第39話 空を飛べないマックスへ2
鎧を着た、ホウキを二本持つ男が一人。自分だ。
周りからは変な目で見られていることだろう。自分でもなにやってんだと思う。ただ…マックスのことを考えると、ホウキのほうが優先だろうと思い切って買った。自分よりホウキを上手に使えることが判明したあと、去っていく後姿がどうしても忘れられなかった。それに、勉強している姿も見ている…。レギンズにはいつでも来れる。中古の魔装具の相場はだいたい把握したし、お金貯めてまたくればいい、そう結論付けた。ハントは人気のないところに移動し、ホウキで空を飛ぶ。そして、テレンゼの街に戻っていった。
これを使えば彼が飛べるようになる…そんな確証はなかった。しかし、確証など存在しないことのほうが圧倒的に多い。そのことを気にしていたらできることは極端に少なくなる。売れば半値ぐらいにはなるだろう、その聖のホウキ。それを持ちつつ三時間ぐらいかけてテレンゼの街に降り立った。魔力が尽きかけたので、最後はフラフラだった。一日中飛行するのは、もうちょっと魔力が必要のようだ。
宿屋に入り、部屋へ戻った。夕方近くで、マックスは戻ってるかなと思っていたが、彼はいなかった。聖のホウキとマックスの持っていたホウキを立てかけて、待つことにした。鎧も脱ぎ、疲れた体を壁に預ける。
どんな反応するだろうか、ちょっとわくわくした。ただ…少しだけ不安はあった。余計なことをしたかもしれない、という不安だ。ありがた迷惑になる可能性もある。彼のことだから、はっきりとは言わないだろうが…。
薄暗くなってきたところで、ドアが開いた。
「おかえり」
「ただいま…」
少し元気のない表情をしたマックスがいた。気になっていたのか、彼から口を開いた。
「レギンズの街まで行けましたか?」
「ああ。途中、木にぶつかりそうで危なかったけど、何とかな」
「それはよかったです。じゃあ魔装具買えたんですね」
「いや、それはだな…」
言い淀んでいるハントに、マックスはクエスチョンマークを浮かべていた。そして、ホウキが二つ並んでいることに気づく。
「え? そのホウキ、なんですか?」
「マックスへのプレゼントだ」
「え…」
ポカンとしている彼がそこにいた。
まあ、いきなり何の脈絡もなしだったから、そういう反応になるわな。
「ホウキ貸してくれただろ? そのお礼だよ」
「はあ…。なんでホウキなんですか?」
「聖属性のホウキだ。それで、マックスが持っていたのはおそらく闇属性。だから、もしかしたら、こっちのホウキを試せば空飛べるんじゃないかってな。それで買った」
「僕のため…」
「試しだよ。試し。俺も気になったから…」
マックスはそのホウキを手に取った。端から端までじっくりと眺める。
「なんかいけそうな気がします」
「そうだろ? 明日試そうぜ」
「でも、ハントさん。魔装具は? それを買いに行ったんじゃないんですか?」
もっともな反応だ。その問いに答えるのは少しだけ時間がかかった。結局まともな返事はできそうにない。
「…いや、まあ。細かいことはいいじゃないか」
「ハントさん…」
うるうるとした瞳を向けてくるマックスがいた。
なんか照れ臭くなってくる。ただ、喜んでもらえてよかったと不安が消えていく。
「僕のことを優先するなんて…。ハントさん、いい人すぎますよ」
「べ、別にそういうわけじゃないって。ただ、いつでもあそこには行けるから…」
「お返しをしないといけないですね。僕の持っていたホウキ、あげますよ」
「いいのか?」
「もちろんです。中古ですが、ハントさんが持っていたほうがいいので」
「ありがとう」
「それはこちらのセリフです」
はあっとため息をつき、聖のホウキを立てかけた。そして、イスに座る。
「マックスって聖属性優位…なんだよな?」
「はい」
あ。当たってたか。よかった。
「聖属性のホウキなんてあるですね。僕、知らなかったです。よく探し出せましたね」
「まあな…」
マックスは感心した様子だった。
過去に苦しんだ自分。そのおかげだ。
夕食を共にして、寝る時間になる。照明を消した。
「明日、そのホウキ、試してみようか」
「そうですね。ハントさん」
「ん?」
「ありがとうございます。これで飛べなくても僕、大丈夫なんで…」
「飛べるよ。きっと…」
「そうですね。…おやすみなさい」
「おやすみ」
心のこもったお礼を聞いて、胸の中がほんわかとなった。彼との絆が深まったことを感じ、やってよかったと心から感じた。今夜は気持ちよく眠れそうだ。
八日目。いまだ全属性の魔装具はそろわず。
早朝、まだ薄暗い時間帯にハントとマックスは外出した。聖属性のホウキ、それでマックスが空を飛べるかどうか、試すためだ。こんなに早く行動するのは、彼がドキドキして眠れないと言ったからだった。不安と期待、その両方が心中を渦巻いているのだろう。だったら早く行動しようと、街の外れに歩いていった。
マックスは緊張した面持ちのまま、ホウキにまたがった。
「行きますよ?」
ハントはこくりとうなづく。
これでダメだったら…そのときはまた別の手を考えよう。そう思っていたのだが、やはり、苦労した分は報われてほしい。マックスもこれまでの苦労があり、ハントはレギンズへの往復の手間がある。
果たして、マックスのまたがったホウキはフワッと宙を浮いた。そして、じょじょに魔力を込めていったのか、高度が上がっていく。前みたいにいきなり上がることはない。見てるこっちもハラハラドキドキだ。高度がある程度まで上がったあと、ゆっくりと前進を始める。やがて、慣れてきたのか、スイスイと空を舞い始めた。
「ハントさん! やりました! はははっ!」
満面の笑みの彼がいて、とても気持ちよさそうに空を泳いでいた。
よかったな。マックス。これでもう大丈夫だろう。
木にぶつかることもなく、ひとしきり飛行を楽しんだ後、ハントの近くに下りてきた。そして、花が咲いたような笑みで駆け寄ってくる。
「ハントさん。なんとお礼を言っていいか…」
「いや、そのホウキのおかげであって、俺は買ってきただけだよ」
「それができないんですって!」
なんか大声を出されて怒られてしまった。そのことに気づいたのか、マックスは「すみません」と謝る。
「これでマージョの宅急便で働けるかもな」
「そうですね。僕、頑張ります。それに…これでいつでも故郷には戻れます」
「一旦、戻るのか?」
そう問われて、マックスは少し悩んでいた。無言のときがあったあと、口を開く。
「…はい。そのつもりです。しばらく妹に会ってないので」
「そうか。じゃあお別れってことだな」
「魔装具集めはどうするんですか?」
「なんとかお金貯めて買うよ。残りは二種類だけだし」
「どの属性のものなんですか?」
「ええっと。火と聖だな」
「そうですか…。わかりました。じゃあ…お別れですね」
「ああ…」
なんかいきなりしんみりしたムードになり、お互い暗くなる。短い間だったが、もうマックスとは気の合う友達だ。別れるのは寂しい。それに宿泊費が元に戻ってしまうのも痛かった。また、シェア友探しするかな…。
「あの…。ハントさんは騎士団に所属しているんですよね?」
「籍を外されてなければな」
「…フレン城下町…ですか」
「それがどうした?」
「いえ。なんでもないです」
なんでもあるような言い方だったが、それ以上、話す気はないようで、とりあえず宿屋に戻った。マックスはさっそく荷物をまとめていく。すぐにでも出発して妹に会いたいのだろう。出発は明日。というわけで、彼が荷物をまとめたあと、ぶらりとテレンゼの街を歩くことにした。ギルドに行くことも忘れないが、よさそうな依頼は相変わらずない。近くのテーブルに腰かけて、対面するようにマックスも座った。
何気なく思いついた疑問を口にする。
「猫探しがあるけど、魔法で探すことってできないのか?」
「難しいと思いますね。形や匂いを元に探索する魔法があるというのは知ってますが、効果範囲は限定的です。確か、半径百メートルとかその程度ですね」
「それじゃあ無理か」
「はい。残念ながら」
彼は魔法のこと、結構詳しそうだ。
「マックスって魔法学校を卒業したのか?」
「はい。もう五年ぐらい前ですかね」
「そんなにもか。ん?」
五年? 十八で卒業するから、ええっと…。
「マックスって年、いくつ?」
「二十三です」
「げっ! 年上か、ですか」
「あ、別に気にしなくてもいいですよ。慣れてるんで平気です」
今更年上だと判明。遅すぎだろ。でも…童顔だからだろうか、二十三には見えないな。てっきり十八とかその辺りかと思った。
意外な事実を知った後、あっという間に時間は過ぎていく。そして、夕食をおごってもらった。ハントは断ったが、お礼だと言って聞かなかった。そして、八日目の夜が終わり、九日目の朝を迎える。
早朝、まだ暗い時間帯からマックスは動き出していた。といっても、準備は昨夜済ませている。あとは荷物を持ち、チェックアウトだけだ。
ハントは物音には気づいていたが、眠かったので寝た。「行ってきますね」という彼の言葉が耳に届く。そして…。
日光がカーテンの間を差し込む朝の時間帯になった。
「んん…」
起き上がると、マックスはいなかった。一人減り、一人分の荷物がなくなったことに、どこか寂しさを感じる。カーテンを開けた。晴れていて、絶好の天気だ。
今頃は空の旅を楽しんでいるだろうな。
などと思い、ふとテーブルの上を見ると、指輪が二個置いてあった。そして手紙つきだ。
「は?」
ハントは手紙を開く。それにはマックスが書いたのだろう、きれいな文字で書かれていた。
そこの指輪は火と聖の指輪です。ハントさんにあげます。お金のことは気にしないでください。僕はお金以上のことをあなたからしてもらいました。本当にありがとうございます。もしかしたら会いに行くかもしれません。そのときはまた、よろしくお願いします。
「…やってくれたな。あいつ…」
ハントは二個の指輪を愛おしそうに眺めながら、そうつぶやいた。
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