最終話

一週間前。


お互いに、デートとは何をしたら良いのかもわからない2人は


優太が授業の課題に使う画材を一緒に買いに行く約束をした。


そして、当日。


デートまでの一週間、まだまだ恥ずかしさがある二人は、一度も会うことはなかった。


待ち合わせたのは、この街で最大級のショッピングモールの入り口。


明乃と林田が待ち合わせ時間の10分前に到着すると、優太はすで明乃達の到着を待っていた。


林田が優太を見つけ、声を掛ける。


「風祭様、おはようございます」


「お待たせして、申し訳ありません」


林田は優太の元に駆け寄ると、すぐさま一礼し、かしこまった挨拶をする。


「いえいえ!そんな、ご丁寧に!」


「ボクも今来た所ですから!」


むしろ、此方こそ先に着いててすみませんという勢いで恐縮してしまう優太。


「おはよう、風祭くん」


続いて明乃が声を掛ける。


「おはようございます、九法院先輩」


優太も明乃の挨拶に応える。

周りが聞いても、何ら違和感のない返答。


しかし、明乃の表情が急に曇り出す。


「…」


明乃は沈黙してしまった。


「お嬢様、どうかなさいましたか?」


初デートで彼女が黙ってしまっては、経験値の低い優太には荷が重かろうと、林田が助け舟を出す。


「先輩ではないわ」


明乃はハッキリとした口調で自身の感じた違和感を打ち明けた。


「「はい?」」


とっさに理解出来なかった林田と優太の疑問がハモった。


「今、私達に優先されるのは学年の上下ではなく、平等な恋人同士という関係性だもの」


優太も林田もポカンとしている。


しばらく続いた沈黙を押し退けたのは、やはり明乃だった。


「私のことは九法院さん、もしくは明乃さん、と呼んでくれないかしら」


明乃はポカンと黙る唐変木共にも伝わるよう、ストレートに要求を出した。


“あぁ〜"と頷く林田。


隣の優太も一足遅れはしたが、明乃の要求を理解したのか


今は開いていた口を閉じ笑顔になっている。


「わかりました、明乃さん」


優太も素直に要求を呑む。


すでに主導権を握る明乃と、それに抗うことなく付いていく優太の様子は


“このまま、この二人はこんな感じで行き着く所まで行くのだろう"と林田の頬を緩ませた。


それから、三人はショッピングモールの中へと向かった。


優太は、芸術クラスの課題に使う新しい画材が欲しいと言うので、三人でショッピングモールの中にある画材店へ入った。


ここでの買い物はお嬢様の必殺技が炸裂した為、ものの5分と掛らずに終わってしまった。


「面倒だわ。“ごと"頂きましょう」


明乃が事故のお詫びにプレゼントする、と言うので

申し訳なさそうにしながらも優太は、その言葉に甘えることにした。


あれもいいなぁ〜。


これも欲しいなぁ〜。


どれにしようかなあ〜。


と優太が悩んでいる様子を見ていたお嬢様は、“面倒"の一言で片付けてしまった。


その後、明乃が買い占めた大量の画材は

その場に駆けつけた九法院家の方々によって運ばれて行った。


そして、優太も明乃に渡したいものがあった。


それは一枚の肖像画。


一週間前、デートの日取りが決まった時に優太は林田から明乃の写真を一枚、借りていた。


真っ白な画用紙に淡い色調の水彩画。


パステルカラーの濃淡が、普段はツンとしている明乃の優しさを表していて美しい。


もちろん、モデルが美人だと言うこともあるが。


「林田、私が死んだら、この絵も一緒に埋めて頂戴」


“その頃まで私が生きているかは、度外視ですか、お嬢様…"と、林田は心で呟いた。


「かしこまりました」


それでも、明乃が“一生"いや、“死んでからも"大事にすると込めた想いに、無粋なツッコミなど野暮だと、素直に返事をした。


それから優太は将来の夢を話した。

優太の夢は絵描きになる事だ。


イラストレーター、漫画家、デザイナー、なんでも良かった。


絵というツールを以って、自身の心象風景や感性を、この三次元に具現化することは


身内のいない彼にとっては幼い頃から唯一許された、自己表現だった。


悲しい時は悲劇を描き。


楽しい時は喜劇を描き。


その時の気分や感情によって


タッチを変え、色調を変え表現してきた。


過去の境遇と与えられた環境も絵描きを目指すようになったキッカケだったと語った。


「でも、やっぱり無理ですよね」


そう口にする優太は少し俯いていた。


「運が良かったのか、高校には進学出来ましたけど…」


「卒業してしまえば、どうなるかわかりませんし」


絵描きになることを決めた経緯までを話して、優太はため息交じりに、不安も打ち明けた。


「なれるわ」


その話を一通り聞いてから明乃は、その一言だけ返した。


夢を語る者に掛けられる、ありきたりな言葉。


“大丈夫、きっと夢は叶うよ"


“がんばってね"


“諦めちゃダメだよ"


そんな、ありふれた他人が他人の将来に向かって掛ける、無責任な心の上澄み。


「なれるに決まっているじゃない」


「絵描きになるまで描き続けるのだから」


「芸術家に年齢制限はないんだもの」


そんな、薄っぺらい口先だけの言葉ではなかった。


“絵描きを目指す貴方と一生を共にするのだから、無責任なことは言えないわ"という雰囲気を物語る、強く真っ直ぐな瞳。


「ありがとうございます」


まさか大財閥の令嬢である明乃が芸術家になるという夢を肯定するとは思わなかった優太は、ニッコリと微笑んだ。


「貴方の武器は、その貧乏根性だけじゃないの」


「いえ、正確にはそれだけじゃなくなったのね」


「今の私は、貴方にゾッコンなんだもの」


優太を強く見つめる、その瞳は


だから“私の資産と戦略で貴方を必ず幸せにしてみせるわ"と


少しだけ怖さが見え隠れする未来予想図を優太の心の中に写し出した。


この場合は、“戦略"と書いて“あいじょう"と読むのだろうか。


そして、二人は林田の運転する高級車で帰路につく。


後部座席で語り合う2人をバックミラー越しに眺めながら、林田は少し考え事をした。


“世の中には、ありとあらゆる物に格差がある。"


それは、もちろん人の一生も例外では無い。

人生には、生まれた時から決められた限界があるのだ。


玉の輿とは、その決められた限界を打ち破る数少ない一手。


貧富の差を一撃でひっくり返す、最強のジョーカー。


しかし、このカードを山札から引き込めるかは、神のみぞ知る…。


「いや、神頼みなんて、とんでもない」


"フッ…"と笑みを零しながら、林田は2人に聞こえない声で独り言を呟く。


“誠実な努力という物は、必ず何かしらの結果で帳尻が合う物だ"


林田は、そうでなければならないと、強く思っている。


そして、その奇跡に立ち会えた幸福を神様に感謝した。



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リッチガールとビンボーイ @gen-miake

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