第32話 麻痺目のエイビス

「はあ、はあ!」

 太った男は、森の中を走っていた。

「いたぞ!」「そっちだ!」

 二人組の男が追いかけてくる中、必死で足を動かす。木の根に引っかかり、こけた。すぐに起き上がり、走り始めた。顔に泥がつき、額や背中は汗でダラダラ。背負ったリュックの中には百万ゴールドの札束が入っている。

 昨日のことだ。健脚者が集う大会に優勝し、賞金百万をゲットできた。当初、山分けという話だったが山分けだと三十万ちょっとだ。その少なさに、こいつらを裏切ったほうが得だと思い、お金を手にして逃げた。幸い、お酒を飲んでグーグー寝ているやつらから奪い去るのは楽だった。しかし、情報をかぎつけたのか、奴らは居場所を突き止め、追いかけてきやがった。

「リッチ! 待て、てめえっ!」

 リーダー格の男が叫ぶ。

 誰が待つか。

 元々、あいつは好きではなかった。暴力的で、常に俺様優先のようなやつだ。それでも従ってきたのはある程度金が稼げるやつだったからだ。お前自身に魅力があったわけじゃない。もし大人しく従ったらボコボコにされるに決まってる。ただ、この森は危険だ。なんていったって魔樹海の森。魔物の巣だ。通常なら入らないこの場所だが、百万の欲しさに、やつらも奥へ奥へと追いかけてくる。

「はあ、はあっ」

 体が重い。こんなことならば、ほうき型のキャリーを買っておけばよかった。

「うわっ」

 またしてもこけた。今度は石につまずいたせいだ。

「くそっ」

 シュルシュルシュル…。

 ん!?

 なにか変な音がして、音がしたほうをを振り返った。しかし、なにもいない。

 気のせいだ。気のせい。さっさと逃げ…。

 少しの時間、立ち止まっていたのがまずかった。鋭く尖った魔力体が複数飛んできて、その一つが太ももに当たる。

「うっ!」

 痛みが走り、それでも走ろうとした。しかし、その足では無理で、すぐに追いつかれてしまう。

「この野郎!」

 背中を激しく蹴られ、前のめりに倒れた。ドシャっと顔面から落ち、あとはやつらの好き放題にされる。殴られ、蹴られ…一方的な暴行、それには丸まって防御した。ある程度の時間、痛めつけたあとにリーダー格の男が胸倉をつかんで怖い顔を間近に近づける。

「おいっ。百万はどこだ?」

「リュ…リュックの中に…」

 地面に投げ捨てられ、次にリュックをはぎ取られた。そして百万が入った封筒を見つけ、手にする。細身の男が声をかける。

「こいつ、どうします?」

「決まってるだろ? ここに放置して、魔物のエサになってもらうんだ」

「裏切者ですからね」

「そういうことだ。まあ、せいぜい苦しんで死ぬんだな…。はっはっは!」

 不快な笑いが耳に届いた。

 俺、ここで死ぬのか…。まだ、なにもやりとげてないっていうのに…、こんなところで…。

「うわっ」

「なんだこいつ!」

 二人の前に、大蛇が浮かんでいた。体長は十メートルはあるだろうか、小さな翼を羽ばたかせ、口から長い舌をシュルシュルとのぞかせる。巨大な魔物の出現に、リーダー格の男はすぐに防御円を作ろうとした。しかし、その前にエイビスは目を見開き、そこから光を放つ。間近でその光を見た二人の体は硬直、動けなくなった。

「う…な、なんだ?」

「あ、兄貴。た、助けて…」

「くっ。こ、こいつ…」

 その間、エイビスは長い体で、素早く目の前の男を巻き付けた。そして締め上げていき、麻痺されて動けない体、その全身の骨が砕かれていく。

「うああああああああああっ」

 男の最後の悲鳴が森に響き渡った。絶命し、力なく頭を垂れる。そして、エイビスの口はパックリと開き、頭から飲みこんでいく。その様子を後ろから見ていた細身の男は、恐怖のあまり、パニックを起こした。麻痺がじょじょに解けるのを感じ、その場に倒れる。

「ああ! うわああああああっ」

 背中を見せ、這いつくばるように逃げる細身の男。しかし、エイビスは逃がさなかった。食事中なのにも関わらず、逃げる男を素早く捕捉。全身を締め上げてから命を絶つ。

 リッチはなにごとが起きているのか理解できないでいた。魔物が出て、二人がおそらく死んだ。次は自分だろうと待っていた。逃げるにしても体中が痛いので、動けない。このまま食われるのを待つほうが楽だ。彼は目を閉じて、そのときを待った。


「んん…」

 どのくらい時間が経ったのか、寝てしまっていた。少しは体を動かせるようになったところで、起き上がる。体中が痛いが、なんとか歩くことはできそうだ。薄暗い森の景色は不気味だ。そばには誰もいなかった。リュックを背負い、立つ。二人の姿はなかった。血の痕跡すら見つからない。そして、木の根に挟まる形で札束だけが落ちていた。

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