妖家相談室
2㎞離れた隣人
Once upon a time
Ⅰ
日没から数時間。辺りは闇に包まれている。鬱蒼と生い茂る山中に人影が二つ。
「くっそ……、
声の主は木の幹に体を預け、脂汗を流しながらもう一人に向かって言う。
「寝言は寝て言え、
吉楽と呼ばれた影は、司郎と呼んだ影の胸倉を掴み発破をかける。しかし、司郎は俯いたまま動こうとしない。
「動くのは口だけになっちまったんだよクソが。脚が……、もう動かねえ」
司郎の脚には黒い
「脚が動かぬならば手を使え。逆立ちで走れ」
「山ん中を逆立ちで走れる人類はいねえだろ。無茶言うんじゃねえよ」
吉楽の言葉に苦笑しつつ、司郎はついに立っていられなくなり、夜露に湿る土の上に腰を下ろし、吉楽を追い払うかのように手を振る。
「しょうがない奴だ。ほれ、おんぶしてやる。乗れ」
「そんなんで逃げ切れるワケねえだろ、バカかお前。大の大人がおんぶされて逃げるなんて恥ずかしい真似できるかボケ。一人の方が逃げ切れる確率が高いっつってんだよタコ助。あいつ等が追ってるのはお前で、俺じゃねえ。だからお前が行けば俺なんぞ放ってお前を追う。お前が必死で逃げてる間に俺はゆっくり逃げる。分かったか? 分かったらいけ」
早口でまくし立てるように言う。だが司郎のその作戦には大きな欠点があった。二人を追う者たちは、二人の位置を正確に把握し追ってきている。原因は司郎の脚に絡みつく
追跡者達は、それを感知して二人を追っているのだ。だから吉楽が司郎から離れてしまえば追跡者達は吉楽を見失う。その代わりに司郎を見つけるだろう。
そうなれば司郎の命は無い。見つかり次第殺されるか、拷問されてから殺されるか。どちらにせよ司郎は死ぬ。だがそんな事は百も承知の上だった。
「分かった、丁度縄を持っている。これで括って引きずろう。括るのはどこにするか……。脚か、手か、首か」
「何も分かってねえな。漫才してる暇はねえんだよ! 行け!」
我慢できなくなり司郎が叫ぶが、吉楽は背を向けたまま縄をいじり続けている。
「吉楽! 行けよ、行ってくれ! 頼む……。お前には死んで欲しくねえんだ。俺に、お前を守らせてくれよ……」
次第に小さくなっていく声。今の司郎では、吉楽を逃がすことは出来るかもしれないが、大きな声で『守る』とは言えない状態だ。
しかし、どんなに恰好悪かろうと追跡者達を、一人でも多く道連れにするのだと覚悟を決めていた。噛みついてでも、辺りに転がる石を投げてでも、足にしがみ付いてでも何をしても。
縄を弄るのを止め、肩越しに司郎を見る吉楽の目はどこか悲し気だ。司郎は一度目を逸らし、ほとんど睨むようにして見つめなおし、言う。
「お前を守って死ぬなら後悔はねえ。最後くれぇ恰好つけさせてくれや」
吉楽は立ち上がり司郎に近づき、至近距離で司郎の目をのぞき込む。右手をそっと頬に当て、左手も頬に当て、頭を後ろに引き、思い切り振り下ろす。
突然の頭突きに思わずうめき声をあげ、額を両手で抑えている司郎に吉楽を仁王立ちで見下ろす。
「最初から死ぬつもりのヤツに誰を守れると言うんだ馬鹿者が。共に生きて、共に歩み、共に支え、共に年を取り、共に死ぬ。お前が私を守ると言うのであれば、私もお前を守る。一方的に守られるなんぞまっぴらだ。今も、これから先も、ずっと、背中を預け助け合う。それが誰かを守るという事だ」
司郎はもう何を言っても無駄だと悟り、もう殆ど感覚の無くなっている脚に喝を入れ、無理やり立ち上がる。
周りの木の陰から追跡者達が姿を見せる。
「さて、追いつかれてしまったな」
司郎と吉楽は背中合わせになり、自分たちを取り囲む追跡者達と対峙する。
「背中は任せたぞ?」
「分かったよチクショウ!」
闇夜に咆哮が響き渡った。
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