第30話 恋する乙女の暴走2
出迎えた女性は、へそを出すような服にショートパンツと肌をさらけ出している。
「え?」
「…あんた、誰?」
「わ、私はエレナと言うものだが、ハントはここにいないのか?」
「ああー。あんた、もしかしてハントの恋人?」
「ち、違う! いや…まだそうなってはいないという間柄だ」
「なるほど…。まあ、外で話すのもなんだ。入りなよ」
「失礼する」
中に入ると、すぐそばにテーブルがあった。キッチンもある。部屋には不思議な香りが漂っていた。
「そこに座りなよ」
エレナは従い、イスに座った。盾を立てかけてから、きょろきょろと辺りを見渡す。
どこか薄暗いのは、カーテンが閉められているからだろう。起きたばかりなのか、彼女はカーテンを開けてから、日光を部屋に取り入れた。そして紅茶を二つ作り、その一つをエレナの前に置いた。
「どうぞ」
「ありがとう」
いい香りのする紅茶だった。すっきりした味で、冷めた体に染み渡る。
彼女も対面する位置に座り、紅茶を飲む。
「私はグロリア。あんたは?」
「私はエレナ。ハントの上官だ」
「ああ…騎士団の」
「そうだ。彼からなにか話は聞いているか?」
「いや、詳しいことはなにも…。ただ、両想いの人がいるという話をしていたな。もしかしてそれがあんたか?」
「ハントがそう言ったのか?」
「ああ。私の記憶違いじゃなかったらな」
「両想いということはそれってつまり…。えへへ…、えへえへ…」
急に照れ笑いをするエレナに対し、グロリアはなんだこいつと顔をしかめた。
「大丈夫か?」
「あ、ああ。なにも問題はない。それで、肝心のハントはどこにいる?」
エレナの顔をじっと見つめ、グロリアはゆっくりと口を開いた。
「…それを聞いてどうする?」
「もちろん後を追う」
「そのあとは?」
「そ、そのあとは…。大丈夫かどうか確認する。上官として当然の行動だ」
「やめておけ」
「え?」
グロリアは不快そうに目を細めた。
「ハントは今、成長している最中だ。そこに女は必要ない」
「なっ!」
エレナは立ち上がる。睨みつける目の前の相手は、気にしない素振りで紅茶入りのコップに口をつけた。
「あなたにそんなことを言われる筋合いはない。私とハントの仲を知りもしないあなたにはな」
「では聞くが、どんな仲だと言うんだ?」
挑発的な表情をとるグロリアに、エレナはムカムカと腹を立てた。
「一緒に寝たぞ! それにハグも何回もした!」
「セックスしたのか?」
「セ…」
ボンッとエレナの顔が赤くなった。そこから蒸気が噴き出すのを観察していたグロリアは「ふっ」と嘲笑する。
「その様子だとまだのようだな」
「だ、だったらなんだ!? セック…体の関係など、どうでもいい! 心が通じていることが大事だ!」
「そうか? 一緒に寝たというが、そこで襲って来ないということは、エレナさんに魅力がないということじゃないか?」
「バ、バカなことを言うなっ! あ、わかったぞ。さてはグロリアさん。あなた、ハントのことが好きなんだな!」
「いや、まったく」
即答するグロリアに、エレナは言葉が出なかった。
「ただ、面白い男だとは思うよ。バカな部分もあるが、成長は期待できる」
「…ハントの居場所、教えてくれる気はないということだな?」
「そうだ。余計なことをするな。それにハントだって不完全な状態でエレナさんに会いたくはないはずだ」
「…そうなのか?」
少し落ち着いたのか、エレナは座った。
「ハントがそう言ったのか?」
「言ってはいない。だが、男とはそういう生き物だ。それに、なんであなたから離れたのか、そのことについてよく考えてみたほうがいい」
「なんでってそれは…」
「両想いの人がいる。普通ならイチャイチャしたいと思うはずだ。それを捨てて、こんなところまで来た覚悟、エレナさんにはわかるか?」
ハントの覚悟…。そんなことは頭になかった。離れ離れになるそのつらさ、それだけを第一に考えていた。
「並大抵ではなかったはずだ。それに、やつは知っている。環境が人を作っていくということを。ぬるま湯に浸かっていたらダメになる。母親のような優しさの人が身近にいると、甘えてしまう。だからここを選んだ。自分で危険と知りつつもここまで足を運んできた。それはつまり、強くなった姿をエレナさん、あなたに見せたいんだ」
「…私に?」
「そうだ。それ以外になにがある? いや…他にもあるだろうが一番はそれだろう。なのにあなたは、自分が寂しいからと言って、のこのことそいつに会いに行こうとしている。エレナさん。あんたがハントだったらどう思う?」
「う…」
会いに来るな、と思うかもしれない…。そうか。ハントは私のためにこんなことを…。あまりのショックで彼のことを考える暇があまりなかった。暇というより、余裕がなかったのかもしれないが。
「まあ、あの男は露骨に嫌な顔をしないだろう。会いに来てくれて嬉しい、とでも言うはずだ。わざわざ自分のことを心配して訪れた人を無下にできない。でも心の中では複雑な思いを抱える」
「そうか。でも、一度ぐらいは…」
「それがダメだと言っているんだ」
エレナは怒られた子供のように、しゅんとなった。
「放っておけ。そして時には突き放せ。それがやつのためになることもある」
「…グロリアさん、だったか。まるで経験があるような口ぶりだな」
「弟子をとった経験はない。あいつが初めてだ。ただ…私には苦い過去の経験があってな。…私には彼氏がいて、そう。エレナさんみたいにベタベタしていた時期があった」
「そ、そうなのか」
「そいつの気に入るような態度をとり、お金を貸してというから貸してやり…。嫌われたくない一心でそんなことを続けていたら、ある日、浮気された」
「それは…つらいな」
「ああ。あのときは怒り狂って、そいつを殺そうとしたのだが…。まあ、それはいい」
それはいいのか。詳しく話を聞きたいところだが、聞けるような話ではないか。
「それで、後で気づいたんだ。依存してベタベタしていた私も悪いとね」
「ハントは浮気なんてしないぞ」
「私も彼氏にそう思っていたさ」
寂し気な目をして、グロリアはため息をもらした。
そうか。この人、色々苦労してきたんだな。ていうか、こんなところで暮らす人だから何らかの事情があることは間違いないが…。
この人がシャークの弟子か。その格好はちょっと問題だが、ハントを預けても大丈夫かもしれない。まったく好きではないということも確認済みだし。
「一つ、私からグロリアさんに言っておきたい」
「この格好のことか? 大丈夫だ。あいつは私にさほど興味がないみたいだからな」
「そうか。ならいいが…」
「納得したようだな。だったら、さっさと帰ったほうがいいんじゃないか? 騎士団とやらはそんなに暇なところではないだろう?」
「言われなくてもそうするつもりだ」
エレナは立ち上がり、盾を持つ。グロリアに近寄り握手を求めた。真剣な顔つきのエレナ、その手を彼女は握った。
「ハントを頼む」
「ああ。死にはしないだろう」
「できれば丁重に扱ってくれ」
「あんたはあいつの母親か?」
「違う! …大切な人だからだ」
「一つ聞きたい。エレナさんはなんで、ハントのことが好きなんだ?」
「へ?」
「無謀なところ以外、どこにでもいるような男のようだが」
「好きに理由など必要か?」
「…そうだな。ただ、気になってな。それだけだ」
ハントが好きな理由…。幼い頃から身近にいたからかもしれない。気がつくと好きになっていた。顔、性格、匂い…全部が好みだ。幼馴染補正があるのかもしれないが、決してどこにでもいるような男ではない。そして、普通の男はこんな危ない森に単身乗り込んだりすることはない。
「あえて言うなら、全てだ」
「ほう。それはそれは、ずいぶんと溺愛しているようだ」
「万が一、手を出したら、私は許さないぞ」
「どうかな?」
茶化すような笑みを浮かべるグロリアに、エレナはムッとした表情をした。
「ところでエレナさん」
「なんだ?」
「見たところ、テレポリングはつけてないようだが…大丈夫か?」
「テレポリング? なんだそれは?」
「そうか。知らないのか」
「知らないとまずいのか?」
「あんたは強いかもしれないが、万が一のときがある。そのときに命綱となるものだ。身につけておいたほうがいいと私は思うがね」
「必要ない」
「ほう。それはよほどの自信があるということか」
「魔物が複数出てきたところで、私の防御円は崩れない。攻撃が当たらなければ、どうということはない」
「…そうか。ならもうなにも言うまい」
「失礼した」
エレナは、ハントを追いかけることをやめ、騎士団に戻っていった。
棘がある口調であまり好きにはなれないが、一応、グロリアさんには感謝している。自分の中で納得がいったからだ。ただ、会いたいという思いは変わらない。
後で手紙を送ろっと。
そんなことをしたたかに思う彼女だった。ただ、手紙を送るにも運び手がいないことに気づき、がっかりしたのは少し先の話。
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