第37話 空を飛ぶ練習の約束

 図書館で調べものをしたあと、魔装具店に向かった。魔力体の変化は水属性なので、その属性の魔装具を買う。店に入ると、前回いたお姉さん店員がいた。今回は自分で選ぶために声をかけず、並んでいる商品に視線を移す。

 えっと、前回どうだったんだっけ。指輪はダメだから、ナイフにしようとしたんだよな。確か。

 水のナイフが飾られていた。見た目は普通のナイフだが、柄のところが水色の宝石が埋め込まれている。おそらく他と区別するためのマークみたいなものだろう。値札を見ると六万。

 今、所持金は十万ちょっとだから買えるな。本当は指輪とか邪魔にならないものにしたいが、仕方ない。これ、買おう。

「すみません。これください」

 店員に声をかけ、買った。女性はハントのことを覚えていたようで、「買いに来てくれたんですね」と声をかけてくれたのが嬉しかった。

 店を出て、ナイフを鞘にしまってからポケットの中に入れる。身につけているだけで属性優位になるという話だが、本当なのだろうか?

 とりあえずグロリアさんの言葉を信じることにした。そして、夕方近くになってから宿屋の部屋に戻った。

「ただい…ま」

 おかえりと返ってくるのかと思いきや、机に突っ伏して寝ているマックスがいた。戦いのあとで疲れたのだろう。ただ、こんな時間から寝ていると間違いなく夜、眠れないパターンに陥る。起こそうかどうか迷っているとき、ふと、テーブルの上に広げられた本に目がいった。

 そういえば昨夜も勉強してたな。なんの勉強してるんだ?

 それはなにかの試験の過去問のようだった。ノートにはびっしりと鉛筆で書かれていて、熱心にペンを走らせていたことがわかる。

「ん…」

 マックスがうっすらと目を開けて起きそうだったので、ハントは素早くそこから離れた。別に変なことをしていないので逃げる必要はないのだが、なんとなく寝起きの彼と目を合わせづらかった。

 ハントがいることに気づき、よだれを拭いて起き上がった。

「あ、おかえり…」

「ただいま…。すまん。起こしたか?」

「いえ。大丈夫です。つい寝てしまって…」

「それ…。なんかの試験か?」

「あ、いや。別に受けるつもりはないんですよ。あはは…」

 マックスは恥ずかしがるようにして教材をしまった。

「もしかして、マックスさんは冒険者よりも別のことをやりたい、とか?」

「いや、まあ…そうなんですけど…」

 ぽりぽりと顔をかく。あまり話したくなさそうだったので、突っ込まないでおいた。それより、問題はレギンズまでどうやって行くか、だ。

 ハント壁際に腰を下ろした。

「まいったな…。どうするか…」

「レギンスまでは、マージョの宅急便を使えばどうですか?」

「え?」

 意外な答えをマックスから聞いた。

「宅急便って物を運ぶだけじゃ?」

「いえ。人も乗せてくれるサービスがあるようです。ただ、値段は高いですが。確か一キロ千ゴールドです」

「レギンズまでは…」

「十キロはあるでしょう。なので一万ちょっとですかね。保険なしだと」

「保険?」

「なにかあったときのために払うお金です。例えば途中で、木にぶつかったりとかしたときに怪我するじゃないですか。その治療費を請求できます」

「な、なるほど。…タダで乗せてくれないかな? 物を配達するついでに」

「それは無理ですよ」

 苦笑いのマックス。

「結構物知りなんだな。マックスさんって」

「え? そうですか? 別に…普通ですが…」

 騎士団にいたら、こういった情報を得る機会はない。強くはなるが、一つの組織にどっぷり浸かっていると、情報弱者になるかもしれないな。

 一万。ということは往復二万。四万持ってるから、残り二万…。き、きつい。やっぱりもうちょっとお金、貯めなきゃな。となると依頼か。でも、こなせそうな依頼がないんだよなあ…。

 そんなことを考えていると、外は暗くなる。カーテンを閉め、夕食の時間になった。どうせならと、マックスと二人で一階へ下り、食堂で一緒に食べることにした。大食い、早食いの彼だが、夕食は意外にもサラダとパン、スープといった普通のものだった。ハントはうどんとおにぎり。

「全然足りないんじゃないか? それだと」

「大丈夫ですよ。普段からあんなに食べないんで」

 大会では、鬼気迫る顔をしていたマックスが、今はぼんやりとしている。いかにも少食っぽい感じだが、人は外見だけで判断できないんだな。

「? どうかしました?」

「いや。今日、マックスさんすごかったなって思って」

「ああ…。あれだけですから。僕。でも、あれで食べていくことってできないですよね…」

「そうだよなあ…」

 毎日大食い大会が開かれる、なんてことはあり得ないからな。

「でも、すごいよ。なにか一つのことができるって、うらやましい」

「そんな…。全然たいしたことないです」

 他愛のない話をしたあと、部屋に戻ろうかと思っていたそのとき、マックスから口を開いた。

「あの…ハントさん。実は僕…」

「ん?」

「マージョの宅急便で働きたいと思ってるんです」

「え? あ、それで…」

 どうりで詳しかったわけだ。

「なにか問題でも?」

「空を飛ぶのが下手なんです。僕」

「ほうきで空飛ぶことが?」

「はい。だから僕…」

「それだったら、一緒に練習しようぜ」

「え?」

「俺も手伝うよ。同じ部屋で寝泊まりする友達だし、力になりたい。あ、それで、レギンズまで行こう」

 そうすれば一石二鳥だ。

「い、いやいやいや! 無理ですよ、そんなの!」

「だから手伝うって。どうしてもいやなら、別の方法を探すけど…。でも、本当に宅急便で働きたいなら、苦手なこと避けててもしょうがないと思うから」

「…う、う~ん」

「一回だけ練習してみよう。それでダメだったときは、またそのとき考えればいいと思う。あ、もちろんタダで構わない」

 やや強引だったかもしれないが、マックスはクスっと笑ってくれた。そして、「わかりました」と折れた。

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