ダイヤとクイーン

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ダイヤとクイーン

 地球は、狙われている。 

 宇宙人がこの惑星を侵略せんとして、侵略の使者を送り込んでくる。


 西暦200X年 ○月×日 AM5:00 今日も巨大な“それ”は、宇宙やって来きた。空と大地を割るような轟音と共に、遥か上空から飛来してきた。 

 赤い体、長いヒゲ。そして両手には巨大なハサミ。今日の使者はザリガニに酷似していた。


『ウォオオオオ』 


 ザリガニの不気味な鳴き声が響き渡る。


「テレビの前の皆さんご覧ください! 今日もまた侵略の使者が、この地球に襲来してきました!」 


 マスコミが離れた場所から、使者を撮影している。一般人は一時間前にシェルターに避難しているのに、仕事熱心な事で。


「今日この時をもって、地球は侵略されてしまうのでしょうか!? ……!? 皆さん、ビルの上を見てください!」 


 アナウンサーが指を刺した方向にそびえ立つ高層ビル。その屋上の柵の向こう側に、俺は仁王立ちしていた。 

 特殊な元素で製造された菱形の装甲を身に纏った俺は、使者に向かって叫ぶ。


「そこまでだ侵略者! これ以上、人々を恐怖させるのは……この俺が許さない!」 


 ビシっ! とポーズを決めて使者を翻弄する。


「皆さん見てください! ダイヤです! 正義の装甲戦士ダイヤが来てくれました!」 


 そう、俺はこの町を守る正義のヒーロー、ダイヤ。この世界が平和なのは、ヒーローである俺達がいるからだ。


「覚悟しろよザリガニ野郎! この俺が来たからには貴様の命も――」

『ウガ』 


 言い終わる前に、ザリガニ使者はハサミで俺を殴る。ビルの欠片と共に俺は地面に叩きつけられた。 

 普通なら即死だろう。 だが、この俺ダイヤは防御特化型の装甲戦士。この程度ではダメージはない。 


 ただ……。


「やべぇ」 


 開発者の設計ミスで、この装甲はかなり重く、一度バランスを崩すと自分では起きあがることができなくなる。


『ウガっ! ウガっ! ウガっ!』

「ちょ、待っ! タイム! めり込むめり込む!」 


 最近は侵略者側も学習したのか、叩いたり踏んだりして、俺の動きを封じてくる。


「おーっと! ダイヤが使者にモグラ叩きにされて、どんどん地面に埋まっていきます! ダサい! この上なくダサい! さっきの格好いい登場と台詞が全て台無しです!」 


 アナウンサーがダサいを連呼する。……そこまで言わなくてもいいんじゃないか? 


 その時だった。


「そこまでよ、使者さん」 


 気品あふれる声に反応したのか。ザリガニは俺を叩くのをやめ、声がした方向に振り返る。


「あんまり暴れられると、復興に時間が掛かるのよね」 


 さっきとは違うビルの角に、優雅に座りながら使者と俺を見下ろす、装甲を纏った1人の女性。


「あ、あれは! テレビの前に皆さん、もう安心してください! クイーン様です! 我らがヒーロー、装甲戦士クイーン様が来てくださいました! これで勝てる!」 


 彼女はクイーン。俺と同じくこの星を守る、正義の装甲戦士。


『ウガァアアアアア!』 


 標的を俺からクイーンに変更したらしく、ザリガニがクイーンにハサミで切り裂こうとする。 

 ビルの一部が割れて、瓦礫が地面に散らばるが、その中にクイーンの姿はない。


「心外だわ。私はあのノロマとは違うわよ?」 


 クイーンはザリガニの頭の上に、凛とした姿勢で立っていた。 

 彼女は俺とは正反対の、力&速度特化型の装甲戦士。使者がビルを破壊する前に、既に移動していたのだろう。


『ガアアアアアアアア!』 


 ザリガニは両手のハサミでクイーンを捕まえようとするが、クイーンは華麗な宙返りでかわし、地面に着地する。


「うふふふ。……それじゃ次はこっちから行くわよ」 


 そう言ってクイーンは太股に隠しておいた愛用の電撃鞭を取り出す。


「うふふふ……」 


 女王様オーラ全開でクイーンは不敵に笑う。 

 そのプレッシャーに圧倒されて、使者は少したじろぐ。


「あはははははっ!」 


 高飛車に笑いながら、クイーンは鞭を操りザリガニを攻撃する。


「出ました! クイーン様の得意技、鞭の舞! 電流の痺れと鞭の痛みで、使者は完全に圧倒されています! うらやましい! 私もクイーン様にぶたれたい!」 


 確かにザリガニは電撃鞭(あとクイーンのドSオーラ)に翻弄されてはいる。 

 だが、完全に倒すには至らないようだ。


「ふーん……さすがは甲殻類といったところかしら? なかなか硬いわね」 


 クイーンは一旦、鞭での攻撃をやめる。


「いつまで寝てるのダイヤ? いい加減起きなさい」

「いや。自分で起きられたら、とっくに起きてるんだけど……悪いけど起こしてくれない?」

「ええ、いいわ、起こしてあげる」 


 そう言ってクイーンはニヤリと笑いながら、鞭を俺の身体に巻き付ける。 

 イヤな予感がする。


「あの、クイーンさん?」

「起きるついでに、あのザリガニを倒してきなさい、なっ!!」 


 思い切り振りかぶり、クイーンは俺を投げ飛ばす。 

 俺はまっすぐザリガニに向かって突撃する。 

 ザリガニの甲羅も硬いが、それ以上に俺の装甲の方が硬い。俺の防御に、クイーンのパワーが加わった今、俺を止められる物はない。 


 ザリガニは俺に腹部を貫かれ、爆破した。 

 そして俺はビルの壁にめり込んだ。


「やりました皆さん! 今日もクイーン様が見事、使者を撃退しました! かっこいい! クイーン様ぁ! 私をあなた様の奴隷にしてー!!」 


 あの、アナウンサーさん? 俺は?  






 ダイヤの秘密基地にて。 

 俺は装甲を解除して、一般人ヒロトに戻っていた。


「あぁ、くそ! あの女、また俺を武器にしやがって!!」 

 

 基地で朝食を採りながら、俺は愚痴をこぼす。


「ほっほっほ。まあ良いではないか。無事的使者を倒すことができたんじゃし」

「そういう問題じゃねえよ、クソじじい!」 


 俺は、ダイヤを造った博士を怒鳴りつける。


「じじい! だいたいてめえの発明のせいだろ! 俺がこんな目に遭うのは!」

「なんじゃと!? 貴様、ワシの天才的な発明にケチをつける気か!」

「何が天才的な発明だよ!! 設計ミスであんなに重くしやがって!! さっさと軽量化しやがれ!」 

「バカモン! ダイヤの装甲に使っておる金属は、一度しか加工できん特殊な物じゃ! 改良はできん!

「だったらクイーンの武器を強化しろよ! 毎回武器にされる俺の身にもなりやがれ!」

「力特化のクイーンに耐えられる武器などそう簡単に作れんわ! それに国も『別にこのままダイヤを武器にすればいいんじゃね? 予算も節約できるし』とか言っておるし!」

「じゃあ――」

「ヒロトさん」

「あ?」 


 俺と博士の言い合いに、助手さんが冷静な声で割ってはいる。


「貴方の気持ちも分かりますが……そろそろ登校しないと、学校に遅れますよ」 


 そう言われて俺は時計を見る。確かにもう学校に向かったほうがいいだろう。 

 俺は舌打ち交じりに「いってきます」と言い残し、基地を後にした。


「まったく……ヒロトのやつ、文句ばっかり言いおって」

「しかし、このままだとヒロトさんが可哀想です。どうでしょう博士。装甲の加工ではなく、ダイヤ専用の新しい武器を作るというのは?」

「ふむ。ダイヤの武器か……」






  放課後。全ての授業を終えた後、図書委員である俺は図書室にいた。


「はぁ~」 


 授業の疲れと日頃のストレスによる疲れで、俺は机にうつ伏していた。


「ヒロト君大丈夫? 何だか凄く疲れているみたいだけど……」 


 もう一人の図書委員、トウコが心配そうに俺に話しかけてくる。


「あー大丈夫大丈夫。ちょっと嫌な事があっただけだから」 


 ダイヤをやっているストレスで疲れている、なんて言えるわけがない。 

 世間でのダイヤの評判は良くない。何せ、使者は全部クイーンが倒し、ダイヤはクイーンの武器扱い。一部では『乙姫に仕える奴隷亀』とか言われてもいる。 

 そんな最悪のヒーローが自分であるなんて、トウコにばれたくない! 

 俺は疲れをごまかすため、話題を変える。


「あ、その本、棚に戻すんだろ? 俺がやってやるよ」

「え、でも……」

「いいからいいから」 


 俺はトウコが持っていた本の束を受け取り、本棚へと運ぶ。 

 気づいているだろうが、俺はあのトウコに恋心を抱いている。何とか彼女の気を引こうと、同じ図書委員になったり、こうして重い本を代わりに持ったり、一緒に下校したりしている。 

 本当はもっと親密になりたいのだが、恋愛経験のない俺はどうすればいいのか分からないし、女心もよく分からない。


「(はぁ。身近に親しい女でもいれば相談できるんだけど……)」 

 

 トウコ以外に親しい女なんていないしな。

 ……。

 ……あ、いたわ1人。  






 次の日の早朝。


「やりました! 今日も私達のクイーン様が見事、使者を殲滅しました! 皆さん、盛大な拍手を!」 


 いつもと同じように、クイーンは俺を武器にして使者を倒した。俺は頭から地面に突き刺さり、クイーンは使者の死骸の上でふんぞり返っていた。


「あの、クイーン……ちょっとお願いがあるんだけど」

「何? 起こしてほしいの?」

「いや、それもあるんだけど……」






「なるほどね……」 


 クイーンに起こされた俺は彼女の隣に座り、トウコの事を相談した。もちろん、トウコや学校の名前は伏せて。 

 本当はこんな奴に相談したくはないが、他に女の子の知り合いがいないのだからしょうがない。


「あなたってヒーローとしても鈍くさいのに、男としてもダメダメなのね」

「うっ……」 


 クイーンの指摘が、胸にぐさりと突き刺さる。


「とりあえず。この後すぐに、その彼女とデートする約束をしなさい」

「でもどう誘えばいいんだ……?」

「方法なんて何でもいいわ。映画のチケットが余ったとか適当でいいのよ」 


 て、適当って……。 

 クイーンは話を続ける。


「いい? 女の子ってのは皆、男の子にリードされたいものなの。多分その娘も、アナタに誘われるのを待っているわ」

「え、そうなの?」 


 クイーンの言葉に俺は驚きを隠せない。トウコが俺に気がある? それは嬉しいけど……。


「じゃあ……クイーンも男にデートの申し込みされたいって思うのか?」

「それはそうよ。私だって好きな男にリードされると嬉しいわ」

「え!? お前に好きな人なんているの!?」 


 俺は思わず声をあげてしまう。 

 クイーンはムッとした顔で俺を睨む。


「失礼ね。私にも好きな男くらいいるわよ。……まあ、彼はアナタと違って、凄くできた人だけどね」 


 そう言ってクイーンは、自分の彼氏を自慢し始める。


「彼はちょっと奥手なとこはあるけど、とっても優しいの。夜道は危険だからって、私を家まで送ってくれるし、私が重い荷物を持っていたら、イヤな顔せず、代わりに持ってくれるし――」 


 しばらくクイーンはノロケ話を続ける。

 それを聞いて、俺は。


「ぷっ……あっはははははは!!」 


 腹を抱えて、盛大に笑った。


「何乙女みたいな事言ってんだよ! どうせその人、お前の女王オーラが怖くて、しかたなく優しくしてるんだよ! デートに誘われたい? 無理無理! 男を武器に使う、お前みたいなドS女を誘う奴なんて誰もいな――」

「ふんっ!」 


 笑っている俺をクイーンは蹴飛ばし、俺は再び地面に埋まった。


「随分言いたいこと言ってくれるじゃない。武器になるしか能のない鈍亀のくせに!」

「ちょっ! 痛い! 痛いって!」 


 怒り混じりに叫びながら、クイーンは俺をヒールで何度も踏みつける。 


 やがて疲れたのか、はぁはぁとクイーンは息を切らす。


「……帰るわ」 


 そう言い残し、クイーンはその場を去った。

 去る瞬間、彼女の瞳から、数滴の雫がこぼれ落ちたように見えた。  






 放課後 教室にて。 

 授業中ずっと、俺は今朝の事を考えていた。 

 我ながら、自分が情けない。相談に乗ってくれた相手の恋を笑うなんて、ヒーローとか以前に人として最低の行為だ。いくら自分を武器にする相手とはいえ、言って良いことと悪いことがある。


「(アイツには、悪いことをしちゃったな……)」


 それにアイツ、泣いてたみたいだし……。


「(明日ちゃんと謝ろう……それと、アイツのアドバイス通り、トウコをデートに誘おう!)」 


 俺は決意を固め、トウコに話しかけようとする。 

 トウコのいる方を見ると、彼女はクラスメイトと談笑していた。


「ねえねえ、今朝のニュース見た?」

「ニュース?」

「あれだろ? クイーンがダイヤを踏みまくったってやつ。喧嘩でもしたのかな?」

「ああ、その話……」 


 げっ。あの時撮られていたのか……。しかもトウコも見てたのか。


「いいよなーダイヤ。俺もクイーン様に踏まれたい。というかあの人の奴隷になりたい」

「え? アンタってそういう趣味だったの? 引くわー」

「クイーンって強くてかっこいいけど……あの性格はちょっとなぁ。トウコもそう思うだろ?」

「うん。そうだね」 


 トウコが苦笑いを浮かべながら、同意する。


「確かに、女の目から見てもあれはねえ……絶対彼氏できないタイプね。まあ、奴隷はできそうだけど」

「あ、私そろそろ委員会の仕事に行かなくちゃ。じゃあね」 


 時計を見たトウコは、クラスメイト達に別れを告げ、荷物を持って教室を出ていった。


「って、俺も図書室行かないとな」 


 俺もトウコの後を追って、図書室に向かった。 

 

 しかし、図書室に彼女の姿はどこにもなく、俺は一人で仕事をこなす。 

 結局、その日トウコは図書室に来なかった。  






 その日の夜。自宅にて。 

 俺はベッドで横になりながら、トウコの事を考えていた。 

 何も言わずに委員の仕事をサボるなんて、普段のトウコならそんな無責任な事はしないはずだ。 

 何か急な用事でもあったのだろうか? でもそれならなおの事、俺に何か一言あるはずだ。


「(明日にでも聞くか……でもあんまりプライベートな事に首を突っ込むのもな)」 


 俺が考え込んでいる最中、突然携帯の着信音が鳴る。 

 画面を見ると、博士からだった。 

 拒否しようかと思ったが、侵略者に関する事かもしれないので、俺はしぶしぶ電話に出ることにした。


「もしもし?」

『おおヒロト。喜べ! 遂に完成したぞ!』 


 感極まった声が、俺の鼓膜を刺激する。


「完成って何が?」 


 欠伸混じりに俺は尋ねる。


『何って勿論……おっと、これはまだ秘密じゃ。とにかく、明日早めに基地に来てくれたまえ。じゃあの』 


 そう言って、博士は通話を切った。   






 翌日、早朝 俺は博士に言われた通り、早めに基地にきていた。


「来たな、ヒロトよ」 


 基地には博士と助手が俺を出迎える。


「で、こんな朝早く何の用だよクソジジイ」 


 俺は眠い目をこする。 

 ただでさえ使者との対決で、いつも寝不足なのに。どうでもいい用事なら殴ってやる。


「ほっほ。大口叩けるのも今のうちじゃよ……これを見よ!」 


 博士は、天井からぶら下がったスクリーンを指さす。 

 そのスクリーンに、何やら大きな大砲らしき物が映写された。


「お、おい……これってもしかして」

「ご名答」 


 博士は歯が見えるくらい、二ヤリと笑う。


「これぞ、ダイヤ専用の新兵器! ダイヤキャノンじゃ!」 


 ダイヤ専用の新兵器……。 

 俺はゴクリと唾を飲む。


「ダイヤキャノンはその名の通り大砲です。強力な弾丸を使者に向けて発射する事で、相手を撃退することができます。その破壊力の前では、どのような敵でも無力です」 


 助手が説明する。


「マジかよ、博士! スゲエじゃねえか!」 


 俺は喜びのあまり、叫ぶ。


「なけなしの予算をやりくりし、徹夜して作った。これでもうクイーンに武器扱いされることもあるまい」

「サンキュー博士! あとクソジジイって言ってごめんな!」

「ほっほっほ。いいんじゃよ」 


 俺と博士の笑い声が、基地に響きわたっている。 

 そのときだった。 ビービービー、と警報がなり始める。


「使者が現れました! ヒロトさん、準備を!」

「おお! さっそく新しい武器を試すチャンス……ところで博士、肝心のダイヤキャノンはどこにあるんだ?」 


 俺は周りを見回すが、大砲らしき物はどこにもない。


「慌てるでない。……トランスフォォオオオオム」 


 博士の叫び声に反応して、基地がグラグラと振動し始める。


「じ、地震!?」 


 最初はそう思ったが、どうも違うらしい。 

 基地が轟音をたてながら、変形しだす。 

 そして、さっきまで質素な建物だった秘密基地が、巨大な大砲に姿を変えた。


「なあ、博士。ちょっと聞きたいんだけど」

「何じゃ?」「ダイヤキャノンの弾丸って、何を使うんだ?」

「勿論、お前さんじゃよ」

「ふざけんな!」 


 俺は怒鳴り散らす。


「何で俺が弾なんだよ! 普通に俺が持ち運ぶ大砲でいいだろうが!」

「仕方ないじゃろ。生半可な武器では使者は倒せん。予算の都合で、いちいち強力な弾丸を作るより、ダイヤを発射した方がいいんじゃ」

「これじゃあクイーンとやってる事変わんねえだろうが! クソジジイ!」

「あ、またワシをクソジジイと言いおったなこのクソガキ!」

「クソジジイをクソジジイと言って何が悪い!」

「ええい! うるさい! つべこべ言わず、さっさと乗らんか!」 


 そういって、博士は白衣のポケットから怪しげなスイッチを取り出し、押した。 

 そして大砲からクレーンがでてきて、俺を拘束する。


「離せ!離せよ!」 


 必死の抵抗虚しく、俺はダイヤキャノンにセットされる。


「発射10秒前! 9! 8!」 


 博士がカウントを始める。


「あ、ヒロトさん。発射されたらすぐに変身した方がいいですよ。生身で使者に激突したら、怪我では済みませんから」

「そんな危険な物作ってんじゃねえ!!」

「2! 1! 0! ダイヤキャノン発射!!」 


 0になると共に、俺は彼方へと飛ばされた。


「あの、博士。ちょっと気になることが……」

「何じゃ?」

「使者の出現地点、地図を見るに海なんですが……ダイヤってあの重量泳げるんですか?」

「……あ」  






 上空を飛んでいる中。 

 普段地面に埋まってばかりなので、空を飛ぶというのは新鮮で楽しいものだった。自分の住んでいる町を見下ろすというのは気分がいい。 

 こんな機会を作ってくれた博士には感謝……。


「する分けないだろうが!! 殺す! 帰ったらあのクソジジイ、絶対殺す!」 


 そう決意しているなか、前方に巨大な蟹らしき生物が見えてくる。どうやらアレが今回の使者らしい。


「へ! ちょうどいい! ジジイへの怒り、お前で晴らされてもらうぜ! 変身!」 


 俺は右手首のブレスレットのスイッチを押し、装甲戦士ダイヤに変身する。


「喰らいやがれ使者! 必殺ダイヤキャノン!」 


 変身した俺は、蟹使者に突進する。


『ガぎゃあああ!』 


 俺は使者の身体を貫通し、使者は倒れた。


「っしゃあ!」 


 俺は喜びでガッツポーズをした。初めて、クイーンの手を借りずに、一人で使者を倒した。 


 だが、喜びもつかの間。 使者に激突したにも関わらず、大砲の勢いが強すぎたのかそのまま海中に叩きつけられた。


「まずい! 息が……!」 


 この時、単純に変身を解除するべきだった。 

 だが、水面にぶつかった衝撃と、少し水が気管に入ったことに動揺して、頭がその思考に至らず、俺はもがいた。 

 身体が沈む。視界が暗くなる。


「い、息が……」 


 やがて俺は意識を失った。






「いつまで寝てるつもりなの? さっさと起きなさい」

「……っ!?」 


 クイーンの声に反応して、俺は飛び上が……ろうとしたけど、装甲が重くて起きあがれない。

「まったく、使者に突撃してそのままダイビングなんて、一体何を考えているのアナタは?」 


 それはうちのバカセに言ってくれ、と呟く。 

 そこで俺はクイーンの全身がずぶ濡れなのに気づく。おそらく、いや確実に俺を助けるために海に飛び込んだのだろう。


「感謝しなさいよ。最初はアナタの装甲を外そうかと思ったけど、アナタにもプライベートがあるからね。そのまま引き上げてあげたわ」 


 クイーンの髪から塩水がポタポタと垂れる。


「それじゃあ私はもう行くわ。使者もアナタが倒しちゃったし」

「ま、待ってくれ!」

「……何?」 


 立ち去ろうとするクイーンを、俺は慌てて呼び止める。


「助けてくれてありがとう。……それと昨日は笑って、ゴメン」 


 俺は頭を下げる。


「……彼女とデートの約束はできたの?」 


 昨日の俺の言動を許すとも許さないとも言わず、クイーンはそう尋ねる。


「実はまだ……だが絶対誘ってみせる! 絶対!」 


 俺はクイーンにそう宣言した。


「そう」

「あ、あのさクイーン」

「……まだ何か?」

「その……うまくいくといいな、お前の恋も」 


 クイーンは何も言わず、その場を立ち去った。  






 次の日の放課後。


「頼む、明日俺とデートしてくれ」 


 ロマンチックの欠片もないデートの申し込み。図書室で俺は頭を下げながら用意しておいた遊園地の招待チケットをトウコに手渡した。 

 最初はクイーンの提案のように映画にしようかと思ったけど、もしトウコの好みに合わなかったらいけないと思い、急遽遊園地に変更した。アミューズメント施設ならいろんな乗り物があるので、彼女も楽しめると思ったからだ。


「え、えっと……はい」 


 トウコはOKしてくれた。 

 俺は思わず踊ってしまいそうになるほど喜んだ。 

 そしてアドバイスをくれたクイーンに感謝をした。   






 そしてデート当日。 

 俺とトウコはいろんなアトラクションを楽しんだ。 

 ジェットコースター、メリーゴーランド、お化け屋敷。待ち時間が長いものもあったが、トウコと一緒だと全然苦ではなかった。 

 

 そして、次に俺達が乗ったのは……。


「凄い景色だね、ヒロトくん」 

 

 トウコは観覧車からの眺めを楽しんでいた。町の建物がミニチュアのように可愛く見える。噂だと夜景も凄く綺麗らしい。


「今度は夜に来よう」 


 俺が次のデートの約束をこぎつけるようとしたその時だった。 


 使者が現れた。カマキリ型の使者が、観覧車が頂上までさしかかった瞬間に、現れたのだ。 

 カマキリはその鋭い鎌で、俺達が乗っているゴンドラを切断した。 

 ゴンドラごと落下する俺とトウコ。


「(まずい、このままだと俺もトウコも死ぬ。でもダイヤが俺ってバレたくない。……って、そんなこと考えている場合じゃないか!!)」 


 俺が装甲戦士に変身しようとしたその時だった。


「変身」 


 トウコがそう呟いた。 

 そして彼女は俺がよく知る人物へと変化した。


「く、クイーン……?」 


 クイーンだ。俺と同じ、装甲戦士のクイーンだ。 

 彼女は俺を抱きかかえ、ゴンドラから脱出した。 


 俺をそっと地面に下ろすクイーン。


「トウコ。君は、クイーンだったのか……?」

「……ヒロト君にだけは、知られたくなかった」 


 クイーン、いやトウコはそう言い残し、カマキリがいる方へと走り去った。 


 トウコも、俺と同じだったのだ。 

 彼女も俺と同じように正体を隠していた。その理由も俺と同じなのだろう。 

 表向きではクイーンはかっこいい女戦士と言われているが、裏ではドS女王様と陰口を言われている。だから正体を隠していたのだろう。


「トウコ、俺より変身するの早かったな」 


 正体がバレるのを恐れた俺は、一瞬変身するのが遅れた。 

 トウコの方が変身するのが早かったということは、トウコは迷わなかった、ということだ。 

 さっきトウコは、俺にだけは知られたくない、と言ってた。でも彼女の変身は早かった。彼女は正体がバレることより、俺を助ける方を即座に選んだのだ。


「それなのに俺は……」 


 俺は自分のことばかり考えて、情けない。


「俺は……」 


 俺はクイーンとカマキリが戦っている方へと走った。  





 電撃鞭で応戦するクイーン。だが決定打を与えることができていない。


「トウ……いや、クイーン!!」 


 俺はクイーンに向かって大声で話しかけた。


「ヒロト君! ここは危険よ、速く安全な所――」 


 その時だった。 カマキリが俺に向かって攻撃してきた。クイーンがそれを止めようとするが間に合わない。


「変、身」 


 俺はダイヤへと変身した。ダイヤの硬い防御力で、カマキリの攻撃を弾き返す。


「ヒロト君。アナタ……」

「クイーン!!」 


 変身した俺はクイーンに語りかける。


「好きだ! 俺と付き合ってくれ!!」 


 俺は告白した、世間でドS女王と恐れられるヒーローに向かって、俺がずっと片思いしていた女性に向かって。


「こ、こんな私でいいの……? こんな乱暴な女でいいの?」

「同じ図書委員だから知っている。本当の君は優しいって。もう一度言う、俺と付き合ってくれ!」 


 俺はもう一度大声で告白した。 

 彼女は何も言わなかった。ただ黙って、コクコクと頷いてくれた。 


 OKを貰って喜んだのも束の間。カマキリが俺達に攻撃してきた。


「さあ、クイーン! いつものように俺を使ってあいつを倒せ!!」

「え、でも……」

「気にするな!!」 


 恋人になって初めての共同作業が害虫駆除というのも、ヒーローらしくて趣があると考えると笑えてくる。 

 クイーンはいつものように俺を弾丸のように投げ飛ばし、カマキリを粉々にした。 


 地面に衝突した俺を、クイーンが優しく起こしてくれる。


「これからよろしくな、クイーン……いやトウコ」

「うん、ヒロトくん」 


 俺達は固い握手を交わす。 今ここに、ヒーローカップルが誕生した。

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