第7話 別れ

 木曜日。お通夜の日を迎えた。

「今日、明日、学校は休んでいいわよ。だから次に学校に行くのは来週になるわね」

 朝、リビングへ向かうと、朝食の準備をしていた母が、いつも通り学校に行く時間に合わせて起きた千春に声をかけた。

「お通夜って夜でしょ? 休んでもいいの? いいなら休むけど」

「どうせ行っても学校で寝てたり、話聞いてないんでしょ? 家で勉強でもしてなさい。 みんな忙しいんだから。」

「ならもう一回寝るー」

「好きにしなさい」

 今夜はお通夜。まだ時間に余裕もある。学校に行かなくていいと言われたのだから、行かずに時間までゆっくり過ごすことにした。


 自分の部屋に戻った千春は、ベッドに横にならず、机へと向かった。

 なぜなら、まだ、祖父への最後の手紙が書けていなかったからだ。

 机へ向かって座り、引き出しからかわいらしい便箋を取り出し、ペンを持った。

(何を書こう……明日までに完成させればいいのだろうけど……)

 書き出しに、『じいちゃんへ』と書いたところで、手が止まる。祖父との思い出を考える。様々な思い出がよみがえるが、1つ1つ思い出すたびに便箋に涙がこぼれた。

(じいちゃんに、何かお礼を返せただろうか……)

「じいちゃん、ごめん……」

 千春しかいないこの部屋で、つぶやいた言葉はむなしく消えていった。



 いつの間にか机に伏せて寝てしまっていたようだ。

 便箋は涙でぐしゃぐしゃになっていた。これはもう新しい便箋で書くべきだろう。

(泣いてたのバレるのは嫌だし、顔洗ってこよう……)

 髪を止めるピンとタオル、洗顔フォームを持って洗面台へ向かった。


「……洗面台、使いたいんだけど」

 先に洗面台を使用していたのは姉であった。歯磨きして、髪型をセットしている。まだまだ終わらなそうだ。

「先使ってんだから、どっか行っとけ。 しっし」

 喧嘩になるのもめんどくさいので、せっかく持ってきたものをそのまま持って部屋に戻るしかないようだ。

(さすがに9時になったし起きたのか……邪魔だなあ……)

 再び部屋に戻ったが、やることもなく今度はベッドに横になり、スマートフォンをいじりはじめた。

 自身のSNSを開いてみると、友人たちのつぶやきが上がっていた。そろそろ授業も始まる時間だというのに、眠いやら面倒そんなつぶやきが多かった。しかし、1人だけまったく異なる内容をつぶやいている子がいた。

『もうやだ。死んでしまいたい。』

 そうつぶやいていたのは同じクラス、同じ部活の友人である。学校では明るくふるまっていたが、SNS上では暗かった。

 千春も一時は『死んでしまいたい』と思うこともあり、この友人とも仲良くなった。傷の舐めあいをしているようなものだったが、同じ考えを持つ者が集まると、自然と本音をもらすことができ、仲良くなった。本当に『死にたい』と思ってつぶやいているのではなく、今の現状に何かしら嫌気がさして、そうつぶやいているのだと今になっては思う。本気で死にたいと考えるなら、黙って自殺でもするだろう。しかし、この友人はSNSでつぶやく。それに、自傷をしたという話も本人から聞いたし、傷跡も見た。この友人は表面では死にたいと言うが、本当は生きたいというのがよくわかった。

(とりあえず、連絡入れとこ。何か思いつめることがあったのかな)

 友人にメッセージを送った。そのうち返事もくるだろうけど、きっと大丈夫っていう内容だろう。心配されたいけど、心配されたくない、そんな気持ちも千春には経験があるのでよくわかる。

(死んでしまいたい……ねえ……残された人の気持ちがやっとわかったよ)

 ひとりで気が滅入って『死にたい』、軽い喧嘩で『死ね』と言っていた自分が急に恥ずかしくなった。今では死にたくないし、軽々しく死ねなどと言わない。亡くなった祖父も死んでほしいなんて思うはずもない。しっかり生きて、幸せになってほしいと思うはずだ。

 もし、祖父が生きている間に自分が自殺してしまっていたらどうなるかを考えてみることにした。家族はきっと自分のために泣く。何があったのか調べる。自分のSNSアカウントも見られてしまう。祖父母はショックで体調を崩して、それこそ2人が死んでしまう……。想像しただけで恐ろしい。

 祖父の死を通して、死が恐ろしくなり、これからはもう、自ら死にたいなどと言わないことを決意した。それと同時に、自分のスマートフォンの中を見られてもいいようにしようと決意した。


 その後も時間を無駄に費やしていると、お昼を迎えた。

 さすがに洗面台も空いていたので、顔を洗ってケアをしていると、お昼ご飯ができたという母の声が聞こえ、リビングへ向かった。

「勉強は進んだ?」

「勉強? 何それ。おいしいの?」

 午前中にまったく勉強していなかった千春は席につくなり話しかけてきた母に、どこかで見たことあるテンプレのような返答をした。母を視界に入れないようにテレビの方へ目線をやってはいるが、母が鬼のようになっているような気がする。

「とりあえず! 食べたら勉強しなさい! お通夜に行く準備もしておきなさい! いい!? わかった!?」

「わーかってるーって、はいはい」

 適当に返事をしてお昼ご飯を食べる。夕食はお通夜のときに食べる。夕食まで時間があくため、空腹でお腹が鳴るのは避けたい。

 言われた通り、食後はお通夜に行く準備をして――とはいっても学校の制服だが――英語の教科書を開き、予習をしようとした。30分もたたないうちに睡魔に負けて、お通夜に行く1時間前に起こされた。



 お通夜は何も問題がなく終わった。

 姉も小さい従兄弟たちも参加し、何も滞りなく終了した。

 祖父の遺体を見ては悲しい気持ちでいっぱいになるが、従兄弟の前で泣くものかと必死で涙をこらえるのと、空腹でお腹がならないようにこらえるのでいっぱいいっぱいだった。

 お通夜が終わり、帰宅すると、すらすらと祖父への手紙を書くことができた。明日は告別式。今度こそ祖父の姿は見れなくなる。祖父は骨となる。最後の別れの場。文章もまとまらない、思いついたことだけを書くが、祖父への思いをつづった。


『じいちゃんへ

 じいちゃん、今までありがとう。じいちゃんには今までいろんなことを教えてもらったし、いろんなものをもらったね。

 じいちゃんがいなくなってしまって、すごく悲しいです。

 これからは、じいちゃんの分も、家の米作りを手伝うし、家も継げたらいいなって思ってます。

 だから、心配しないでね。しっかりと、生きていきます。

 千春をこれからも見ていてください。じいちゃんが胸を張って自慢できるような孫になるから。

 じいちゃん、大好きです。 ありがとう。  千春より』


 どうしても敬語になってしまうが、仕方ない。誰にも見られないからこそ書ける内容だった。男兄弟はいない。姉は全く米作りを手伝わないのだから継ぐはずがない。長い米農家のこの家系を途絶えさせたくない、そんな思いからも本気で継ぎたいと思う。

 泣きながらこの手紙を書き終えた千春は、便箋を半分に折り、便箋と同じ柄のかわいい封筒に入れ、シールで封筒を閉じた。この封筒を、明日の告別式でも着る学校の制服の内ポケットにそっとしまい、寝ることにした。

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