突然変わった日常

第6話 突然起きた出来事

 千春は高校生になった。

 毎年種まきは手伝っている。種まきのために、4月の末からは休日にでかけないように予定をあけていた。

 技術の進歩により、種をまく機械はもっと便利に、簡単になった。苗箱に土を入れ、水、種、再び土をかぶせる……この一連の作業がすべて種まきをする機械1台ででできるようになったのだ。高校生になった千春は小さいころのように、スイッチをつけたり切ったりするのではなく、苗箱を運ぶようになった。普段何も鍛えたり、運動も授業でしかしない千春は、毎年種まきの手伝いの次の日には腕が筋肉痛になっていた。

 さらに、田植え後、農薬をまくときに、ドローンを用いるという方法も新しく提案されたが、まだまだ広く使われるまでには時間がかかりそうだ。これはどこの家でもまだ使っていない。ドローン自体、飛ばすために申請したりしなくてはいけないので、父は使ってみたいとは言うものの、導入する予定はない。

 ほかにも、位置情報を利用した自動で田植えを行うことができる田植え機や、自動でまっすぐ進むことができるトラクターなど開発されている。いずれこれらは広く使われるのかもしれないが、農業を行う世代はかなり高齢化が進んでいる。この高齢者に位置情報がどうのこうのと伝えたところで理解するのには時間がかかるだろう。それに、高齢で跡継ぎもいないとき、新しい大型の農機具を買おうという考えもないかもしれない。また、年をとると新しいことを覚えるのが苦手になるため購入は控えることも考えられる。

 千春の家では、以前からあったトラクターに加え、父用のさらに大きなトラクターを購入した。運転席はガラスでおおわれており、屋根もある。冷暖房、ラジオ付き。今までの屋根もなければラジオもないトラクターよりも快適に作業できる。新しいトラクターのことを父に聞くと、馬力がどうのとかものすごく楽しそうに語る。その話を適当に聞き流すが、千春はこのトラクターをかっこいいと感じていた。





 千春が高校2年生の夏、祖父が亡くなった。加齢によるものだった。

 去年の冬から入退院を繰り返していて、もうそろそろ危ないかもしれないという話も聞いていた。しかし、退院してきたときには元気そうに見えたし、年末にはしめ縄を作ったりしていた。種まきの後、疲れからか体調を崩し、入院。そしてその年の夏に亡くなった。千春はお見舞いにも行った。入院したてのころは話ができていたが、後日お見舞いに行くと、鼻に酸素を取り入れるためのチューブを付けており、弱っていった。それでも、千春を呼ぼうと声を出そうとするが、声がでない祖父を見て、涙がこぼれそうになった。だが、入院している祖父に心配させたくないとの思いから、涙がこぼれないようにしたが、病院から家に戻ってから一人で泣いた。

 

 祖父の訃報を知らされたとき、千春は学校にいた。

 授業を妨げるのは嫌だったのであろう。母からのメールで教えられた。手続きなどもあるから父と祖母は病院にいるが、千春はやることないし、普通に授業を受けて帰ってこいとのことであった。メールだけなのでいまいち実感がなく、午後の授業も普通に受けた。


 学校から帰宅すると、家には母のみがいて、夕食の準備をしていた。

「おじいちゃんの葬儀、来週の木曜日と金曜日だからね。その前に納棺もあるし……来週は忙しくなるよ。学校には連絡しとくから」

「そう、わかった」

 軽く返事をしたが、葬儀やらなんやら言われると本当に死んでしまったのだと実感する。

「何かすることある?」

「おじいちゃんに手紙でも書いたら?棺に一緒に入れられるし。まだ、日もあるからよく考えて書きなさい」

 自分の身近な人が亡くなるのは千春にとって初めてのことだった。千春は自分の部屋に行き、言われた通り、手紙について考え始めた。すると、祖父との思い出がよみがえる。トラクターに乗せてくれたこと、一緒に野菜を育てたこと、一緒にしめ縄を作ったこと、祖父の爪を切ってあげたこと……。様々な思い出がよみがえり、涙があふれた。泣いている姿を母にも見られたくないから、声を殺して泣いた。


 夜、父と祖母が帰宅したときには、葬儀屋の冊子を持ち、手続きなどで疲れているように見えた。2人の帰宅直後に大学生の姉、美咲も帰宅し、夕食をみんなで食べたが、いつもよりも会話が少なく、暗い雰囲気のままであった。


 翌日、千春にはできることはないから学校に行けと家を出されたが、姉の美咲は大学生ということもあり、多少の融通はきくようで学校を休んだ。農業の手伝いをしてこなかった姉だが、祖父の訃報で悲しんでいるのだろう。普段通りに学校に行く千春を見て、薄情とでも思ったのかもしれない。千春は母に祖父は学校を休んではほしくないだろうと思っているだろうと言われ、学校へ行くことにしたのだ。



 祖父が亡くなってから数日後、自宅に祖父の遺体が帰ってきた。

 まるでいつも見ていた祖父が寝ているような顔であったが、白装束を着て、顔に白い布をかけられているのを見て、冷たい体に触れたときに、亡くなったことは事実であると思い知らされた。帰ってきた次の日には、従兄弟たちも集まった。大人たちは今後の葬儀やらなんやらを相談しながら、祖父の遺体がある部屋でともに食事をし、子供たちは別の部屋で遊びながら食事をした。その日は従兄弟もみんな千春の家に泊まり、翌日、納棺をすることとなっていた。

 小学生の従兄弟たちは亡くなったことをわかってはいるのだろうが、特に悲しむ様子も見られなかった。年上の従兄弟らは少し暗い顔をしながらも静かに納棺の様子を見ていた。

 葬儀までまだ日があったので、それまでの間、祖父や祖母の友人、兄弟、近所の方など様々な人がやってきては線香をあげていった。千春に見覚えがある人もいたが、まったく知らない人もいた。本当にたくさんの人が来ていて、千春は祖父の交友関係の広さに驚くばかりであった。


――自分は祖父に何かしてあげたことがあるだろうか?

――祖父がうれしくなるようなことをしただろうか?


 毎晩お風呂で自分に問う。しかし、何も思いつかない。

 千春は後悔した。何も恩返しができていない。生きている間に何もできなかった。自分が成人する姿も見せられなかった。何もできなかった。

 浴槽の内で泣いた。お風呂で泣けば目が赤くなったとしても、シャンプーが目に入ったと言ってごまかせるからいつもお風呂で泣く。それを家族が知っているとも知らずに、毎日泣いていた。

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