First meeting
1「せめてパンツだけでも目に焼き付けてやる」
「みえてますよね」
夕暮れ時。公園。ベンチ。
無職。男。
「そりゃあ、見えてますよ。どちら様ですか」
外灯。シーソー。滑り台。
ブレザー。スカート。女の子。
「お願いがあるんです」
お願い。家出少女が今晩の宿を探しているという事だろうか。もしくはもっと直接的に、日本銀行券を希望しているのだろうか。こういう場合はどうするのが正解なのだろう。警察に通報か、はたまた無視して立ち去るか。今の自分は無職真っ最中であり、他人に施しを与えてやれるほど余裕はない。
一日二日、家に置いてやるだけにしても、未成年略取になってしまいそうだ。無職男性が未成年の女学生を……、なんて、地方新聞の片隅に載るのは遠慮したい。
「悪いけど、僕は絶賛無職中だ。帰る家はあるが金はない。それに、挨拶をしただけで警察に通報されかねないこのご時世だ。キミみたいな女の子を部屋に連れ込んだのを隣人にでも見られようものなら、僕の人生は一発アウトだよ。だから……」
他をあたってくれないか。そう言葉を続けようとした僕をスッと上げた右手で制して彼女は言う。
「大丈夫です。だって、死んでますから」
そうか、死んでいるのであればつまりは幽霊であって、余人には見られない。見る事ができない。よって彼女を部屋に連れ込んだとしても通報される事もなく、それによって僕の人生は壊れることはないと。なるほどなるほど。
このくらいの年頃の女の子は、占いだの、オカルトだのにハマる傾向があるのだろうか。子供の頃、姉が買っていた少女漫画雑誌には必ずと言っていいほどホラー漫画が掲載されていたのを思い出した。
「えっと、ごめんね。そう言うのはわからないんだ。だからもっと別の、そっち系の人たちとやってくれないかな。ネットで、ちょっとぶっ飛んだ事でもつぶやいていれば、それらしき人種が寄ってきてくれるとおもうよ」
無職だから暇はあるが気持ちに余裕はない。今だってお祈りされた帰りに少し黄昏ていただけで、もう帰ろうと思っていた所だ。
明日も見えない現状で、内容の見えない話を聞いている暇はないのだ。
「という訳で、僕は帰るよ。キミも早く家に帰ったほうがいいよ。親御さんがきっと心配してる。それじゃあね」
家に着くまでの間、さっきの女の子がついてきてはいないか何度か振り返ってみたが、姿は見えなかった。
二階建て六室アパート。一番奥。角部屋。
真っ暗な室内を見る。
壁の照明スイッチに手を伸ばすと、柔らかい物に触れた。
「あの、これでお願いを聞いてくれるならいくらでも触ってもらってもいいですよ」
人間、驚きすぎると声が出ないものなんだと思いながら部屋の奥に走った。聞こえた声は、ついさっき公園で聞いたものと同じ。
振り返って見る。薄暗い玄関にぼんやりと浮かぶシルエットは、あの女の子だ。
どうやってここに?
玄関のドアは閉まったままだ。
窓から入って待っていたのか?
とっさに振り向いて見るも、窓はもちろん鍵も閉まったままだ。何よりここは二階だ。ベランダもない。とっかかりがない壁を、女の子がよじ登ってきたのか?
それも怖いな。くそ、精神的に疲れが出てるんだな。幻覚、幻聴、気のせい気のせい。
そう自分に言い聞かせて振り向いた。
「うあああああ!!」
今度は声がでた。
目の前に目が有って、目が合った。
叫びながら横に転がって、目から逃げる。
「大丈夫ですか?」
窓からさし込む月明りで彼女の顔が見える。
床に転がった僕を、小首をかしげながら見つめている。
公園で話しかけられた時はよく見てなかったけど、よくよく見てみると可愛い顔をしている。
ホラー映画の女幽霊みたいに、前も後ろも腰まで伸びた髪の毛で顔が隠れているなんてこともなく、いたって今どきの……、今どきの女の子の流行りに詳しいわけではないが、たぶん今どきの髪型で、黒目勝ちの大きな目、薄い唇。
華奢な体つきにそぐわない大きな胸。違う、待て待て。彼女の容姿なんて今はどうでもいい。
死者、生者どちらにせよ、僕にとってこの子は見知らぬ怪しい何者かであることは間違いない。
「大丈夫ですか?雨宮一さん」
アマミヤ ハジメ……。それは僕の名前だ。何故、名前を知っているんだ。誰なんだ。何者なんだ。どうすればいいんだ。
混乱しながらもポケットを探る。いつもズボンの左ポケットに入れているスマホを探す。
「ハジメさん、怖がらないでください。落ち着いてください。何もしませんから」
「近寄るなあ!」
ゆっくりと近づいてくる何者かに向かって叫ぶ。ポケットにスマホがない。
怖がるな? 落ち着け? できるかそんなもん。
こいつは公園で『自分は死んでいる』と言った。『自分は幽霊なんだ』と言っていた。メンタルふわふわで夢見がちなお嬢さんが、一人で妄想するのに飽きて他人を巻き込みに来たんだと思った。
「来るな……、来るな……」
壁に背中があたる。もうこれ以上下がれない。
玄関のドアも、窓も閉まった密室。僕しかいないはずの空間にこいつはいた。
──本当に幽霊なのか?
玄関から突き当りの窓際までの距離を一瞬のうちに無音で近づいてきた。
今はゆっくりと近づいてくる彼女の足元をみる。足はある。浮いてるようにも見えない。普通に、いたって普通にフローリングを歩いてきている。
「大丈夫です。大丈夫。怖がらせてしまってごめんなさい。わたしは……」
僕のいる位置まであと四、五歩程度。
「
ん? なんて? あと二、三歩。
「室長に、あなたを連れてくるようにと」
あかしや? 大御所お笑い芸人が僕になんの用事があるんだろうか。
すでに彼女は、へたり込んで壁に背を預け、力が抜けてだらしなく伸ばした僕の足ををまたいで限りなく近くにいた。
目測ひざ上十五センチのスカートは、僕がちょっと首を傾ければ中身が見えそうだ。もう、ワケが分からなさ過ぎて頭がどうにかなってしまったのか、さっきまで感じていた恐怖感がどこかへ行ってしまった。
この子が本物の幽霊で僕を取り殺そうとしているにせよ、お脳がイっちゃってる人間で普通に殺そうとしているにせよ、どのみち殺されるならキミのパンツを目に焼き付けてから殺されてやろう。
完全にやけくそ状態になって、いざ花園へとスカートをのぞき込むために、より一層体勢を低くする。
じわりじわり、ゆっくりと背中を滑らせ、彼女の股下に潜り込んでいく。
この場面だけ切り取って見れば、変態行為以外のなにものでもないが、違うんだ聞いてくれ。アサガオと名乗ったこの女の子が、何者だったとしても、僕の理解が及ばない事態に巻き込まれたのは確かだ。
せめてパンツだけでも目に焼き付けてやる。
「なんだか、熱い視線が私の股間に注がれている気がしますが……」
む、バレたか。ならばしょうがない。このまま勢いをつけてスカートの中に頭を突っ込もうじゃないか。そうすればパンツ見える、感触を楽しむ、あわよくば逃げられる。
「なんだか、スカートの中に頭を突っ込んできそうな気配を感じますが……」
なんだと……、こいつ人の心が読める特殊能力者か!
「いえ、心は読めませんよ。ハジメさん、動きや表情がとても素直で行動が読めちゃいます。と言うか、さっきまであんなに怯えていたのに、もう落ち着いてますね」
「あー……。いやもうどうせ殺されるならって思ったらどうでもいいかなあと」
開き直るのは得意なのだ。
「殺しませんってば。最初に言いましたが、室長にあなたを連れてくるように頼まれたんですよ。だから、一緒に来てください。っていうお願いなんです」
「
「わたし、美人です?」
美人というか、可愛いって感じかな。僕がもっと若くて同級生くらいだったら好きになってるかも。
「ああもう……。職も無い、今持ち合わせの金も貯金も無い、クレジットカードも無い。僕を騙してもなんの利益もでないよ。あ、内臓だってもう今までのストレスでボロボロだから売り物にもならないと思うよ」
改めて羅列してみるとかなりの底辺具合だ。
「お金も内臓も取る気はありませんよ。むしろ差し上げる方です」
「内臓を?」
「お仕事を。です」
素で返された。
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