第31話 成長への実感

「依頼を受けたものですが…」

「ああ。やっときてくれた。こっちだ」

 酒場のおじさんが依頼主で、ハントはネズミ退治の依頼を受けた。おじさんは地下倉庫の階段を下っていき、部屋の明かりをつける。木箱があり、棚が置いてあった。近くには開いてある木箱があり、チラッとそこから酒瓶が見えた。

「いやあ。依頼出してもなかなか来てくれないから、もうダメかと思っていたよ」

「ここにネズミが?」

「ああ。何匹いるかわからんがな。退治しようにもすばしっこくって無理なんだ」

「わかりました」

「じゃあ頼むよ。終わったら声かけてくれ」

 店主はそう言うと、上がっていった。

 報酬一万の仕事だ。安くもないけど高くもない。さて、どうしたものか…。

 普通の方法では無理だ。だとしたら、まずは…。

 木箱がない開けたところで、防御円を作った。黒みがかった円がハントの体を覆う。

 ふと疑問に思うことがあった。この防御円。近づいて触れたらどうなるのだろう?

 試しにそのまま、木箱のほうに近づいた。円に触れると、木箱がガッと弾かれたので、慌てて身を引く。

「あっ。やっぱり触れたらダメなんだな」

 物なら大丈夫…って、そんな都合のいい話はないか。となると次は…。

 魔力体の変化だ。ハントは闇と風の二種属性持ち。闇は接着、風は移動が得意。

 接着と移動か…。どうすればいいんだ? いや、ていうかここからどうやって発展すればいいんだ?

 盾術でいうところの攻の段階。エレナが複数の剣を作り出して飛ばしたようにやればいいのだが…。

 試しに防御円をそのまま上に移動してみる。しかし、自分自身が弾かれそうになり、怖くてやめた。

 どうすりゃいいんだよ。というか、ここでやることじゃないよな…。ちゃんとできることを確認して依頼に臨めばよかったかも…。

 困ったぞ、とハントは悩む。

 ん~。自分が弾かれないようにすればいいのか。じゃあ、このまま円を崩せばいいのかな?

 単純な話だった。ハントは後ろ側の円をなくし、前方を半円にした。円を維持しつつ加工するような作業はなかなか難しく、じょじょに円を崩していく。魔力とは別に精神力が削られていくようで、なんか苦しい。ようやく半円ができてから、移動。それはゆっくりと動き、体から離れていく。

 おおっ! 正解のようだ。いったん半円にすればいいんだな。

「なんだ。簡単なことじゃないか。はは…」

 満足、満足。じゃあ帰ろうか、じゃなくって。

 ネズミ退治をしなくてはいけない。幸い、魔力体の移動は得意なようだ。半円を小刻みに移動することに苦しさを感じない。

 さて、この身体から離れてくれた半円をどうするかだが…。

 試しに床にぶつけてみるとどうなるんだろう?

 …ちょっと怖いけどやってみるか。

 半円をゆっくりと下の床に近づけてみる。

 ガガガガガッ!

「ああっ!」

 床が削れた。驚きのあまり、魔力を注ぎ込むことをやめ、その半円を消す。

 いや、そうなるよな。バカか俺は。

「ま、まあいいか。バレないだろう。このぐらい…」

 屈んで、床を確認。

 近くで見ると凹んでいるが、遠くから見るとわからないだろう。

 気を取り直し、立ち上がる。

 魔力体自体、刃物のようなものなんだ。あまりうかつに移動とかやると刃物を振りまわているみたいで危険だな。半円もできたってことは細長くすることも可能かな? …やってみるか。

 ハントは防御円を作り、半円に変形、そこからさらに長方形へと変化させた。まるで粘度のようだが、すごくきつい。エレナは簡単に変化させていたが、これは得意属性ではないからだろう。

「くっ…」

 どうにか長方形を作り出すことができた。さらにそれを立てたまま移動し、床へと近づけていく。今度は傷つけないようにそっと…そおっと…。

 屈んで、ミリ単位の調整を行う。

 こ、このぐらいか。

 部屋の真ん中にバリケードを設置できた。

「よし。これでいい。なんか汗かいてきたな。あとは…」

 ネズミどもを魔力体バリケードに向かわせてやればいいのだが…その間、当然のことながら魔力の消費は続いているわけで、ハントは呼吸が乱れてきた。

「も、もう無理だ」

 一旦、バリケードを消す。

 やばっ。魔力体維持するだけでも大変だ。というか、ネズミがどこに隠れているのか、あらかじめ見つけるほうが先だな。

 優先順位を修正し、まずはネズミの居所を確かめる。棚を揺らしたり、木箱を叩いたりする。すると、奥のほうで動くような気配がして、ハントはビクッとなった。

 …ゴキブリじゃないよな? いや、ネズミのほうがびびるか。

 この依頼、不人気な理由がここにあると思った。虫とかネズミとか、好きなやつは少数だ。汚いし、報酬はイマイチ、そりゃあ誰も手をつけないだろう。

 しかし、今は金がほしい。それプラス魔力体変化の練習になる。一石二鳥だ。

 この辺りにいるという目星がついたあと、ハントは少し休憩した。床に座り、はあっと息をはく。

 魔力体の移動は苦ではない。問題は変化のほうだ。それはしんどい。できればやりたくないが、仕方ないか。

「よしっ。やるぞ」

 ハントは立ち上がり、胸に手を当てた。半円から長方形へと変化させ、それを床上ぎりぎりのところまで持ってくる。

 よ、よし。あとはネズミどもをここに…。

 ハントは隠れているであろう木箱をゆすった。すると、ネズミたちがシャーと横を通り抜けていく。そっちにはバリケードがあり、ぶつかったネズミは弾かれた。棚に衝突して、床に倒れる。

「やったっ」

 ちょっと可哀そうな気もするが、仕方ない。ネズミは仰向けに倒れたまま、息絶えていた。

 とりあえず一匹か。まだいるのかな?

 そのあと、ネズミ退治は続いた。ただ、そうそううまくはいかない。端っこのほうのネズミを物音などで移動させたとしても、その逃げ先はバリケードがある方向とは別だったりするわけで、その間、魔力を使い続けるため、すぐにばててしまった。結局、三匹ほど退治したところで動けなくなり、へとへとになった。

 階段を下ってくる音がして、おじさんが入ってきた。心配になり、様子を見にきたのだろう。

「三匹は退治しましたが、これ以上はちょっと…」

「おおっ。そうか。ご苦労さん。まだいそうか?」

「そうですね。たぶん…」

「そうかあ。全部退治できなかったか」

 残念そうなおじさんだったが、これ以上続けるのは無理だと判断。ハントは酒場を後にした。本当だったら完璧に依頼をこなしたいところだが…。ギルドに行き、受付嬢に完了の報告をする。後日確認後、お金がもらえる。

 腹が減ったので近くの店に行き、食事をとった。そのあと、宿屋に向かう。幸い、部屋は空いていた。ただ、少し迷った。

 一泊三千ゴールド。野宿して我慢すれば目標金額には近づく。

 …いや、でもお風呂入りたいし、泊まろう。それにベッドで寝たい。

 誘惑に負け、泊まることにした。部屋は階段を上がったすぐのところにあり、サイズは一人用なので六畳ほどのサイズ。さっそくお風呂に入ろうと暑苦しい鎧を脱ぐ。久しぶりのお風呂は最高だった。

「あ~。生き返る~」

 湯船に浸かると、温かいお湯が体の奥にじわじわと浸透していくような感じがして、心地よかった。たまに入るとこんなに違うもんなんだなと驚きつつ、考え事をする。

 俺の課題は魔力体の変化だな。変化ってなに属性なんだっけ? …まあ、関係ないか。なぜなら俺は全属性持ちになる予定だからな。

 今日で四日目。もう折り返しか。なんとか目標はクリアしたいけど、ちょっと厳しくなってきたな…。どうしても生活費はかかるし、節約しようにも工夫のしようがない。…いや、ちょっと待てよ。食費はまあ置いておいて、この宿屋の三千円。工夫すれば安くなるんじゃないか? でも、どうやって?

「ん~…」

 テントで生活。…可能だが、夜は冷えるしな。宿屋でバイト…。バイトかあ。そういやバイト募集のチラシがあったけど、一時間七百円だったな。八時間働いて五千六百円か。宿泊費三千、食費を引くと残りは千ちょっと…。き、厳しい。バイトはないな。

 考えているとのぼせてきたので、風呂から上がった。私服のまま寝ることになる。下着も着っぱなしなので汚い。そろそろ洗いたい。公園に行って洗うか。洗濯機はあるけど、少しでも節約しよっと。

 ハントは疲れていたので、すぐに眠りにつけた。

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