第41話 エイビスとの手痛い敗戦

 九日目にして、全種魔装具を手に入れ、目標は達成した。これで胸を張ってグロリアの家まで帰れる。

 それにしてもマックスのやつ、お金は気にしないでとか手紙に書いてあったが、さすがに気にする。指輪は高い。二つで三十万はするだろう。今度会ったときはお返ししないとな。

 一人になった部屋で、ハントは下着類をたたんでリュックに入れた。そして二つの指輪を両手の薬指にはめる。漆黒の鎧を着て、水のナイフを腰に差す。ホウキを持ち、部屋を出た。階段を下りて、受付のおばさんに話しかけ、チェックアウト。外に出た。日光がさんさんと降り注ぐ心地のいい天気で、まるでハントの心のように晴れやかだった。ホウキを使うさい、人気のない場所に移動したほうが危険は少ないので、少し離れた場所に歩く。そのとき、冒険者風の男二人とすれ違った。

「森でエイビスにやられたらしいぜ。二人」

「えっ。マジかよ。誰か退治してくれねえかな…」

 なにやら物騒な会話が耳に届いた。森、エイビス…。ギルドの依頼にもあったやつか。退治されていないところから考えると強敵に違いない。ただ、森は広い。出会う確率は低いだろう。

 ハントは気を取り直し、ホウキにまたがった。そして、空を飛び、グロリアの家を目指した。

 九日目で全種魔装具を手に入れたんだ。グロリアさん、驚くだろうな。それにホウキで空を飛んで帰ってくるとか、想定外だろう。

「すごいな。ハント。さすがだ」

 なんてこと言ったりして…。ふふふ…。

 ニヤニヤしながらずっと西に進んでいく。やがて森が見えてきた。広大な緑が下を覆うようになる。上空から見るとやはり、大きい森だ。見渡す限りの緑で、変化があまりない。そのため、方角が合っているか確認しながらの飛行だ。ホウキを手にして楽に乗れることがわかったことは大きい。ただ、雨の日とか、寒い日はきつそうだ。今日が晴れていてよか…。

 ん?

 前方から謎の飛行物体が迫ってきていた。それは細長く、空中をうねうねと蛇行しているようだ。まだ遠くだが、ハントにはそれがなにか、心当たりがあった。

 エイビス…。

 ハントに気づいているのか、どんどんと近づいてくるのがわかる。ホウキに乗ってからの戦闘は初体験だ。できれば逃げたいが…。

 グロリアさんはなるべく戦うな、逃げろと言っていた。しかし、どれだけ成長しているのか、自分が恐れられているこの魔物に通用するのか、怖さと同時に興味がわいてきた。テレポリングは装備している。危なくなったら自動逃走機能つき。グロリアさんには悪いが、挑戦してみるのも悪くない。もちろんテレポ発動まで追い込まれないように、命がけで挑むが。

 それに、逃げていても将来、魔物とは戦う。騎士はそういう職業だ。だったら早い段階から試してみて、自分の実力をつけていくのが最良。

 ハントはキッと真剣な表情をして、気合いを入れた。エイビスは確実に近づいてきている。迫ってくるにつれて、じょじょにその大きさがわかってきた。縦、横幅はドラゴンよりは小さいが、驚くのはその長さだ。戸建ての家を三重ぐらいできそうなほどの長さ。こんなものが森にいたらすぐにわかりそうなものだが、体の上側は緑色をしているので、普段は森の色と同化しているのだろうか。

 防御円を作り出し、それを二つの大きな半円に分裂。そしてそこから半円を尖らせる。相変わらず変化するときは遅く、イライラする。しかも同時に魔力はホウキに吸われている。いつもとは勝手が違うので、とまどっていた。

 早くしろ…。くるぞ。

 どうにか尖らせてから、二つの槍のような魔力体を射出した。移動は得意なので、エイビスに向かって高速に移動する。だが、体に当たることなく避けられた。だが、そこで終わらずに追尾。方向転換した槍の一つがエイビスの体に触れた。ただ、威力は低いのか、それともエイビスの体が硬いのか、砕けたのは槍の魔力体のほうだった。

「く…」

 ハントがやったことは盾術、攻の真似事だ。そうそう通用するわけがない。他の攻撃方法を考える。グロリアは壁による接着で箱を作り、プレスした。

 あれは無理だ。あんな大きな壁、今は作れない。

 エレナのホワイトスネーク。

 それも無理だ。変化に時間がかかり、さらにあんなに柔軟に曲げたりはできない。

 エイビスはすぐそこまで来ていた。

 やばいっ! 逃げないと!

 防御円を作り出し、ホウキを走らせる。やはり無理だった、と落胆する余裕はなかった。だが。

 エイビスの目が光った。

「…え?」

 とたんに、体が動かなくなる。続いて、魔力を送ることもできなくなった。

 なっ、なんだこれ!? 動け…ない?

 息はできるし、思考もできる。だが、動力源を失ったホウキは、ハントともに重力によって落ちていった。

「うわあああああああっ!」

 下は森。クッションとなる木々がいっぱい生えている中、ハントは複数の枝にぶつかりながら地面へと落下。落ち葉のじゅうたんに背中から倒れた。枝にぶつかったことで落下速度は緩まり、地面への衝突はそれほどではなかった。それでも、動くと体にズキッと痛みが走った。

「う、うう…」

 しばらく動けない中、弱った獲物を逃がしてくれないやつがいた。エイビスは空中から落下したハント目がけて向かってきた。その口を大きく開き、そのまま丸呑みする気まんまんだ。震える手を動かし、ハントは最後の手段をとることにした。テレポリングの両側のボタン、それをちゅうちょなく押す。すぐにハントは光に包まれて、そして消えた。エイビスは口を閉じ、上空へと舞い上がった。そのあと辺りを少し漂い、エサを探すも見つからない現状を把握したあと、次の標的を探しにその場を離れた。


「う、うう…痛い…」

 ハントはテレポリングのおかげで、グロリアの家、彼女の寝室まで逃げてくることができた。今、彼はグロリアによって治療を受けている。ヒーリングカプセルは高いので使わせてもらえない。治療といっても魔法ではない。顔、手、腕などの傷口を消毒液の綿でちょんちょんするだけだ。

「急に戻ってきたかと思えば…。なんだ? 魔物と戦ったのか?」

「…はい」

 げんこつが飛んでくるかと身構えたが、鉄拳制裁はなかった。代わりに、呆れたようにため息をもらす。

「一撃で殺されなくてよかったな」

「まったくそのとおりです…」

 返す言葉がない。

 本当なら、ホウキに乗って「やあ、グロリアさん。元気にしてた?」と余裕気味に朗らかな笑みを浮かべて帰宅するつもりだったが、ちょっとした若気の至りというか、好奇心で動いてしまった。

 はっきり言って悔しい。全然通用しなかったからだ。もしかして勝てるかもと思っていたし、それができなくても逃げることぐらいはできるだろうと高をくくっていた。だが、結果は逃げることすら叶わず、もう少しで食べられるところだった。

 油断…慢心…おごり…。

 魔力体を変化できるようになり、ホウキに乗って空飛べるようになり、九日で全種の魔装具をそろえた。その経験による自信が、今回の出来事を引き起こしたのだろう。

「悔しいか?」

 グロリアさんはハントの表情から、察してそんな言葉をかけた。彼は小さく「はい」と答える。

「師匠はよく、本当の敵は自分だと言っていた」

「敵は自分…」

 慢心した自分のことを言われているような気がして、その言葉は今のハントの心に突き刺さった。

「自信は確かに大切だ。ただ、おごっていてはいけない。勝ち負けは偶然。だから謙虚に生きようということだ…まあ、むずかしいがな」

 まるで自分にもそんな過去があったかのように、彼女は遠い目をしていた。

「グロリアさん。俺、強くなりたいです…。誰にも負けない強さを手に入れたいんです」

「誰にも負けないのは無理だ。ただ、負けたとしても対策をして挑み続けろ。そうしたら、そいつは間違いなく強くなる」

 優しい口調で声をかけてもらい、久しぶりに会ったグロリアさんが女神に思えた。

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最強の聖騎士は俺だけにデレデレなんだが kiki @satoshiman

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