魔族は差別や『狩り』の対象だ。素直に魔族だと言ってしまうのは自分の身を危険にさらすだろう。


 「人間です。」


  時間が止まった。


 「ーぇぇえ!!人間を召喚しちゃったの!?ありえない!ありえないでしょ!」


 さすがに無理がありすぎた。動揺を必死に表情の裏に隠す。魔族で、しかもウィルラント出身とあれば格好の『狩り』の餌食だろう。ウィルラントとイグールは200年以上敵対関係にある。そこに輪をかけて魔族とわかればもう生存は絶望的だ。思わず本名を名乗ってしまったのは失敗だった。頭の中で必死に自分の設定を考える。


 「私も、よくわからないのですが・・・ここはいったいどこでしょう?」


 とりあえず、無垢な世間慣れしていない少女を演じることにした。イグール国の矮小貴族の娘という設定だ。自分は稀代の名女優だと思い込むことにする。


 「ええと、私は、とても大きな間違いをしてしまったような・・・ああごめん、ここはイグール国ユーベル領だよ。君はどこの出身なの?たぶんイグール国内だよね?」


 「ええ、ロセの出身です。」


 すらすらと領の名前がでてきたのは奇跡的だ。ユーベル領については知らないが、ロセなら知っている。イグール国の田舎のひとつのはずだ。


 「ああ!そうなの!田舎の出身なんだね!でも残念ながらここもロセに負けないくらい田舎だよ!」


 田舎同士親近感が湧いたらしく、雰囲気もすこし明るくなったようだ。でも前髪が長すぎて表情は伺えない。


 「私、ロセ以外の土地はよく知らないんです。ユーベル領のことを教えてください。」


 「うんもちろん!よければあとで案内もするよ!」


 「ありがとうございます。」


 「ところで、大事なこと・・・」


 キースは言いにくそうにおずおずと申しでた。


 「召喚しちゃったし、実は契約もできちゃったんだ。」


 「はい?」


 『人間』が『人間』を召喚してしかも契約なんて聞いたことがない。まずいか、と一瞬焦ったが『人間』が『魔族』を召喚して契約した話も聞いたころがないので相殺してしまおう。通常の場合は『魔族』が『悪魔』を召喚して契約をするパターンか、もしくはまれに魔力の強い『人間』が『悪魔』を召喚するパターンだ。それ以外は『ありえない』はずだ。


 「ええと、それって普通『ありえない』ことですよね?」


 「うん、そうなんだけど。シュリ、左手を見て。」


 言われるがままキースの左手をみるとうっすらと紋章が浮かび上がっている。そのままシュリは自分の左手に目をやるとキースのそれとまったく同じ紋章があった。思わず二度見した。


 「・・・本当なんですか、これ」 


 「君、さっきから眉間にシワがどんどん寄ってきてるし、どんどん声が低くなってるよ。」


 「はぐらかさないでください。」


 「うん、本当。」


 『悪魔』を召喚する場合はだいたい二つに分けられる。痕跡を残さずどうしても殺したい相手がいる場合か、どうしても叶えたい願いがあるかだ。このキースという男は前者のようには見えないからおそらく後者のほうだ。『悪魔』を呼び出してまで叶えたい願いがあるから召喚したのに、ただの『人間(設定)』がその願いを叶えられるはずがない。


 「・・・ええと、願いと対価はどうしたんですか。」


 通常なら『悪魔』に願いを言い、叶えられた時点で相応の対価を支払う。その対価は『願い』によりけりだ。


 シュリはなげやりに聞いた。


 「私の願いは王族をやめること。争わず、殺さず、平和的に歴史を塗り替えて僕をいなかったことにしてほしいんだ。対価は私の寿命だよ。」


 今シュリは自分がどんな顔をしているのか想像もつかなかったし、知りたくもなかった。ありえないはずの人間に召喚され、さらにその人間はイグール国の王族というのではないか。シュリは自分の生存率がどんどん下がっていくのを感じた。2度とウィルラントの土は踏めないかもしれない。


 黙り込んだシュリを見かねてキースはあわてて話しかける。


 「ごめんね怖がらせて!いきなり犯罪くさい無理難題言いだして!それにこの国じゃ私のこと有名だしね。でも大丈夫だよ!なにもしないし、これからの生活はここで送ってもらって大丈夫だから!不自由があればなんでも言って!全部用意するよ!」


 さすが王族というべきか太っ腹なことこのうえない。だが、


 「ここで暮らす、のですか?」


 召喚は『悪魔』を召喚していない時点で失敗だろうし、このまま外に放り出してくれたほうがどちらかというと都合がいいのだが、なぜだろう。


 「契約してしまったしね。これは君か私かどちらかが死なない限り解除されないし。解除の方法は私の願いを叶えるかないね。撤回解除してしまうと次に『悪魔』を召喚しても今の願いは無効になってしまうから。それは私が困るから!」


 鼻息あらく熱弁された。


 「つまりここに住んで願いを叶える方法を探す?ありえないです。無理です。」


 「お願い言い切らないで!同じ召喚魔法でも使役系統なら替えがきくけど、こういう対価を払うものは一度きりなんだ!」


 「王族の方に失礼なことを申し上げますが、先ほどおっしゃられた撤回解除が一番現実的だと思います。私のような身元不明な者を城へ置いておくわけにいかないでしょう。」


 そうだ、お願いだから撤回してくれ、とシュリは心の中で必死に祈った。贅沢言わない、身ひとつでかまわない。しかしその願いはもろく崩れ去った。


 「君一人くらい城に置いたってどうってことはない。」 


 まあそうですよね。お金も部屋も有り余って仕方ないのが王族と王族の城というものだろう。


 「それに君は不審な身元不明者じゃないだろう。着ているドレスも庶民には手にいれられる品ではないし、髪も手も手入れが行き届いているね。ちゃんとした貴族のご令嬢ではないか。心配はいらないよ。不自由はさせない。」


 バレていた。今シュリが着ているドレスはユリウスに会うために着て行こうと考えていたドレスで、ありふれたデザインだが、見る人が見れば生地も装飾もそれなりに高級品だとわかる。それにフィオメ家はそれなりの爵位を持っているので調度品もどれをとっても高価だ。貴族じゃないと言うほうが怪しいだろう。


 「箸にも棒にも引っかからない地方の貴族ですわ。」


 真っ赤な嘘だ。ユリウスは王宮エリートコースだ。本来なら雲の上の人である。ただシュリに関して言えば今はただの居候なのでフィオメ家を追い出されれば流れ者になる。身なりがきちんとしているのはユリウスはじめフィオメ家の好意のおかげだ。


 「謙遜しても仕方ないじゃないか。とりあえずしばらくはこの城にいて私に協力してくれないか?君は魔術にも多少精通しているように見える。叶える方法が見つかるまで・・・いや、可能性がないと確信を得るまででいい。そのときは撤回解除をして君を家へ送りとどけよう。」


 願いを叶えられる可能性が低いとキース自身も感じているらしい。それにこれ以上食い下がると不審がられそうだ。


 「わかりました。私も微力ながらお手伝いいたします。」


 「ありがとう!ありがとう!」


 キースは興奮した様子でシュリの手をつかみ上下に振った。どうやら握手らしい。


 「あっあの・・・」


 「そうだ!部屋を用意しないとね!こっちきて!」


 キースはシュリのぐいぐい腕を引っ張った。


 そのときおもむろに部屋の扉が開いた。


 「まったくどこにいるかと思ったら殿下ー!書類がたまって・・・え・・・?」


 金髪の長身の男が入ってきた。眼鏡をかけている知的な青年。


 青年は持っている燭台をガシャンと落とした。


 「え?」


 そこからは三人でてんやわんやの騒ぎだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る