4.


 あと少しで森を抜ける、というところで、ソーニャの中に不安が押し寄せました。

 実は、お母さんを亡くした8年前から、一度も森を出たことがなかったのです。





 ソーニャの母・ミーシャが生きていた頃は、二人でバーナード領から少し離れた街で暮らしていました。

 ミーシャは、配給を施しを受けるようだと嫌い、花屋を営んでいました。

 小さな店でしたが、それなりに繁盛していました。



 ソーニャは、母が仕事の間は外で時間を潰していました。たいてい、近所の広場で花冠を作ったり、蟻の行列を眺めたりして過ごしていました。

 しかし、時折、ソーニャに話しかけてくる子どもたちがいました。

 いや、話しかけるという言葉は適切ではありません。

 子どもというのは正直で、素直で、時に残酷です。

 魔女を象徴するシルバーホワイトの髪とジェイドの瞳を理由に、ちょっかいを出してくるのです。



 なんで、そんな変な色をしているのか。

 動物と話せるなんて嘘つきだ。

 涙で病気を治せるなんて、人間じゃない。



 まだ善悪の区別が曖昧な子どもたちは、言葉を飲み込むことを知りませんでした。




 ミーシャが亡くなり、ソーニャは国の保護を得て、今の森に移り住みました。

 それからは、もう皆さまもご存知の通り……フレンが現れるまで他愛もない会話をする相手すらいませんでした。

 ソーニャにとって、外の人がすっかりトラウマになっていました。

 涙を貰いにくる人は、自分を頼りに来ている人だから怖くはありません。

 けれども、普通の人々が、自分を見て、魔女を見てどう思うのかが、ソーニャは怖くて堪たまらなかったのです。




 フレンは、繋いだ手が震えているのに気が付きました。

 振り向くと、少女の顔は真っ青でした。


「どうしたんだい、ソーニャ」


 立ち止まったフレンは、ソーニャに問いかけます。

 ソーニャは、ひどく憂鬱な顔で答えました。


「外が怖い……人が怖い」


 フレンは、きょとんとしました。先ほど、人と接する彼女を見て、とてもそんなふうには見えなかったからです。

 そしてなにより、フレンだけが知っている事実がありました。


「大丈夫だから、ついておいで」


 フレンは優しく笑いかけると、再びソーニャの手を引いて歩きはじめました。

 ソーニャは、胸に不安を残したまま、信用できる彼の背中を追いました。



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