ありのままのあなたでいてください

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第1話世界で君と会えなくても

「疲れた」こんな夜はいつものように気分が落ち込む。私は仕事から帰りいつものように浴びるようにビール飲んだ。その日の仕事をすべて忘れたいように。


『明日は久しぶりの休日ですね。加奈もずいぶんと大きくなったのよ』

私は目が覚めると、もう朝になっていた。簡単にシャワーを浴びて仕事着に着替え、職場に言った。


「何してんだ!てめーは、全然昨日のことができてねえじゃねえか!」


「すいません」

「すいませんってなあーー。俺もなあ、怒りたくて起こってねえんだわ。だがな40代の人間が未経験で入ってきて、それも俺みてえな年下に怒られていて悲しくねえのか?」


「すいません」


「ったく、まあいいわ。とりあえずそこの材料全部片付けておけよ。ほかのことはもうするなよ。お前みたいなやつが無駄にすると逆に俺らみたいな玄人は仕事が増えるからな」



「ただいま」


『おかえりなさい。あなた』


私はお酒を飲んでその日もぐったりとした様子で眠った。



次の日は雨だった。私の今の仕事は週1しか休みがなかったが、雨の日は休みになる。だが、この仕事は日給なのでやはり給料はその分減ることになる。



私は雨の中外に出てコーヒーショップに向かった。私は久しぶりに自分の昔の部下と会うことになった。

「お久しぶりです、園田さん」

「お久しぶり」

「ずいぶんと黒くなりましたね。やはり外仕事で日に焼けたのですね」

「まあね、そっちはどう?」

「相変わらずですよ。毎日がサバイバルの連続です」

「そう」

「園田さんはどうですか?」

「まあまあかな」

「そうですか」

「何か言いたそうだね?」

「・・・園田さん、戻る気はないですか?」

「ないかな」

「どうしてもですか?」

「今のところ予定にはない」

「それはこの場所が好きだからですか、それとも今の仕事に満足しているからですか・・・・・・それとも奥さんのことですか?」

「それを言っても何も変わらないよ。私は少なくとも妻の自殺に関しては何も関係ないよ」

「それがほんとなら、きっと園田さんにとって私たち編集の仕事はきっと簡単な仕事だったのでしょうね」


元部下は皮肉交じりにそれを言った。


そういわれた後、私と元部下は一緒にコーヒーを飲んで外に出た。

「それでは」

「ああ」

「園田さん、これだけは言わせてください。奥さんが自殺したのは園田さんのせいじゃ」

「いいよ、慰めなんて」

「すいません、そんなつもりじゃ」

「気を付けて」

そう言って私は彼と別れた。


「おい!だから言ってんじゃねえかよ、何度間違えたらこのおっさんはまともに仕事ができるようになるんだよ。ほんとに社長も変な人間をよこしてくれたよ。元編集の偉いさんだか何だか知らねえが、そもそもこの業界は体力勝負なんだよ!あんたみたいなデスクワークばかりの人間にこんな肉体労働続く分けねえだろうが!」


「すいません」

「だからなあ、誤れば済む問題じゃねえんだよ。そんなこと言う暇があったら少しは仕事を覚えてくれよ」


私はまたいつものように慣れない仕事して帰ってきた。


『おかえりなさい。今日は遅かったですね。仕事は大変そうですね。なれないことばかりかもしれませんが、その園田さんならきっと大丈夫ですよ』


「すいません」

「だからさあ、もういい加減この仕事辞めたらどうだよ。なんで前みたいな仕事につかねえかな。あんたみたいな人間ができる仕事じゃねえよこの仕事は」

「すいません」

「ったく」


私は翌週、事務所に呼び出された。

「どうぞ」

「失礼します」事務所に入ると社長が一人椅子に座っていた。

「園田さん、いろいろと仕事のことをほかの社員から聞かさしてもらいました」

「園田さん、率直に言わしてください。すいませんがやはりこれ以上はうちでは面倒見れないです。私どもとしては確かに園田さんは未経験です。ですが、ほんとに一生懸命してくれていたのはわかります。ですが、こう不景気ですとどうしても私どもからしたら即戦力がほしくて。一から中高年の人を教える余裕がなくて、その・・・・」

「わかります。短い間でしたがありがとうございました。ほんとにありがとうございます」

「お力になれなくて申し訳ありません」そう言われて、私は事務所にある私のロッカーを開けて、荷物をまとめた。明日からまた無職になる。


『お疲れさまでした、あなた』

私はそれから警備の仕事、土方、日雇い労働、派遣社員などたくさんの仕事を転々としてきた。まさにその日暮らしだった。


その日、私が仕事から家に帰るとまた元部下がいた。

「聞きましたよ、仕事クビになったんですね」

「まあな」

「で、今は何をされてるんですか?」

「いろいろかな」

「いろいろって定職につけてないんですか?」

「そうだね」

「そうだねって、園田さんならいくらでも仕事なら探せばあるじゃないですか!何で東京に帰らないんですか?園田さんの職歴や学歴はどうやってもこんな田舎でくすぶらせておくにはもったいなさすぎます!」

「過大評価だよ」

「過大評価ですか・・・・・今の園田さんはまるで何か自分から落ちて言っているように見えます」

「どうだろうか」その瞬間、私は元部下に思い切り殴られた。私はその場に倒れこみ、地面に倒れていた。痛さが少しづつ熱くなっていき、そして痛みが私の脳に直接届いていく。

「・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・痛いね」

「痛いですか?そりゃあ殴られたら痛いですよ。そんなことも忘れましたか?それともほんとに廃人になりたいんですか?私はずっとずっとあなたみたいな編集者になりたかった!そしていつかあなたみたいに仕事をバリバリこなして一人前になりたかった。それなのに・・・・・それなのに、ッなんで!」

「そうか。すまないね」

「園田さんのせいじゃないです。奥さんのことは仕方なかったんです。もしもあの時、私が、私がもっと加奈ちゃんを見ていたら」

「それは違うよ。あれはしかなかった。君のせいじゃない」

そう、仕方なかったんだ。


私は彼を見送った後、またいつものようにビールを飲んで弁当を食べた。


「次のニュースです。東京都練馬区で起きた通り魔事件の初公判が始まりました。殺害されたのは同じ練馬区に住んでいた園田加奈さん、そして加奈さんの両親は」私はチャンネルを持ち、テレビを消した。


『あなた!あなた!加奈が!加奈が死んじゃう!』私は妻の悲鳴が聞こえて夜中目が覚めた。その時急にお腹の中から信じられないほどの逆流のような胃液が口から出てきて私はトイレで2日分はある食べ物を一気にトイレで吐いていた。


吐いて吐いて吐いて吐いて吐いて、やっと収まって顔を上げて、自分の顔を見るとまるで死人のような青ざめた顔をしていた。


それからも私は様々な仕事してきた。だが、私はなぜまだ生きているのかがわからない衝動がある。


なぜ生きているのか?加奈は殺され、妻はショックで心が壊れた。私は加奈が死んだあと、まるで忘れたいように仕事に打ち込んだ・・・・・妻を家にほっておいて。そして妻はある日仕事から帰ってきたら首を吊って死んでいた。


私は、私は自分のことしか考えていなかった!それからの私は懺悔の日々だった。好きだった仕事も辞めて私は自分と妻の故郷に帰ることにした。妻と娘がいないあの場所にもう住みたくなかった。そして何よりもう自分が何が楽しくて仕事をしてきたのかがわからなくなってきたのである。妻の両親からは何も言われなかった。それが逆に自分にはきつかった。いっそのこと殺してくれと思った。「私はあなたの娘と孫を守れなかった情けない人間なんです!」私は三文芝居でも言わないような言葉をその両親にあろうことか言ってしまった。


それでも二人とも何も言わずにただ、ただ、うなづいていた。そのあと私は毎毎日自分でもよくわからないような感覚で、どんな仕事なのかわからない、自分が生きているのかも分からない毎日を送っていた。


その結果私は無職になり、自暴自棄に陥っていた。


『今日もお疲れさまでした』たまに夜になると妻と娘との思いでがよみがえる。あの頃は楽しかった。毎日忙しかったが、仕事もやりがいがあり、そして妻と娘がいるあの場所がほんとに大好きだった。


・・・・・・・希望なんて、夢なんてものはほんとにある日突然壊れるものなんです。昔、私が担当していた小説家の人が言っていた言葉である。

その先生とは今年一番熱い猛暑の日だった。私が初めて担当した先生である。年を取り、偏屈な先生だとよく言われていた。最初は相手にもされず、原稿も話もうまくできずに毎日毎日コミュニケーションを取るのに苦労し、半年して何とか先生と話せるようになった。

『現状維持がどれだけ大変なのかたぶんまだあなたの年齢でわからないかもしれないですね』それはポツリと先生から初めて私に言ってきた言葉であった。

『現状維持ですか?』

『そう、君は私のところに最初来た時、ほんとにまっすぐな目をしていた。それは毎日が希望と夢を抱いてあふれんばかりの情熱を持っていた。だけどね、年を取るにつれて人は希望や夢よりも現状維持を取るようになる。なぜだかわかるかね?』

『いえ』

『希望も夢も良いことです。だがね、年を取るにつれてそのようなものはある日、突然消えて絶望に代わる。ましてや日常なんてものは特にね。毎日毎日同じような生活を送れればよいと思う人が多い人が、それがどれだけ大変なことなのか。たぶん君たちにはまだわからないかもしれないね』


それから1週間後、先生は脳こうそくで倒れ死亡した。先生の最後の作品は結果的に未完のままだった。あとで聞いた話だが、先生の家族も昔交通事故で亡くなっていて、それから先生は天涯孤独になったらしい。


『私は誰かに私の作品を、いや、私の物語を読んでもらいたい。だからこそ私は小説家になった』

『人生思うようにいかないものだよ』

『神様がいるとしたら、これはなんていう罰なのだろう?』


私はそれからも春も夏も秋も冬も毎日毎日、仕事を転々として家に帰ったらお酒を飲んで、また仕事をして、お酒を飲んで、仕事をして、お酒を飲んで、仕事をして、お酒を飲んで。


そんな日々が10年続いた。そんな日々が続いたとき私は仕事場で倒れた。救急車で運ばれて診断の結果は脳腫瘍だった。すでに手遅れだった。


どうでもよかった。これでやっと妻と娘のところに行ける、そう思った。そう、そう思いたい・・・・。


『ありのままのあなたでいてください』妻がよく私に言ってくれていた言葉である。

私はありのままの自分でいれたのだろうか?ほんとにもう後悔しないのだろうか?


私は、私は最後に、ほんとに最後に一つだけ後悔があるとすれば、それはきっと、きっと。


私は次の日、妻と娘の墓に行き、そして、原稿用紙とペンを買い、自分の人生の本を書くことにした。

タイトルはもう決めていた。

「ありのままのあなたでいてください」









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ありのままのあなたでいてください zero @kaedezero

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