Numb
冷蔵庫にはあまり食材が残っていない。二人で買い物をして、昼食は外でして、夜に帰ってくる。そんなプランを建てていたのだろう。
仕方なく、一枚だけ残っていた食パンとレタスの切れ端、そして卵を取り出した。たまごサンドでも作ろう。
フライパンに油を引いて、そこに卵を二つ、ぽとりと落とす。箸で黄身の先端を潰して、くるくるとかき混ぜていく。
半透明だったものが、みるみる黄金色に代わってゆく。
人はそんな簡単には代われない。肌色が紫色になったりしない。だから私は卵が好きだ。彼らは、火があるだけで美しく生まれ変われるのだから。
私は、いつまでも同じ色であることを願っていた。彼女との、優しいピンク色の日々を。同じように平和な一日が、ずっとずっと続いてくれればと思っていた。
二つの卵は、いともたやすくその姿を変える事ができる。私にできなかったことを、あっさりやってみせる。私は、ひよこのなり損ないである彼らよりも遥か劣る存在なのだ。柊に見捨てられても、それは仕方のない事なのだろう。
私は肌色の表皮に包まれた、肉の塊だ。七割弱の水分と、大仰な見た目をした脳みそ、正直見た目に難ありの内臓、それから筋肉やら骨やら沢山オプションが付いているけれど、何の魅力もない。
半分に割っても、中から黄身が出てくることもない。せめて、スイカのように種がポロポロ出てくれば面白みもあっただろうけれど、残念なことに魚の内部の百万倍気持ちの悪いものでできている。
同じ水分だらけの体でも、大根やトマトは綺麗なのに。なんで私だけ。
点けっぱなしのテレビでは、タレントか芸人かすらも判断のつかない、よく知らない男が熱心にコメントを述べている。
恐らく、何かしらの政治問題に対する批判なのだろう。こんな事を続けていたら駄目だ、誰かが変えなくちゃいけない、と。
じゅうじゅう。ぐちゃぐちゃ。ああ、いいことを思いついた。
火は根っこが赤く、先端は青に染まり跳びはねる。ふわりふわり。とても楽しそう。
――また誰かがニュースにコメントする。どこそこの国では昨日もテロの被害が起きている。自衛のためには、この法案で防壁を作らなくてはならない、と。
フライパンをどけて、指を近づける。暖かく、突き刺すような痛みが走る。
じゅうじゅう。じゅうじゅう。ああ、私も卵になれるのだ。焼いたらきっと、黄金色の綺麗な私になるのだ。
殻を割るように、皮膚を割いたら中からとろり、白身と黄身とがこんにちはをしてくれるのだ。
――難しい問題ですね、一概にどちらが良いと言いきれないものだと思います。
卵になりたい。卵になりたい。美しくなりたい。美味しそうな私になりたい。じゅうじゅう。じゅうじゅう。
ぼおおお。ちりちりちりちり……。
――さあ続いては、このお二人が東京にある隠れ名店を探し歩いてきたそうです、御覧ください――。
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