第8話 さよなら

 夏の金曜日。告別式が始まる。

 千春は早めに起きて、学校の制服を着た。午前から式は始まる。着替えた後、朝食をとるためにリビングへ向かうと、そこにはいつも早起きなどしない姉の美咲がすでに朝食を食べていた。

「起きるの早くね? なんで黒い服じゃないの?」

 美咲は大学生のため、式に参加するなら黒のスーツを着るはずだ。しかし、美咲は普通の私服姿であった。

「今日、学校行くから」

「え? 学校……葬式行かないの?」

「学校だから。 ごちそうさま」

 朝食を食べきった美咲はお皿を片づけてリビングを出て行った。

「ママ、なんで姉ちゃんは式にでないの?」

 美咲の向かいに座って食べていた母に聞く。今日は祖父の姿を見られる最後の日。きちんとさよならができる日であり、とても大切な日である。

「どうしても学校が休めないんだって。学校行くって聞かないのよ。仕方ないのよ、きっと」

「意味わかんな」

 自分のご飯をよそって、おかずも盛り付け、母の隣の席に座った。朝食を食べながらも姉が式に参加しないことに不満を感じていた。

(逃げてるだけな気がする……)

 火葬してしまえば、残るのは骨である。そんな姿を見たくないのだろうか。それに、現実を見たくないのもあるのかもしれないが、千春は美咲がただ逃げているだけのように思えた。祖父が亡くなったと聞いた後、しばしば学校を休んでいたくせに、今日だけ学校に行くのはおかしい。

 しかし、そんなことを美咲に言えば、キレられるに違いない。殴ったり蹴ったり

、暴言を吐いたりしてくるだろう。自分が言わなければ何も起こらない。美咲に腹が立ってきたが、今はとりあえず怒りを抑えて朝食を済ませた。



 9時30分。式場へは千春の家から2台のバスが出る。そのため、式に参加する親戚や知人が家に続々と集まってきた。千春の家の庭には大勢の人が集まっていた。

(こんなにも参加するのに、なんで姉ちゃんだけでないんだよ……)

 集まってきた人たちを見ながら思っていた。祖母と喪主の父は来る人たちに挨拶をしている。いつも頼りがいのある大きな父の背中を見てきたが、今日はなんだか頼りない、そんな気がした。

「そろそろ出発しまーす。 バスに乗ってください」

 葬儀屋の女性スタッフが庭にいた人たちに声をかけた。その声を聞いた人達はバスへ乗り込んでいく。母が家の鍵をかけ、バスに乗り込んだところで、全員集まったようで、バスは出発した。2台のバスを手配したが、それぞれ席には余裕がある。窓際に座った千春は外を眺めていた。

「ちーちゃん、隣いい?」

 千春の前に座っていたらしい小学生の従兄弟の春樹が、膝立ちをして座席の上から顔をのぞかせて聞いた。

「来てもいいけど、そんなことしてると危ないよ」

 前に座っていたことを知らなかった千春は驚き、きょとんとした顔で答えた。

「座席から立たないようにお願いします」

 バスの運転手から見えてたようで、アナウンスされた。しかし、春樹はちょこちょこと隣へやってきて座った。

「ほーら、怒られちゃった。春くん、怒られちゃったよー」

「えへへーごめんなさーい」

 ニコニコとしながら春樹は答えた。

「ちーちゃん、みーちゃんはいないのー?」

「美咲お姉ちゃんは学校なんだって」

「僕、学校休めたのに、みーちゃんは休めないの?」

「どうしても休めないんだって。今日はもう学校行っちゃったよ」

「休めないなんておかしいよね! 先生に言えば休ませてくれるもん」

「どうして休めないんだろうねー?」

 大学にはそもそも担任なんてないのだろうが、なぜ来ないのかをはっきりと答えることはできなかった。

「僕ね! 学校でね、トマト作ったの!でねでね!」

 春樹の学校での話が始まった。これ以上姉のことを考えて不快にならなくていいと思うと気分が晴れた。千春は聞いているようで、右から左へ話を流しているが春樹はおかまいなく話続ける。

 バスに揺られること15分。昨日お通夜を行った会場へ再びやってきた。



 10時になると、式が始まった。

 挨拶をするなり、お坊さんが眠くなる経を唱える。前の方に座っている、父、祖母、母、叔母たちの姿が見え、叔母が泣いているのがわかった。

 千春の隣には春樹が座り、その隣には別のバスに乗っていた春樹の兄で中学生の正樹が座る。さらにその隣に、大学生の従兄弟の陸とその弟で同じく大学生の海人が座った。

「ちーちゃん、僕トイレ行きたい……」

 春樹が千春の袖をにぎり、ぼそっと言った。

「仕方ないな、こっそり行くよ」

 兄の正樹に言わなかったのは、後で馬鹿にされたりするのが嫌だったのだろう。もともと従兄弟の世話も任されているので、春樹の手を取り、姿勢を低くしてトイレへ向かった。


「ちーちゃん、そこで待っててね!絶対だからね!」

 女の千春がいくら式場を貸し切ってるとはいえ、男トイレに入るわけにもいかず、トイレの出口で待つことにした。

 千春にとって、ずっとお経聞いてるのも眠くなってきたし、息抜きにちょうどよかった。まだまだしばらくはお経聞いているだけであろう。

 3分ぐらいで春樹はトイレからでてきた。

「手は洗った?」

「洗ってない!」

「やりなおし」

 でできた春樹に聞けば、洗ってないというので、再びトイレに戻し、手を洗わせた。

「洗った!」

 濡れた手を見せてくるので、ポケットからハンカチを取り出し、春樹の手をふかせた。

「まだまだ長いけど、春くん静かにしていてね」

「はーい」

 ハンカチを回収して式に戻った。やはり経が続いていた。


「焼香をお願いします」

 トイレから戻りしばらくお経を聞いていたが、やっとスタッフが焼香の準備ができたようだ。

「焼香って何回やるの? お辞儀っていつやるの?」

「俺に聞くなし。 知らないから。 お前兄だろ」

「兄でも知らないってーの。 優秀な弟がいるからな」

「年上でしょ、知っててよって言いたいけど、これやばいじゃん……」

 大学生の海人と陸、千春は焼香と聞いて、ボソボソと話始めた。従兄弟たちにも千春にも初めての焼香であったため、やり方も何も知らなかった。いや、テレビなどでマナーとして見たことはあるが、実際にやったことはない。

「しょーこーってなにー?」

 春樹は焼香自体知らない。これはお手本を見せないと。

「順番的にちーちゃんからだから。 まかせた!」

 席が離れている海人が気持ち嬉しそうに親指を立てながら言った。座席の順番からすると、千春、春樹、正樹、陸、海人の順だ。この中で一番年上の海人が最後になる。だから嬉しそうに見えたのだ。

(パパたちのを真似するしかない……焼香台は2つだから、春樹と一緒にやるんだよな……)

 必死にほかの人がやる姿を見て、やり方を頭にたたきこんだ。

 千春の番になったとき、春樹と一緒にぎこちないながらも焼香をやり遂げた。


 スタッフから棺に花や入れたいほかの物を収めてくれとアナウンスがかかった。

(じいちゃんに手紙を……)

 スタッフから花を受け取ったあと、制服の内ポケットから手紙を取り出した。

 花と手紙をもって、棺に近寄る。

(じいちゃん、ありがとう)

 参列者と同じように花を入れ、その隣に手紙も入れ、手を合わせ、祖父の姿を目に焼き付けた。

 従兄弟たちと焼香のときにざわついたため、気もまぎれており、すんなりと収めることができた。

 参列者全員が花を手向け終わると、棺に蓋をし、式場から運び出された。

 再びバスに乗ること10分、火葬場へと移動する。

 棺ごと火葬場へ入れられたときには、千春は冷静になっていた。

 焼いている間に昼食をとる。父や祖母、母はお酒を注いだり挨拶したりと忙しそうにしているが、千春や春樹などの子供たちは隅の方で食事をとった。


 火葬が終われば、骨を拾う。知ってはいたが、やったことも見たこともない。

 実際に骨を見て、唖然とした。

(全部、燃えたんだな……)

 千春は知らないおばあさんと骨を拾った。骨壺いっぱいになるほどの骨が入った。

「こちらの方はずいぶん骨がしっかししていますね」

 スタッフが関心して言った。高齢ではあったが、骨密度も高かったようだ。これは農作業でずっと動いていたからかもしれない、と思った千春は改めて祖父を尊敬した。

 この後、再び式場へ戻り、休憩をはさみ、解散となったが、みんな同じようにバスへ乗った。父が骨壺を持ち、その他の物を祖母たちが持つ。行きのバスと同じように千春の隣に春樹が座った。

「~♪」

 春樹は初めての葬式で楽しかったのか何なのか、まんべんの笑みを浮かべていた。行きのバスと違うのは、千春の後ろの方に海人と陸が座っていることだ。

「ほんと助かったわ~ちーちゃんさすが」

 焼香のことだろう。今いるこの従兄弟たちの中で一番年上の海人が笑いながら言う。

「ほんっと最悪の兄だな」

 海人の隣の陸が言い放った。海人は怒ることもなく、へらへらしており、弟の陸もそんな兄を嫌うことなく接する。

「年上なんだからお手本見せてほしかったよ、私は」

「僕、ちーちゃんの見てできたよー。 ちーちゃんお手本だった!」

 あきれながら言った千春だったが、ワクワクしたのは確かだった。

 帰りのバスはみんなと話せてとても楽しかったが、なんでうちの姉妹は海人くんと陸くんみたいに姉妹仲良くできないのだろうかと悩んだ。



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