第24話 冒険者登録
ハントは宿屋の外に出た。日が刻々と沈んでいくのがわかる。雨、風が防げるような場所を探そうとしたが、そうそう都合よく近場にあるものではない。しかたなくベンチを探し、そこに座った。雨が降らないことを祈りながら…。
まあ、雨が降ってきたら店の屋根を借りよう。それぐらいだったら、怒られはしないだろう。
夕方近く、このままボケーとしていてもしょうがないので、冒険者ギルドへと向かった。そこには依頼が集まってきているはずだ。利用したことはないので、ちょっと勇気がいる。入り口のところまで来ると、女子がきょろきょろと辺りを見渡していた。先ほど宿屋でハントを邪魔者扱いした魔法使いだ。彼女も初めてのギルドなのか、ためらっているようだった。しばらく様子を見ていたが、こっちは時間がない。ハントは動き出し、女子が気づいた。ペコリと頭を下げ、先に中に入った。
中はカウンターがあり、受付嬢がいた。結構広いスペースで、掲示板には複数の紙が貼られている。
「いらっしゃいませ。初心者のかたでしょうか?」
「あ。はい」
「そちらのかたも?」
そちらのかた? ん?
後ろを見ると、先ほどの女子が立っていた。ハントのあとに入ってきたのだろう。目線を合わせると、プイッと顔を背けられた。
こいつ…。そんな露骨に態度であらわさなくてもいいだろ…。
「私も、です」
「そうですか。まとめて話をしても大丈夫ですか?」
「はい」「かまわないわ」
「では、説明しますね。初心者のかたには、まず最初に登録を行ってもらいます。そのあと冒険者カードを発行します。お仕事の依頼は、そちらの掲示板をご覧ください。受けたい依頼を見つけたら、依頼用紙に書かれている番号を依頼申し込み用紙に書いて、私に持ってきてくださいね。なにか質問はございますか?」
「未成年はダメとかそういう決まりは?」
「あ、十八才未満のかたは親の同意が必要ですが、そうなのですか?」
「え? い、いや。違うわよ」
目が泳いでいる。おいっ。嘘つくな。
ハントから質問はなかった。やらなきゃわからないからだ。質問はやってからポンポンと出てくるものだ。
「そうですか。では、冒険者カードを発行しますか?」
「します」「ええ」
「発効までには少々お時間をもらいます。この冒険者登録用紙に名前、住所などの必要事項を書いて提出したあと、発行まで少しお時間がかかります。その間、掲示板を眺めてもらっててもいいですよ」
ハントは登録用紙に住所を書くところでペンが止まった。…グロリアさんの家? いや、あそこの住所ってどう書けばいいんだ? 魔樹海の森とか書いたら怒られそうだし…騎士団区域の住所にしておくか。
受付嬢に提出した後、ハントは言われたとおり、掲示板を眺め始めた。目標は十日で二十三万。なので、できるだけ大きな報酬を狙いたい。魔物退治関係が多いのは、ここが魔樹海の森に近いからだろう。グロリアさんが駆除しているが、あくまでそれは村へ危害を及ぼそうとしている魔物たちであり、このテレンゼ方面は関与していないと思う。
「ん? 大会?」
他とは違う依頼に目が止まった。三日後、この近くで大会が開かれるという。優勝賞金は百万。その金額がドンッと出ているので、そっちにも興味が引く。それは同じように眺めていた女子も同じだった。肩が触れ合う距離まで近づいてきて、お互いの存在を知った。
あ~。見づらいな。俺は時間がないんだってば。
ハントは譲る気はなかった。それを察知してか、その魔法使いはバッと紙を剥がし、近くのテーブル席に座った。
「あっ…」
女子はハントの声にも反応を示さず、というかどうでもいいこととして、紙の内容を確認しているようだった。
こ、こいつ…。奪い取ってやろうか。
などと怒りが湧いたが、いやいや落ち着けつけと、依頼探しに戻った。少ししてから依頼の紙が戻され、彼女はそれに決めたのか、小さな申し込み用紙に番号を書いて提出。そして冒険者カードを受け取ったあと、用はないと出ていった。すぐにハントは戻された依頼書を眺める。そこには集え、健脚者たち! とあった。
ふんふん…。塔の頂上にある宝を先に持ち帰ってきたものに、百万か。これはすごいな。でも、宝ってなんなんだ? それ以上の詳細はなにも書かれていなかった。百万あれば、欲しいもの買ってもお釣りがくる。グロリアさんを驚かすこともできる。札束をドンッと机に置き、目を丸くする彼女の表情が目に浮かぶ。そしてドヤ顔の俺。
ふふ…。よし、これでいこう。
ちょうどいいタイミングで、冒険者カードが発行できたようだ。受付嬢からそれを受け取り、申し込み用紙を提出。
「あ。先ほどの女性と同じですね。知り合いですか?」
「いや、違います」
あんな不愛想でツンツンした知り合いはいない。
冒険者カードには名前、ランクが書かれていた。それをポケットに入れて、外に出る。少し歩いていると、雨がポツリと頬に落ちてきた。
げっ…。
本降りになってきて、そこで立ち往生する。中に入ってもいいが、今出ていったばかりだ。雨が止むまで待つことにした、のだがなかなかやまない。辺りは暗くなっていくばかりで、外で寝るのはやっぱり嫌だった。
…ていうか、このギルドのスペース使わせてもらって寝ることってできないんだろうか。
ギルドハウスに戻り、受付嬢に聞いてみた。困ってるような素振りを見せると、「少々お待ちください」と言って、彼女は奥のほうへ。数分後、戻ってきた。
「無理だそうです。ただ、閉店後、建物の入り口の部分は使ってもいいとのことです」
「そうですかっ。じゃあ、使わせてもらいます」
「はい。二十二時から七時までは閉店ですので」
ニッコリと微笑んでくれる彼女。女神かな?
屋根があるところにいてもいい許可が下り、不安がだいぶ解消された。雨はまだ降り続いている。
そういえば…。さっきのやつも宿屋、泊まれないんだったな。今頃、困ってるだろうか?
…いやいや。どうでもいい赤の他人だろ。それに俺のことを邪魔者扱いしたり、自分だけ依頼を見るような自分勝手自己中の塊みたいなやつだ。放っておいていい。天罰が下ったんだ。
夕食はその辺りの店に入った。料理道具はナイフぐらいしかないので、店が手っ取り早い。カレーを注文して、お腹いっぱいになった。久しぶりのカレーはおいしかった。店を出ると、さらに雨が強くなっていた。
そういえばあいつ…今頃ベンチでガタガタ震えてたりして…。いやいや、関係ないだろ。どうでもいいだろ…。でも…俺だけ得みたいでなんか嫌だな。
…くっ。しょうがないな。探し出して、教えてやるか。
雨は、どうやって防ぐかだが。傘買おうかな。でも、傘買う金すら今はおしい。
って、あっ! 今日、修業してない!
ここでハントは、鎧術を使う修業をしてないことに気づいた。
「ああ、しまった。つい…」
今日はやめておこうか。今日ぐらいだったらいいよな~…なんて、ダメか。それはダメな思考だ。
面倒くささが襲ってきて、店の外で雨をボーっと眺めていた。すると、閃くものがあった。
鎧術は防御魔法だ。だったら防げるんじゃないか? 雨。
やってみるか。
胸に手を当てて、黒の防御円を発動する。少々目立つが、修業と雨に濡れないことの両立できるかどうかの実験だ。周りの目を気にしている場合じゃない。
ウンッと防御円を形成できた。それを維持しつつ、雨の中に一歩踏み出す。
「お、おおっ」
濡れない。雨粒は頭上の防御円によって跳ね返っている。
これはいいぞ。本来の使い方じゃないが、これであいつを探しに行くか。
ハントは店を離れ、公園のほうに向かった。
公園の中は暗かった。街灯が一つベンチを照らしているだけで、活気がないそこには幽霊が出そうな雰囲気さえあった。
いない…か。ベンチにもブランコにもいない。あとは大きな滑り台で、そこには屋根がついている。いる可能性があるとすればそこだった。近づいてみると、猫の鳴き声がして、人の声が耳に届いた。
「お前も一人? よしよし。今日は一緒に寝ようね」
それはあの魔法使い女子の声だった。穴の中を覗くと、果たしてそこに座っていた。優し気な表情をして、猫をなでている。
なんだ。そんな顔、できるのか。
見ていると、彼女は気づいたのか、ハントを見てきた。目つきの悪い表情に変わる。
「だ、誰!?」
猫は奥のほうへと逃げていった。
見つかってしまっては、と姿を見せる。
「あ、あなたは…。もしや、この場所を横取りにきたのね!」
「い、いや俺は…」
「防御円をしているのがなによりの証拠!」
彼女は杖を構え、ハントのほうに向けてきた。魔法を使うような雰囲気だったので、外へと逃げる。
「ま、待て! 話を…」
「話すことなんてない! 消えろ!」
獰猛な魔物と対峙しているかのようだった。これではまともな会話はできないだろうと、ハントは引くことにした。
せっかく有益な情報を話してやろうかと思ったのに。もういい。あいつなんて知るか。
ハントはプンスカ怒り、ギルドの入り口前に戻った。疲れが出て、それがピークに達する。防御円は解かれ、「はあっはあっ」と呼吸が乱れた。
結構、持ったんじゃないか? 三分ぐらい?
日々進化している…。それがやる気に直結していた。
壁を背にして座り込む。雨粒を見ながら、今頃、エレナはなにをしているのだろうかと考えた。地図を広げる。ここから騎士団があるフレン城下町までは南西の方角だ。もし魔装具を買えたとして、帰りはグルっと回ってみるのも悪くない。つまり、南へ下り、西へ。そして騎士団にいるエレナがどうしてるか、ちょっと様子見をしてから帰る…。会うのはまだ早いよな。やっぱりもっと強くなってからか。強くなって…驚かしてやるんだ。
ところで、エレナはテレポリングを知っているのだろうか? いや、彼女は強い。そんなもの必要ないのだろうが…グロリアさんが言ってたことが気になる。強さは仕組み。しかし、あまりにも強い場合は、それにあてはまらないと思う。他を凌駕する圧倒的な力…。かつて魔王と呼ばれる魔物がいて、それに打ち勝った勇者のように、そして過去、戦争で戦い、勝利に導いた英雄たち…。負けることがないのなら、そんな仕組みは不要だろう。結論、グロリアさんが弱いだけだ。…なんて偉そうなこと言ったら怒るんだろうなあ。
眠気が襲ってきたところで、眠ることにした。毛布はないので寒いが、どうにか我慢できた。
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