ツンデレグッジョブ

「ね、ねえ……その、ちょっと頼みたいことがあるんだけど」


 彼女は僕にそう言ってきた。昼休みのことだ。


 僕はその姿に、感動を越え、叫び出したくなるほど感激した。場所が場所なら、実際に叫んでしまっていたことだろう。


 やはり彼女は最高だった。これを最高と言わずして、何を最高と言おうか。


 ツンデレには、二種類の時期がある。ツンの時期と、デレの時期だ。黄金比は8:2であり、つまりツンの時期の方が圧倒的に長い。故に、多くの人はツンの方を優先させがちになる傾向がある。


 もちろん、その気持ちはよく分かる。ツンデレにおけるツンの存在意義とはラーメンにおけるスープのようなもので、これがなければ始まらないわけである。ここを疎かにするものは、ツンデレなど名告る資格もなく、ツンデレを愛する権利もない。それくらい重要なことだ。


 だが、しかしだ。だからと言って、デレを適当にしてしまうのも、また最も許されない行為の一つなのである。


 ツンデレにおけるツンは、ラーメンにおけるスープ。では、デレはどこになるのか。決まっている、麺だ。


 スープと麺が組み合わさって初めてラーメンとなるように、ツンとデレが組み合わさって初めて真のツンデレとなる。この常識とも言える基本的な事柄を忘れてしまっている人は、意外と多い。


 むしろ、二割しかないデレをどう扱うのか、如何にしてより巨大なものとするのかが、ツンデレによる好意の伝え方の本質と言っても過言ではない。


 なんせ、それまでの八割のツンを、二割のデレで越えなければいけないのだ。簡単そうに思えて、これは並大抵のことではない。例えるならそれは、貯めに貯めてきた夏休みの宿題を最終日間近になって終わらせようとするようなもので、難易度としてはかなり高い。


 そこで重要になるのが、デレの初期段階にどのように入っていくかということだ。


 それまで見せてきた八割のデレを覆す二割のデレ。いきなり対象に好意を伝えればいいということでもない。嫌いと言われ続けてきた相手に、前触れもなく突然好きだと言われても、素直に受けとれる人は滅多におらず、むしろ対象に疑念を抱かせてしまう恐れさえあり、それまで積み重ねてきたツンを台無しにしてしまう最低の行為となってしまう。


 ではどうするのか。


 それは、デレの三種の神器を用いることである。


 一つ、何かを伝えようとして上手く言い出せずにどもること。


 一つ、顔を赤らめて俯くこと。


 一つ、好意を伝える直接的な言葉を用いないこと。


 これらを使えば、デレの効果は通常よりも倍以上に跳ね上がる。否、これを使わないデレなど本当のデレとは言えないとまで言えるかもしれない。


 そして、僕が目の前の彼女を最高と言ったのは正にその部分であり、完璧なまでにそれを使いこなすその姿には圧倒的な神々しさまで感じる。誰も、たとえ神であろうとも、今の彼女に敵うことは出来ない。並みのツンデレとはあまりにも次元が違う。やはり、彼女こそツンデレのエキスパートと呼んで間違いはない。


 僕は幸せ者だ。こんなにすぐ近くに、ツンデレの最高峰が存在していたのだから。


 イエスツンデレ、ノータッチ。


 ツンデレグッジョブ。


 やったあああああああ!


「……急に目の前で変な顔して黙り込まないでくれる? 傍から見てて相当やばいわよ」


 いけない、また自分の世界に入り込んでしまっていたようだ。自重せねば。


 さあ、もうツンは飽和状態だ。お互いその心がはち切れんばかりになっていることだろう。我慢することはない。機は熟したんだ。


 今こそ、全身全霊を持ってデレる時だ!


「アンタの席貸してくれない? 今から彼氏が教室に来るから、一緒にお弁当食べたいの」


 ……。


 ……なるほど。


 分かる。分かるぞ。あまりにも分かりやすくて笑いが出そうだ。





 デレるのは今日の放課後までお預けってわけか!


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