第38話 空を飛べないマックスへ1

 七日目の朝はあいにくの曇り空だった。ただ、日が当たらないから気分がどんよりするというのは考え方しだい。暑さがなく、眩しくなくてちょうどいいと考えればいい。そんな天候の下、マックスと街の外れに行く。行きかう人がほとんどいない、開けた場所だった。今日は彼とほうきを使って空を飛ぶ練習をする。

 マックスは不安げな表情でほうきにまたがり、魔力を込めた。

「い、いきますよ」

 ハントはうなづいた。彼は昨日、下手だと言っていたがどの程度のものなのか見ないとわからない。

 ふわっとマックスの体が少し浮いた、かと思いきや、ギュンッと上に急上昇。

「ひっ!」

 そこで手を離したことで浮力がなくなり、急降下。ハントは慌てて落ちてきたマックスの体を抱えた。ほうきは少し離れたところに落ちた。

「ぐおっ」

 痩せているとはいえ、男の体だ。重い。だが、なんとか地面との衝突を避けることができた。男をお姫様だっこする趣味はないので、彼を下ろす。

「あ、ありがとうございます」

 照れたような表情をするマックス。妙な空気になりそうだったので、今抱えている問題について話をする。

「いや、それにしても、制御が難しそうだな。空を飛ぶのって」

「そうなんです。何度やっても無理で…。落ちそうで怖くって…」

「そうか。ちょっと俺、やってみていいか?」

「え? あ、どうぞ…」

 彼は落ちていたほうきを拾って渡してきた。近くで見るとただのほうきで、普通、こんなものに乗るのは怖いよなと思うぐらい頼りない。キャリーという騎士団の乗り物があるが、あれは前方に落ちないような柵が設けられている。しかし、これにはない。落ちたら終わり。…怖すぎる。マージョの宅急便で働く人たちは、こんなものに命を預けているのか?

 ハントはまたがり、弱めの魔力を送り込んだ。すると、ふわっと浮いた。そして低空飛行のまま、移動する。これは魔力体の移動に似ている。不思議と安定しているのは、手がほうきにがっちりとくっついているからだ。魔力体の接着と同じ作用だろう。

 なるほどな。このほうき、そういう仕掛けがあるのか。これならさほど怖くない。少し強めに魔力を送ってみるか。

 浮力が上がり、ハントはどんどん上に上がっていく。やがてマックスの姿が小さくなり、街を見渡せるような位置まで上がった。そして、移動。加速して急停止。

 おおっ! これはすごい!

 なぜかハントは最初から使いこなせていて、見晴らしのよさや風を切る心地よさを堪能。そしてゆっくりと下りていき、着地した。ポカンとした顔をしているのはマックスだ。

 あ、やば…。つい、調子に乗りすぎてしまった。…あれ? これって、俺がこれ使って、レギンズを目指せばいいんじゃ…。

 そんな気持ちを察したのか、マックスは笑みを浮かべた。

「すごいですね…。ハントさん、素質あるんじゃないですか?」

「いや…。たまたまだよ。たまたま…」

「それ使ってください。ハントさん一人でレギンズまで行けますよ」

「え? それじゃあマックスが…」

「僕のことはいいんで…。気にしないでください」

 彼は笑っている。ただ…それはどうにか無理に笑いを作っているように見えて、悲しくなった。

 そりゃそうだ。自分ができない、でもやりたいことを楽にできるやつが目の前に現れたら、誰だってつらい。相手を妬む。その気持ちを表に出さないようにして、抑え込もうとする…。俺が騎士団で感じたことと同じだ。周りが平気で盾術を使える中、自分だけ使えない。そのときの苦しみは忘れることはない。

「あ、僕、用事があるんでした。…戻ってます」

 明らかに今、思いついたという言い訳。つらくなったのか、マックスは宿屋のほうに戻っていった。

「マックス…」

 トボトボと頼りなく歩く小さな背中を見つめながら、ハントの心は天気同様晴れることなく、複雑な気持ちになっていた。

 いざ、レギンズへ。

 という気持ちにはなれないまま、ハントは空を飛んだ。空を飛ぶのは自分にとって、かなり楽なことだった。自分はできる、人にはできない。その逆もある。そして、そこで世の中の不幸は起こっているのかもしれないな…などとわかったかのように北を目指した。

 離れ際のマックスの、あの表情が頭にこびりついている。

 たまたまなんだ。そう、たまたま…。

 なにができるか、なにができないかなどというのは偶然でしかない。おそらくマックスは風属性優位ではない。だから移動が苦手。闇属性優位ではない。だから…接着効果が薄い。それは最初から俺が闇、風優位であって、狙ってそうなったわけではない。ただの偶然。

「うおっと!」

 木にぶつかりそうになり、慌ててよけた。

 危ない、危ない。落ちはしないが、ぶつかる危険性があるな、これ。気をつけないと。

 マックスの言葉が思い出される。それは一回、ほうきを使って落下したときのセリフだ。

「落ちそうで怖くって」

 今のハントはそれを感じない。魔力を送っているときは、がっちりと手が接着している。離れることはなさそうなぐらい、がっちりだ。もしかしたら…。

 ハントは心当たりがあった。自分も騎士の盾、その防御魔法の発動は無理だった。そこで漆黒の鎧をつけて、練習後、発動できた。その理由はそれが闇属性だったから。だから、もしかしたら…。

「あ、どうも…」

 マージョの宅急便で働く女性だろうか、手を振ってきた。ハントはそれに応えて振り返す。コスチュームは独特だ。これぞ魔女といわんばかりで黒の尖がり帽子に黒のローブ。働いているのは女性ばかりで、男は少ない。まあ、マックスは女装したら結構いい線いけそうな感じはするが…そこは置いておいて…っと。

 見えてきた。大きな都市だ。

 正規の入り口はどこかわからないので、石畳に着地した。ほうきを持って歩く鎧を着た男。周囲は何者なんだと視線を向けてくる。恥ずかしいので、栄えているであろう方向へと足早に歩いていった。人が多くなり、しだいに店も多くなっていく。目指す先は魔装具の中古屋。きょろきょろと田舎者みたいに辺りを見渡し、たぶんどこかにあるであろうマップが描かれた看板を探した。すぐそばにあり、それを確認する。

 中古屋、中古屋…。あった。北西のほうだ。それに…ほうき専門のほうき店もある。やたらと専門店が多く、やっぱり都市は違うなと感じた。

 さっそく中古屋に向かう。ほうきに乗って楽をしたいが、マージョみたいな運び屋ならともかく、一般人だ。人が多いところで使うのはためらわれた。自分の足で坂を上がり、中古屋に入った。中は二階建てになっていて広い。テレンゼの魔装具店の何倍もの広さに驚くばかりだ。金色の鎧や盾などがあり、目を引く。

 これも魔装具なんだろうか? とんでもなく高いが…。値札と一緒の説明書きを読むと、どうやらこれは特殊な魔法が施されたもののようで、防御魔法ではないようだ。使える魔法によって価値が変わる。ただ、防御魔法から魔力体の変化という戦い方が主流なので、コレクターが集めるような魔装具なんだろう。お次は白いローブで、宝石が埋め込まれている。裾のところが金色で、いかにも神秘的なローブだ。これは防御魔法が組み込まれ、さらに範囲拡大できるブースター付き。お値段は十万。中古だが高い。

 お、まだまだ珍しいものが…って、違うだろ。水属性以外の火、聖属性の魔装具を買うために俺はここまで来たんだ。

 上を見ると、看板が吊り下げられていた。属性ごとに分かれているようで、まずは火属性の区画へと向かう。

 火のナイフ、火のナイフ…っと。

 火属性のナイフだけで、固まって棚に並んでいた。ざっと見ていくと、だいたい値段的に二万から四万の辺りだ。新品で六万なので、中古だとこのぐらいが相場なのだろう。ただ、ここで気づいたのは、ナイフばかり持っていてもなあということだ。実際、今、水のナイフをポケットに入れているが、これ以上ナイフを持つとなるとかさばる。

 ん?

 横を見ると腕輪コーナーがあった。

 腕輪? そんなものがあるのか…。

 腕にはめてみる。しっくりくる感じがした。

 おっ。これなら邪魔にならないかな。

 しかし、ちょっと高い。だいたい三万から五万の間だった。

 うぐぐ…。欲しいと思うものはなぜか高い。すなわち需要が多いわけで、みんな考えることは一緒か。

 しかたなく腕輪を戻す。

 おっ。

 大特価という文字が目に入った。

 今なら特別に一万五千と書かれていて、その腕輪が置いてあった。ただ、作られたのは十年前のようで、どこか古そうだ。しかし、一万五千。これは買いだな。今だけのようだし。

 一つ見つけて気をよくしたのか、残りの聖属性コーナーのほうにも足を運んだ。同じように小さいものは高く、大きいものは安い傾向は変わらない。

 う~ん…。どうせなら別のものを買いたい。鎧、腕輪、ナイフ…とくれば指輪だが…当然のことながら指輪は高くて買えない。しかたなく一番安い盾のほうへと流れた。盾は邪魔なのであまり欲しくない。こんなことを言うとエレナに叱られそうなのだが…。

 最安でも一万か。

 その一万のものを持ってみる。ずっしりと重く、これはダメだと元の場所に戻した。

 腕に留められるような小さい盾がいいなと思い、二万でそれがあった。

 ん? 待てよ。騎士の盾、か。

 騎士団に自分用の盾があったことを思い出す。

 それ、借りればいいんじゃないか? 重かったけど、あれも聖属性…しかもタダだ。

 ただ、あれはじゃまだよなあ…。やっぱり小盾にするか…迷う…。

 商品の前でじっと止まっていたら、他の客が近づいてきた。邪魔になるかと思い、一旦、その場を離れる。

 火の腕輪、そして聖のバックラー。合計三万五千でぎりぎり買える値段だ。マックスの件がなければ、すぐに買っていたかもしれない。はやる気持ちを抑え、次はホウキ専門店に向かった。そこは小さいが、ホウキばかり売られているところだった。ただ、ハントが持っているような一般的なもの以外にも、おしゃれなホウキが並んでいた。あえて曲がっているものや、リボンがつけられているものなどがある。目的のものがあるかわからなかったので、店員のおじさんに聞いてみた。ただ、マックスが何属性優位なのか不明。ここにきて、戻るのは面倒なので、聖属性だろうと仮定。ここはまったくの勘だった。ただ、闇属性ではないことは確かで、残り四つの中で性格的に当てはまりそうなのが聖属性だろうと思った。性格と属性は何気に一致している…というのはどこかで聞いたことがある。もちろん例外もあるだろうが。

「聖属性のホウキ? ああ。ありますよ」

 おじさんはすぐに案内してくれた。

「こちらです」

 そのホウキは持っているホウキと同じような大きさのものだった。ただ、聖属性であることを示すために柄の先が白く塗られている。値札を見ると三万円。

 た、高い…。

「まけてくれたりは…」

 変な笑みを浮かべて、話しかける。

「う~ん。そうだねえ。あまり売れないから五千ぐらいは引いてもいいけど…」

 二万五千…か。

 でもこれ買うと、腕輪しか買えない。食費、宿泊費のことを考えると、少しは残しておきたい。そう考えると、腕輪も買えないか…。

「どうする? 買うか?」

「…買います」

「まいどあり」

 ハントはホウキを持って、店を出た。グーとお腹が鳴り、昼過ぎていたことに気づき、近くの安い店で食事する。

 買ってしまった。しかも、買ったのは目的の魔装具じゃなくて、ホウキって…。

 自分を自分で笑ってしまうが、これでいいと確信が持てた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る