わざわざ、雨の日に

花本真一

 わざわざ 雨の日に 花本 真一

 雨の降る夜、僕はひとり、街路樹の下で佇んでいた。

 そのとき、「きゃー!」という女性の悲鳴が響いた。

 声の響き具合からして、そう遠くではない。

 でも、足りない。

 こんなもんじゃ駄目だ

「きゃー!」

 全く馬鹿の一つ覚えみたいに同じ言葉を何回も。ちょっとは工夫しろ。

「いやー!」

 ああ、イライラする。少しは言葉に品を持たせろ。

 僕は携帯を手に相手に連絡した。

「僕だ。おいそんなんじゃ誰も助けてくれないぞ。怖いんだろ? 助けて欲しいんだろ。だったらてめぇの空っぽな頭をフル動員して振り向かせてみろよ。屑が」

 相手の反論には一切耳は貸さず、電話を切った。

 さぁ、どう来る。

 電話から数分。相手に変化はなし。

 はずれか。まぁ、しょうがない。帰るか。

「ああ、助けて。子供が生まれそうなの。誰か救急車呼んで。このままだと命が危ないわ。あの人の子供を死なせたくないの。だから」

 お涙ちょうだいの悲劇のヒロイン気取りか。

 あ~しょうもない。

 契約はここで終了だ。

 だが、このままで終わるのも目覚めが悪い。

 幕引きはしっかりしてやらないと。

「もしもし。僕は一度もあんたを抱いた覚えはないよ。子供のうんたらかんたらを理由にしたかったら、昔捨てた子どもに殺されそうですとか、うっかり子供を殺してしまい、パニックになりましたとか言ってみろよ。あんたにはがっかりだ、じゃあな」

 電話越しに女がぎゃんぎゃん言ってきたけど、関係ない。

 僕の理想に合わない人間など、ただのゴミだ。

 わざわざ、こんな雨の日に最終試験をしてやったのに、とんだ骨折り損だ。

 むしゃくしゃする。さて、どうしたものか。

 コンビニへ行って酒でも買うか。

 すると、店前で佇んでいる男の子を見つけた。

 親や友達の姿はない。

 まぁ、僕には関係ないが。

 いや、待て。

 今まで女ばかりを狙ってきたが、たまには趣向を変えてみるのもありかもな。

 そう考え、僕は男の子に近付き、恒例の一言を言った。

「ねぇ。アルバイトしてみないか」

 僕は、小さな笑みを浮かべながら、傘を差し出した。


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