第33話 接着実験
五日目の朝がきた。
今日はいかに出費を抑えるか、という視点で動こうと心に決めていた。宿屋の階段を下っていくと、受付で二人組の男女がいた。冒険者風の格好をしている。
「一人部屋に二人で」
「三千ゴールドになります」
一人部屋に二人…。
普段なら恋人同士なんだろうか、うらやましい…ということしか思わないかもしれない。しかし、ハントには別の考えが浮かんでいた。
そうか、シェアすれば半額になるんだ。さらに三人いれば一泊千ゴールド。出費を抑えられる。問題は、誰が自分とシェアしてくれるかだが…。
すぐそばに食堂が目に入った。一階は食堂になっていて、安くてうまいものが食べれるようになっていた。そこは冒険者風の男女のたまり場になっている。
近寄りがたいところだが、一人で食べている男に話しかけてみるか。…割と大人しめな男に…。
席に座る人たちに視線を動かしていく。その中で、いかにも無害そうな男の子に目が止まった。髪の色は灰色で、魔法使いかなにかだろうか、紫色のローブを身につけている。見た目は十代中盤だろうか。タレ目で大人しそうな雰囲気を醸し出していた。
他人に声はかけづらいが、勇気を振り絞って近づいた。
「ちょっと、すみません。お一人ですか?」
「え? あ、はい。そうですが…」
「俺とシェアしませんか? 宿の部屋を」
「どういうことですか?」
目をパチクリさせている男子。ハントは宿泊代が安くなるメリットを伝え、どうですかと提案する。普通なら知らない相手からこんな提案をされれば警戒する。だが、彼もお金に困っていたのだろう、少しの間があったあと、快く承諾してくれた。
「そういうことなら構いませんよ。シェアしましょう」
「やった。ありがとう」
互いに握手をした。
よし。これで半額になる。もう一人増やすと千ゴールドだが、一人部屋に三人はきつい。五百ゴールドのためにそこまでする必要はないと後で気づいた。
立ち話をするのも疲れるので、空いている向かいの席に座ることにする。
「僕はマックス。あなたは?」
「俺はハント。短い間になるかもしれないけど、よろしくお願いします」
彼はニッコリと微笑んで、朝食のウインナーを食べ始めた。
「あの。ハントさんは冒険者ですか?」
「はい。あ、お金を貯めるために今は、ですが」
「そうですか。なにか目的があるんですね」
「魔装具を買いたいと思ってまして。それで…」
「ああ、なるほど」
「マックスさんは、ずっとお一人で?」
「いえ。少し前までは三人で行動してました。でも、ちょっとごたごたがありまして…」
彼は苦笑いをした。仲間割れだろうか、あまり話したくないんだろう。ハントはそれ以上聞かなかった。
受付で手続きをとり、マックスの部屋にハントが泊まることにした。どうせならということで一緒にギルドへと向かう。
なんか仲間が増えたみたいで、寂しさは解消されるな。
ギルドへと入り、昨日の報酬を受け取った。一万ゴールドをゲット。ただ、完全に達成できなかったのは心残りだ。
あとで一回、寄ってみるか…。
そのあと、新規の依頼を眺めた。
「そういえばハントさん。健脚大会には出ましたか?」
「はい。あとちょっとで優勝でした」
「すごいですね。僕は体力がないのでパスしました」
細身で押したら倒れそうな感じなので、そうなんだろうなと思う。
「あ、僕はこれに決めました」
「なんですか?」
「えっと、これです」
それは大食い大会の依頼というか、チラシだった。近々行われる大会だという。
ていうか、大食い?
「僕はこれでも結構食べるほうなんですよ」
照れ笑いをする彼。
まったくそうは見えないのだが…。
そこへ冒険者風の男女二人が入ってきた。知り合いなのだろうか、マックスの顔色が変わった。どこかよそよそしい態度を見せる。彼らも目を背け、知らない人のように振る舞っているように見えた。
「じゃ、じゃあ、僕はこれで…」
「あ、はい」
マックスは逃げるようにギルドを出ていった。二人の男女は仲良さそうに話を始める。
なにがあったのかすごい気になるけど、干渉するのは迷惑か。やめておこう。
大食い大会はパス。昔からそこまで食うわけではない。朝飯抜いても平気だし。
さて、どの依頼を受けるか、だが。
基本的に、こういった依頼は条件が厳しくないものは早い者勝ち。なので、残っている依頼にいいものはまあ、ない。条件が厳しかったり、報酬がやたら低かったり、この能力を使える人とか、ランクが高い人という障壁があるものは残る。というわけで、誰でもできる楽な依頼は残らない。となるとやっぱり自分の成長につながるような依頼という視点で見ていくことになるのだが…。
ん~。やっぱりそういう視点で見てもないなあ。これなんか報酬五十万で高いけど、盗賊退治だし。盗賊っていったら少なくとも十人以上いる。複数人で挑むならまだしも、一人でどうこうやれるような相手ではない。
…ん? 複数人か。マックスと二人でなら…。いや、二人でも厳しいか。それで死んでしまったら元も子もない。…というか俺はテレポリングあるから死なないんだっけ。いや、厳密に言うと死ににくい、か。即死攻撃を食らうと死んでしまう。そう考えると心理的なハードルは下がる。試しにやってみるか。
いやいや、ちょっと待て。
一回五十万じゃなかったか? テレポリングの費用って。高すぎるコストだ。試しにとか、軽いノリでできるものではない。なるべく低コストでテレポが使えたらな。マックスって確か魔法使いだよな。夜、聞いてみるか。
今日の依頼は諦め、受付嬢のところに行った。
「あの昨日の依頼主のところ、もう一度行ってもいいですか?」
「え? なんでかしら?」
「満足な結果に終わらなかったので…」
「でも、報酬は出してくれたわよ。依頼主のかたも納得の上だから、そんなに気にすることはないと思うけど…」
「ダメですか?」
「いいと思うけど、追加報酬は出ないわ。それでいいなら…」
「わかりました」
どうせやることはないんだ。だったら、自分の成長のためにタダ働きしてもいい。できれば金は欲しいけど…。
ハントはギルドを出て、酒場へ向かった。昨日に引き続き、彼の顔を見た店主のおじさんは驚いたような顔を見せた。
「どうしたんだ? 今日は酒飲みにでも?」
「いえ。昨日の続きを、と思いまして。ねずみ退治、まだ完全に駆除できてませんでしたよね? あ、お金は結構です」
「へえ。変わった子だね。いいだろう。そういうことなら入ってもらっていい」
「失礼します」
地下への階段を下りていった。照明をつける。
さて、二日目のネズミ退治の始まりだ。
やることは昨日と同じではつまらないので、変えてみる。名づけてエサによる誘い出し作戦だ。
おじさんからチーズをもらい、それを床に置く、そして四方を魔力体の四角形で覆う。これで完了だ。後は待てばいい…のだが。
十分待つと息切れしてきた。大事なことを忘れていた。維持するには魔力を消耗する。十分耐えられるという確認はできてうれしいが、この作戦を継続することは無理だ。
「や、やめておくか」
そもそもの話、照明をつけていたら警戒して出てこないだろうと思われる。そこからして失敗だった。
ダメかあ…。やっぱりバリケード作戦でなんとか…。でも、もう今日の魔力ほとんど使っちゃったみたいだしな。
床に置いたチーズを拾い上げる。拾うとき、少しくっついていた。もったいないのでゴミをとったあと、口の中に入れる。
あ…。そういえば。
チーズのくっつきから、ハントは接着の効果を試していないことに気づいた。闇属性優位なので、くっつきが得意。少し休憩してから、防御円を作る。そして、半円を作り、ハントから移動させた。接着効果を半円に付与する。それは教えられなくても感覚的にわかった。半円を木箱のほうにゆっくりと移動させる。そして、触れた。
ハントは身構えた。しかし、木箱は弾かれることなく、くっついているようだ。
「これで…持ち上げればどうなる?」
果たして、半円と一緒に木箱がググググっと持ち上がる。
おおっ! すごいっ!
大発見したかのように興奮する。しかし、魔力が尽きかけていて危ないので、下ろした。半円が消える。
これは使えるかもしれない。
ハントは内心ほくそ笑んでから、休憩することにした。減った魔力の回復に努める。とりあえず、お昼なので昼飯を食べるために階段を上がった。
「また来ます」
「お、おお。熱心だな。ちょっと待て」
「え?」
「これでも飲め。サービスだ」
「あ、ありがとうございます」
疲れた顔をしているのが伝わったのか、温かいミルクをサービスしてくれた。
昼飯を安い飲食店で食べた。二百五十ゴールドのソバにした。それから宿屋の部屋に戻って、ちょっと横になる。魔力を回復させたあと、夕方近くになって酒場に戻ってきた。顔パスで地下へと下っていく。
よし。三ラウンドめだ。
意地になっているというより、試したいという思いのほうが強かった。新たな発見はモチベーションが上がる。
照明をつけ、半円を形成。そしてその半円を長方形の形にしてから広げていく。
「くっ…」
この変化は苦しいところだ。疲れというより、なにかもどかしい感じがして非常にイライラしてくる。
どうにか部屋の半分ほどの大きさまで拡大させたあと、接着効果を付与。そして、高さのある棚を引っ付ける。次に下にある木箱を…。木箱を…あれ?
ぐおおおおおおおっ。
し、下に下りない!? 棚に引っかかっているからか! くうっ…。ここまできて…。
魔力体を無理矢理下に下ろそうとすると棚が潰れる可能性があり、少しの時間もがいたあとに魔力体を消した。
「ダメかあ!」
ハントは床に仰向けに寝転がった。
くぅ…。あとちょっとなんだけどなあ…。
魔力体を柔らかくできればいい。だが、どうやればいいのか不明。あとはエレナが剣の魔力体を複数作ったときのように、分裂することができれば…。
…分裂か。やってみるか、明日。今日はもう無理だ。
もどかしい気持ちを残しながら、酒場を後にした。
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