Once upon a time
Ⅱ
深夜。郊外に有る、十数年前おきた噴火によって朽ちてしまった建物。当時は幼稚園だった建物の中。園児たちが描いた絵だったモノや遊具が、灰にまみれ、自らも灰になりかけている状態で残っている教室で司郎は、大小様々な影に囲まれていた。
「あんたらは、どうしてここに残ってんだろうな。思い残す事でもあるのかな。それともあまりに一瞬の出来事で、自分が死んじまったって気づいてないのかな」
いくら司郎が問いかけても、影からは何も返ってこない。雲間から月の光が差し込み、影の本当の姿を浮かび上がらせた。
子供。子供。大人。子供。
皆一様に悲し気な目で司郎を見つめている。
女の子。女の子。男性。男の子。
「俺にはあんたらの声が聞こえないんだ、ごめんな。だから本当にあんたらがしてほしい事が有ったとしても叶えてやることができない。でも、せめて……」
目を閉じ、静かに呼吸を整える。
「さようなら」
数分間黙祷し、ゆっくりと瞼を開くと、さっきまでそこに見えていた者たちの姿はどこにも無くなっていた。
足元に転がる、泥と埃にまみれた子供用の椅子を立て直し、服の裾で汚れを払う。長年の汚れは完全に取れはしないが、それでも多少はマシになった。
右手に持っていたビニール袋からお菓子の箱は幾つか取り出し椅子に並べると、踵を返した。
「迷わないで行けるといいな。天国……」
司郎の能力が発現したのは三年前、梅雨の時期だった。切っ掛けは親友の突然の死。
その時から司郎の目には死者達が見えるようになり、願う事で彼らをこの世から解き放つ事が出来るようになった。
当時から、超人や特殊能力者に憧れるような性格でも年齢でもなかった。ただ、彼が見る者達は皆一様に悲し気な顔をしていた。だからその悲しみから救ってあげようと、その力が自分にあるのならば……と。
三年間、高校を卒業して就職してからも毎晩司郎は夜の街を歩き、視かけては祈り続けてきた。死して尚苦悶の表情を浮かべている彼らに、どうか安らかに眠る事が出来ますようにと。
元保育園から出ると、半分崩れた門の近くに女子高生が立っていた。
左腕の時計は深夜二時を指している。未成年が出歩くには遅すぎる時間だ。不自然とは思ったが、司郎が普段視ている死者達と違ってハッキリと姿が視えている。
──家出少女だろうか? 生きていれば様々な事情があるだろう。
とは言え完全に放っておく事も出来ないので、家に帰る前に交番に寄って行こうと、少女の前を通り過ぎた刹那、腕を掴まれた。冷たい。氷のように冷たい手。
司郎は咄嗟にその手を振り払った。振り向き見やると、振り払われた手をそのままに少女が立っている。
「貴方には、彼らの声が聞こえていないのですか?」
「見てたのか? アンタにも、視えたのか?」
「はい、視て、聞いていました」
霊能に目覚めてから今までで初めて出会った、同じ力を持つ人間。司郎の警戒心が薄れていく。今まで誰にも話せなかった普通ではない力。自分の行いが正しい事なのか。常に心の中にわだかまっていたモノを、同じ力を持つ人間になら話せる。聞いてもらえる。だが、そんな気持ちを裏切るように、少女は司郎を睨みつけている。
「聞こえていないのでしょうね。だからあんな事が出来る」
少女から、敵意とも呼べる感情の籠った言葉を投げつけられ司郎は戸惑いを隠せない。仲間に出会うことができた。そう思ったのに。
「な、何なんだアンタは。何が言いたい? 俺が何をしたって言うんだ!」
勝手に親近感を抱き、勝手に仲間意識を持ち、勝手に期待をかけ、勝手に裏切られた気になり、勝手に怒りを覚える。自分勝手なのは重々承知している。それでも沸々と怒りが湧いてくる。司郎が少女に向かって歩を進めようとした時、背後から、声量を抑えているにも関わらず全身に響くような声が響く。
「双方そこまでだ。すまんなキミ。彼女にも事情があって少々気が立ってしまったのだ。アサガオも、彼にも同じく事情があるのだ。気持ちは分かるがそれでは対話が困難になるだけだ」
声の方角を振り向いた司郎は自分の目を疑った。そこには、女子児童向けファッション雑誌の読者モデル並みに洒落た服装にストレートのセミロングの髪で、能面を被った女の子が立って居たからだ。
「
──能面のガキの方が俺と同じで、女子高生の方が幽霊だと? そんなハズがない。俺には幽霊の声は……。
「うむ、司郎くん。キミの考えていることは予測が付く。だが、私が可愛らしく愛らしい少女で有る事も、アサガオが幽霊で有る事も紛れもない事実なのだ」
能面の少女はその場でクルリと回り、おどけたピエロの様に一礼する。あまりにも異様な立ち振る舞いに逆に冷静さを取り戻した司郎は、女子高生と能面少女に挟まれている状態を危険と判断し、ゆっくりと横に位置をずらしていく。
「何者だお前ら。何故、俺の名前を知っている」
名前を告げた覚えはないし、身分が割れるような物も持ち歩いてはいない。にもかかわらず能面の少女は司郎のフルネームを呼んだ。
能面の下はもしかしたら見知った顔かもしれないとも思ったが、話すその声に全く聞き覚えがない。
女子高生の方も同様に、見た事も無い顔、聞いた事もない声。つまりどちらとも面識はないと確信できた。
「うんうん、揺れる心を直ちに立て直し、冷静さを失わず、考える事を止めず、端的に質問をしてくる。素晴らしいな」
どこまでも上からの話し方にイラつきを覚えながらも、もしもの時には直ぐに駈け出せる態勢をとる司郎を能面の少女はケタケタと笑う。
「そう警戒するな……。と言うのも無理からぬ話か。そうだな、こんな所で立ち話もなんだ。明るいところで茶でも飲みながら話をしようか」
「ふざけるのはその
「納得がいかなければ、どうするのだ? まさか私を突き飛ばしてでも逃げるなどとは言わんよな? こんな愛らしい少女を。それとも、アサガオを滅して逃げるとでも言うのか? 先ほどの者達を消し去ったように」
滅する。消し去る。司郎には能面の少女の言葉が理解できなかった。自分はあの廃墟の者達を成仏させた。させたハズだ。決して能面の少女が言うような事をしたつもりはない。先ほども、今までも。
「なに、言ってんだ、お前。何を……」
「全て話してやる。お主が知らぬ事、知りたい事。全て教えてやる。ついてくるが良い」
ついて行くにはリスクが大きすぎる。メリットが不明瞭すぎる。信用できる要素がどこにも見当たらない。このまま無視して逃げた方がいい。
──頭では分かってる。なのに何故だ……。コイツの言葉が嘘とは思えない。
知っているのだ。能面の少女は。司郎が知りたい事、知りたかった事を。
「よし、行くぞ」
能面の少女が歩き出す。司郎もそれに倣う。少し遅れて女子高生も付いてくる。
「ああ、自己紹介がまだだったな」
歩きながら肩越しに能面を覗かせて言う。
「 」
振り向き、後ろ歩きで外した能面の下から現れた顔は散々本人が自称した通りに可愛らしかった。まつ毛が長く、大きな眼。小さな鼻。ぷっくりとした唇。球体関節人形の様に美しく整った顔。
「よろしく。司郎くん!」
吉楽は満面の笑みを司郎に向けた。
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