第25話 もう我慢できないっ
「あの…団長」
「なんだ?」
昼、地下で四人は食事していた。エレナ、サリー、クロス、ルッカの四人だ。クロスはサリーのベッド近くのイスに座っている。少し距離を置いたところにテーブルがあり、エレナとルッカの二人が座っていた。問いかけたのはクロスだ。
「なんか全然元気ないですね。やっぱりハントがいないからですか?」
「な、なにを言う。私は平気だ。ちょっと風邪をひいていてな…」
「無理しないほうがいいですよ」
「…大丈夫だ。心配ない」
エレナは立ち上がり、「んん…」と背筋を伸ばした。そして入り口のほうに歩いていき、
「少し体を動かしてくる。食器は洗っておいてくれ」
「わかりました」
パタンとドアが閉められた。彼女の姿が見えなくなったところで、ルッカがお喋りを始める。
「やっぱり、ハントくんだよ。原因は。そうとしか考えられないよ」
「…そう、だよな。ハントのやつがいなくなってから、ずっと風邪をひいているなんてこと考えられないからな」
「恋人っていうのもハントくんのことじゃないかな?」
「それは…違うだろ」
「へえ。なんで?」
「もし、恋人があいつだったとしたら、俺の…。いや、なんでもねえ」
「ああ…そういやクロスは団長のこと…」
「あまりそのことを人前で言うな」
厳しい口調に、ルッカはたじろぐ。
「わかってるよ…」
ふふっと笑ったのはサリーだ。彼女はベッドの上でずっと三人の様子を観察するように眺めていた。
「初々しいわね。こういうのを何ていうのかしら? 三角関係?」
「うわあ。サリーさん。絶対楽しんでますね?」
「まあね。私、関係ないんだもの」
「うわっ。そういうことはっきり言う」
「なあ。サリーさん。君は、なにか知ってるんじゃないか? 団長とハントのこと」
「そうね。知ってるかもしれないわね」
「やっぱり。じゃあ教えてくださいよ」
ルッカは関心があるようで、期待で目をキラキラさせてきた。
「気がのらないわ。パス」
「ええっ!」
「そんなあ! サリーさん!」
二人の残念そうな声を聞いたあと、ごろんと寝転がって読書を再開する。
言ってもいいんだけど、このままにしておくほうが面白そうね。
それから二人からのお願いを無視し、読書に集中するのだった。
それよりも気になるのは…あの件ね。そろそろ来るころだと思うけど…。
昼休憩が終わり、二人が出ていったあと、少ししてからノック音がした。入ってきたのは兵士の男だった。彼女は本を置き、起き上がる。
「失礼します」
「どうだった?」
「はい。日に日に闇よりに触れてますね」
「そう。やはりね」
「なにが起きたんでしょうか? 最近はずっと聖のほうに触れていたらしいのですが…」
「ちょっとね。心当たりはあるんだけど、どうしようもないことだから…」
「このまま、さらに闇に触れるようなことがあれば…」
「また場所を移す? 今度はどこかしら? 教会?」
「いえ。そこまではまだ…」
「のろのろしてると大変なことになるわよ。まあ、あなたに言ってもしょうがないでしょうけど」
「…失礼しました」
兵士は部屋から出ていった。
ドラゴンを一人で倒した聖騎士。強力な聖属性のオーラを発する彼女のそばにいることで中和できる…その効果はあったんだけどね。オーラの強さは感情に左右される…。ハントくんが抜けたのは予想以上に大きかったわね。助言してしまったのは、失敗だったかもしれないわ。同じ闇を背負うもの、その境遇を自分と重ね合わせて、私もほんの少しだけ情が移ったのかも…。
サリーはため息をつき、本に目を落とした。
◆◆◆
「今日の訓練はここまでだっ」
部下たちがやっと終わったと盾を返却後、寮のほうへと引き上げていく中、一人残っていたのはペレットだった。
「ん? どうした?」
「団長、お話が…」
「なんだ?」
「ここではちょっと…。体育館のほうに行きませんか?」
「ああ…」
彼女から話とはなんだろう? また居残りをしたいとか、そういったものか?
それにしても、会えるまであとどのくらいあるのだろう? 一年じゃなくて一か月にすべきだったかもしれない。それほど、彼に会いたくてうずうずしている。
男には覚悟しなければいけないときがあると聞く。そういう表情をハントはしてたから、これは私が譲る場面だと理解した。理解してはいたのだが、そのことが現実になると…ああ…胸が苦しい。行先を告げないということは危険なことをしているということじゃないか。もし、命の危険にさらされていたとしたら…。
最悪の事態を想定し、思わずエレナはため息をもらした。
「団長?」
「え? ああ…。すまない。体育館だったな」
狭い体育館に照明がついた。中に入る二人。今、ペレットは盾を持っていない。なので、居残りではないことはわかった。人には言えないプライベートな話だろう。
ペレットは少々気難しいところがある。人をあまり信用していないのか、話しかけられても無下に扱う。それが重なっていくと、周りの仲間たちも彼女にはなるべく触れないようになっていく。現に今、そうなっている。それではまずい。いざとなったら仲間の助けも必要だ。そのとき、手を貸してくれる仲間がいなかったら、最悪命を失う。ベタベタとしなくていいが、なるべく普通に接してほしいところだ。
ペレットは今、制服を着ていた。騎士の制服は男女とも地味だ。白を基調とした長袖に、黒の長ズボン。ただ、女性には胸元にリボンがある。
「だ、団長」
「なんだ? 話というのは」
「その…言おうかどうかずっと悩んでいたんですけど…」
いつもの強気な態度とは違い、今の彼女はもじもじとしていて落ち着きがない。二人きりになったとたん、別人のようだ。この感じ、なにかと似ているな。なんだっけ?
いやな予感がしたが、彼女の上官は私だけ。吐き出す相手も私だけなのだから、聞かないわけにはいかない。
「なんでも言ってくれ。相談に乗ろう」
「じゃ、じゃあ言いますけど…。えっと、その…団長には恋人がいるって話…聞きました」
「あ、ああ…」
ルッカに話したので、彼女が情報を流してあっという間に広がった。広がっていい情報だったから問題ないが。
「もし…もしですよ? そのかたとうまく行かなくなったら、わ、私と…なんてどうですか?」
「は?」
思考が固まってしまった。ハントの顔でいっぱいになっていた頭の中が真っ白になる。
ん? 私となんてどう? というのはどういうことだ?
「で、ですからっ。私、団長のことが好きなんですっ!」
ええっ!?
待て待て待て。ペレット、君は女だろ?
「ちょ、ちょっと待ってくれ。君は…」
「男とか女とか、関係ないです。この気持ち…押さえられなくって…」
「あ、え?」
「変ですか? 私、変です、よね?」
泣きそうな彼女の顔が間近にあった。そんな表情を見ると否定することはできなかった。
「いや…なんというか…変ではないよ」
「そうですか? じゃあ…この気持ち、受け取ってくれますか?」
「あ、ああ…」
「うれしいです」
抱き着かんばかりに迫ってくるペレット。
う…これって抱きしめないといけないパターンなのか?
ゆっくりと彼女の体が近づいていき…軽くハグしてあげた。銀髪の頭を優しくなでてやる。
なにやってんだろ、私。こんなところを誰かに見つかったら…。
「えっと。そろそろいいか?」
「あ、すみません」
彼女は名残惜しそうにエレナから離れた。
「では、団長。お先に失礼します。おやすみなさい」
彼女は白い歯を見せて、手を振った。振り返すエレナ。ペレットの姿が見えなくなり、照明を消す。
なんか別の問題が出てきて、どっと疲れが出てきた。
「今日はもうさっさと寝よ…」
女子寮に戻り、風呂に入る。その際、ペレットと鉢合わせしたら気まずい、というか、変な展開になる可能性もあるので、遅い時間帯を狙って入った。共同の風呂、その湯船は温く、すぐに出た。
ペレットのやつ、部屋には入ってこないよな?
脱衣所から部屋へと戻る中、なぜか緊張してしまった。部屋へと戻り明かりをつける。
はあ…。あ…。
ここで気づいたことがあった。
そうか。今のこの状況ってハントが私に対して感じてることだったかもしれない。好きとはいえ、そんなにベタベタするのもよくないかも…。いや、でもなあ…。
「ん~…」
頭をくしゃくしゃさせ、イスに座った。机の引き出しから手紙を出す。ハントからもらった初めての手紙だった。一生、保存しておくつもりのそれを開く。短い文がそこに書かれていた。
住所は嘘です、でも心配しないでくれ。
「心配するしっ!」
ドンッ! と机に頭を打ちつけた。頭の痛さよりも今は心が痛かった。でも、こんなに頭突きしているとバカになるかもしれないから、今後、やる頻度は少なくしておこう。サリーにも変な目で見られるし。
ハントの大バカめっ。なんで嘘なんか…。せめて手紙ぐらいいいじゃないか…。恋文ぐらい、いいじゃないか…。ん?
手紙の下の空白をよく見ると、消したあとがあった。
あれ? もしかして、ハントが消した? いったいなにを書いたというの?
そばにあったえんぴつを手に取る。消したであろう箇所、その上を薄くえんぴつで埋めていくと、書いていた文章が浮かび上がった。そこには次のような衝撃の一文が飛び込んできた。
実は、魔樹海の森に行きます。
「ま、魔樹海の森だと!?」
あそこは魔物がうじゃうじゃいる危険地帯。ハントが危ない!
「もう、我慢できないっ! 私は行くぞ!」
エレナは旅の準備をする。危険なところに行くため、鎧をつけ、盾も忘れない。そして深夜、後先考えずに騎士団を後にした。
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