ツンデレーションラブ

 いくらツンデレを愛してやまない僕だって、流石にここまで来たらもう認めざるを得ない。


 ――彼女は僕に、好意など抱いてはいない。


 願望と現実の区別がつかないほど僕は子供じゃない。これは客観的な事実だ。思い込むことを放棄し、第三者の目線に立って物事を見てみれば、誰にだって分かることだ。


 ――彼女は僕ではなく、別の男を好いている。


 僕は今まで、彼女をツンデレであると勘違いをしていた。その方が僕にとって都合がよいからだ。ツンデレとは至高の存在、そんな女性が近くにいれば僕の人生は華やかになるに違いない。そんな自分勝手な欲望から生まれた身勝手な妄想を、僕は彼女に押し付けてしまっていた。


 冷静になって考えてみれば、僕はなんと愚かな男だろう。自分への好意と嫌悪も区別出来ず、むしろ真逆のものとして捉えることで精神の安定を取ろうとするなんて、誰がどう見たって馬鹿げているじゃないか。


 終わりだ。もう、都合のいい妄想は止めよう。


 世の中には、確かにツンデレ属性を持つ人間が大勢存在していることだろう。今日も日夜、好きな人に対してわざと冷たい態度を取って本当にこれでよいのかと悩まされていることだろう。別にそれはそれで構わない。僕はツンデレ自体を否定する気はない。それは、神を冒涜するに等しいことだからだ。


 ツンデレは、決して幻想ではない。


 ただ彼女はそうでなかっただけだ。


 さようなら、ツンデレ。ありがとう、ツンデレ。


 僕はツンデレを卒業することに決めたよ。


 これからは、ちゃんと――


「……アンタ、どうしたの? 一人で泣いたりして。気持ち悪いわよ」


 ふと気付くと、彼女が僕の顔を覗き込んでいた。心配そうに眉を潜め、首を傾げた可愛らしいその姿。だが、僕はもうそこに、僕への好意など存在していないことを知っている。


 気持ち悪いという言葉には、気持ち悪いという意味しかない。こんなの、当たり前だ。


 どうして僕は、それに気付けなかったのか。いや、気付くことを恐れていたのか。


 簡単な話だ。


 僕が、彼女を好きだからに決まってる。


「ねえ、ちょっとだけ話したいことがあるんだけど……い、いいかしら?」


 彼女は言いにくそうにもじもじと体を揺する。彼女は顔を赤らめて俯く。彼女は曖昧な言葉ばかり発する。


 これがデレの前兆だと、今までの僕ならそう判断して喜んでいただろう。彼女の本当の気持ちに気付けずに、都合のいい解釈で悦に入っていたに違いない。


 どこまでも僕は愚かだ。可哀想な奴だった。


 さあ、そろそろ終わりにしてくれ。


 今こそ、僕に非情な現実を突き付ける時だ。


「私……彼氏が出来たって、言ってたでしょう? 実はあれ、その……う、嘘、なの」


 ……。


 ……なるほど。


 僕にはちゃんと分かった。





 ……え、待って。


 どういうことだ?


「だから、その……彼氏がいるっていうのは嘘なの! そんなの、生まれてこの方いたことなんてないわよ。もう、いつまで経っても全然気付いてくれないんだから。この鈍感!」


 いやいや、待ってくれ。ちょっとよく意味が分からない。どうしてわざわざそんな嘘をつく必要があるんだ? 


 それじゃあまるで、君は……!


「……な、何よ。あ、勘違いはしないでよね! これは別にその、アンタの気を引きたかったとか、私のことどう思ってるのか知りたかったとか、そんなんじゃないから! ぜ、絶対違うからね!」


 ……。


 ……なるほど。


 神様よ。僕はあなたに謝ります。一度でも彼女を疑ってしまったこの僕を、どうかお許しください。


 そして、もう一度だけこの言葉を、贈らせてください。





 やっぱり、ツンデレは至高の存在だ!


 


 (終)

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ツンとデレの狭間で君は 秋本カナタ @tt-gpexor

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