第23話 全属性優位への決意
闇属性以外の属性を高めることで戦いの幅が広がる。そのことに気づいたハントは、属性を上げるための方法を彼女に教わる。居間のテーブルに向き合うようにして座った。
ああいう戦い方ができるようになる、そう思っただけでテンションが激上がりした。願わくばエレナのようなかっこいい戦い方をしたい。
…いや、違うか。どうせだったら…。
ハントは頭の中に妄想を広げていく。それはエレナが魔王級の魔物によって苦しんでいる姿だった。そのときに華麗に参上し、彼女を守るようにして立ちふさがるのは俺。そして、その魔物を瞬殺。エレナが「かっこいい…」と背中の俺を見て、惚れ直すというものだ。そうなれば最高だ。
「お~い。ハント? 帰ってこい」
目の前でブンブンと手を振られ、現実に戻ってくる。
「あっ。はい」
「大丈夫か、お前? で、どの属性を高めるつもりだ」
「…全部です」
「は?」
「だから、全部です」
グロリアはすくっと立ち上がる。クエスチョンマークのハント、その頭部にげんこつが下ろされた。ガツンッという変な音がしたかと思うと、痛みが走る。あまりに痛いので涙が出てきた。
「バカかお前はっ!」
「な、なんでですかっ!」
「なんでですか、じゃない! そんなことできるわけないだろ?」
「誰がそんなこと決めたんですか?」
「かつて、そんなやつ存在しなかった。そして今後も存在しない」
「グロリアさんは未来が見えるんですね。知らなかったですよ」
「お前…。生意気言うようになったじゃないか? ああ?」
怖い表情が間近に迫ってきたので、苦笑いで返した。
「なに言っても無駄のようだな」
「やりますよ。俺は。全属性優位。かっこいいじゃないですか」
「お前、本当にバカだな」
目をキラキラさせているハントに、はあっとため息をつく彼女。
「いいか? 全属性優位なんて、一見、オールラウンダーみたいでかっこいいと思えるかもしれないが、扱うのがかなり難しいぞ? そして、中途半端になる。結果、飛びぬけてるやつには勝てない。…おい。聞いてるのかお前は!」
「いたたたたた…」
今度は耳を引っ張られた。暴力反対だ。
グロリアは対面のイスに座りなおした。
「どうあっても聞かないようだな。まあ、いい」
「じゃあ、早く教えてください。早く」
ジト目のグロリアは少し可愛かった。
「…例えば火の属性を高めるためには、一番いいのは火属性の魔力を浴び続けることだ」
「はあ…」
「場所でいうと、火山だな」
「か、火山? 死ぬじゃないですか?」
「だから、一番いい方法といったんだ。次にいいのは魔装具だな」
「俺のつけてる鎧とか、ですね?」
「ああ」
「じゃあ、全属性の魔装具を買いましょう」
「即決か。お前…お金ないだろうが」
「稼ぎますよ」
「どうやって?」
「それは何とかして」
「やはりお前は勢いだけのバカだ。今、やれることをやれ。話はそれからだ」
「もちろんそれもやりますよ。でも、目的は必要じゃないですか。それに自分がやりたいものだったら、その準備は早く始めたほうがいい」
「…ほんと生意気なやつだな。テレポリングなしに、ここから追い出したくなってきた」
「いや、それはやめてください。死ぬので」
「どうしても稼ぎたいというのなら、村ではなく街にいけばいい。ここから東に十キロほど進んだところに街がある。冒険者ギルドの依頼をこなせば、貯まるだろう。魔装具屋もあるしな」
「行きます」
「私はついていかないぞ。ここが私の仕事場だからな」
「わかりました。修業もちゃんと継続します」
「そうか。わかった。なら、もう言うことはない」
「さっそく明日、出発します」
「早いな。一応、テレポリングをつけておけ」
「貸してくれるんですか?」
「お前は一応、私の弟子だ。死なれては目覚めが悪くなる」
「ありがとうございます」
そんなこんなで、急遽街に行くことになった。そこでお金を稼ぎ、全属性の魔装具をつけ、全属性優位にする。誰もなしえなかったこと、例え失敗したとしても、それまでの経験がなくなるわけではない。だから、挑戦することに決めた。
夕食を食べ、毛布をかけて横になる。
一人で行くとなると、途中で魔物に出会ったらどうするか…。テレポリングがあるとはいえ、無用な争いは避けたい。逃げるのが吉だな。あと、帰りはどうするか、だが…。あ、でも、ここまで戻ることは簡単だな。
ハントは気づいた。
テレポリングをして、危険な状態になればいい。リスクは高いが、できないことはない。ただ、そんなことをするよりも、魔法自体を発動させることは可能か明日、聞いてみよう。
早朝、彼女に紅茶を入れた。朝食の準備をしてからイスに座る。
「グロリアさん。テレポリングは、任意でテレポートを発動させることってできますか?」
彼女はすぐに答えず、カップに口をつけてから少し間を置いた。
「お前の考えてることはわかるぞ。テレポートを使って、ここに戻ってこようとしてるのだろう」
すぐに気づかれたので、苦笑いで返す。
「可能だ。腕輪の両側にスイッチが二カ所ある。それを同時に長押しすればいい」
「あ、なんだ。できるんですね」
「ただし、テレポートは使用回数がある。あまり使わないようにすることだ。残数は見ればわかる。腕にはめたとき、通常なら青く光るが、なにも反応しなくなる」
「便利ですね」
「高いがな」
グロリアは強調するように言った。お前のためにお金かけてやってんだぞ、という心の声が聞こえてきた。
「恩返しはしますよ。グロリアさんには世話になりっぱなしなので」
「そうか。期待しないで待ってるよ」
「期待してくださいよ…」
「ふっ。ハント。人にはあまり期待しないほうがいいものだ。するなら自分に期待しろ。じゃないとがっかりするからな」
「そういうもんですか。年の功ってやつですね」
「ああ?」
うっかり口が滑った。視線を避け、急いで準備を済ませる。鎧を着て、リュックを背負った。今や鎧は頼もしい味方のようなものだ。
「じゃあ、行ってきます」
「ああ。魔物が出ても、なるべく戦うなよ」
「わかってますって」
「それと、これを持ってけ」
彼女から地図とコンパスを渡される。
「お前のことだから、そのままなにも持たずに進む気だっただろう?」
「テレポリングがあるから大丈夫かなと…」
「おい…。過信しすぎだ。そういうやつが一番、危ないんだ」
「でも、グロリアさん。優しいんですね」
「無謀なお前には、これは最低限の行為だ」
「はは…。じゃあ行ってきます」
靴をはいて、いよいよ出発。グロリアは腕組みして口を開く。
「いつ戻るんだ?」
「…全属性魔装具を買えたあとです」
「…そうか。なるべくなら期限を設けろ。そのほうが目標を達成しやすい」
「はい」と返事してドアを開く。家の外に出ると、空気が冷たかった。薄暗い中、グロリアに手を振って別れる。ここから東に十キロの街。そこまで行けるかどうか不安だったが、やる気がみなぎっている。なんかやれる気がした。森は迷いやすく、人が通るような道はない。さっそくもらったコンパスを頼りに進んでいく。川があり、丘を越えて二時間ほど経過した。ちょうど座れるような高さの石があり、休憩することにした。水筒の水を飲み、ふうっと一息つく。
ガサガサ…。
「ん?」
魔物かと思って、身構える。案の定そうだった。そいつは魔樹海の森によくいるのだろうか、人型二足歩行で、牙と爪を生やしたトカゲ顔のやつだった。
たしかこいつは…森の手前で会ったのと同じ魔物だ。あのときはグロリアさんに助けてもらったが、今なら…。
いやいや。グロリアさんには逃げろと言われたばかりだろう。それに、いちいち戦っていたらキリがない。それは向こうも同じで、立ち止まっていた。
あのときは恐怖で頭がいっぱいになり、後退するもつまづいてこけた。そこを襲われた。もう二度とそんな失敗はしない。
魔物までは距離があった。なので、ゆっくりとリュックを背負い、じりじりと離れることができた。背中を見せると襲ってきそうなので、後ろに下がる。石につまづかないようにすることを忘れない。やがて、魔物の姿は見えなくなった。
「ふう…」
息を一つはく。できれば己の実力を試したかったのだが、それはまたの機会にしておこう。
東へ東へと進んでいく。昼食を食べた午後、魔樹海の森を抜けた。森を抜けたことは一目でわかった。草原の中、人が通るような道があったからだ。これを辿っていけば街につくだろう、と進んでいく。
そういや、目標を設定するように言われたな。期限か…。まだ値段がわかってないから、なんとも言えないな。それを確認してからだろうと、やっと着いた街の入り口をくぐった。そこは騎士団があったフレン城下町とさほど変わらない大きさの街で、テレンゼという名前だ。宿屋よりもなによりも、さっそく魔装具の店へと入った。武器屋は剣の看板、防具屋は盾の看板、目的の場所は杖の看板だったのでわかりやすい。
「いらっしゃいませ」
カウンター向こうにはバイトのお姉さんがいた。杖や剣、盾などが並んでいる。
これ全部、魔装具なんだな…。
フレン城下町では、魔装具屋なんてものはなかった。宅急便があるので、それを利用している人が多いからだろう。ここにはあるということは貴重な店だ。客はいなかったので、じっくり見ることができた。値札には値段と一緒に属性が書かれている。
軽いほうがいいに決まってる。
そう思って小さい杖なんかを見ていくが、軽いのは高かった。最大で五倍ぐらい違う。火属性を帯びたファイアシールドは三万だが、同属性の指輪なんかは十五万だ。
うぐ…。指輪は軽いからいいけど、高すぎる。盾は安いけど、邪魔…。剣は中間ぐらいの値段だけどかさばるし…。さて、これは困ったぞ。…いや、外出したりするわけじゃないから安くてもいいのか。家の中で身につけていればいいから、盾でも…。って、盾と一緒に寝たりするのか? やっぱり邪魔だな…。
「なにかお探しですか?」
お姉さんは声をかけてきた。
「あ、いや…。なるべく軽いもので全属性の魔装具を買おうかなと思ってるんですけど。あ、闇属性以外です。それで全部でいくらぐらいになるのかなあと…」
「なるべく軽いもの、ですか。どのくらいだったら許容されますか?」
「盾はちょっと…。鎧も、すでにしてるので…」
「それでしたら、剣や杖、ナイフなどになりますね」
「ナイフとかいいですね。小さくて」
「じゃあ、ナイフの闇属性以外ということですね。計算してきますので少々お待ちください」
慣れているのか、笑顔も忘れない完璧な店員だった。少し待ち、奥のほうから彼女が出てくる。計算した紙を持ってきた。
「えっと。火、水、風、聖のナイフ。四点セットで二十四万となります」
「にじゅうよんまん…。安くなりませんか?」
無理を承知で一応言ってみることにした。
「そうですね…。まとめ買いなので、少しはお安くできるかと思いますが、それでも五パーセントほどですかね」
五パーセントということは、えっと、いくらだ?
「計算しますと一万二千。引きますと二十二万八千円となります」
「ざっと二十三万ってことですね」
「そうですね。失礼ですがお客様。ご予算のほどは?」
「これから貯めます」
「…あ、そうですか」
店員の声音は少し暗くなった。
うわっ。冷やかしかよこいつ、と思われたに違いない。申し訳なく思い、「必ず買います」と言って、店を出た。
二十三万か。とりあえず十日ぐらいで稼げないだろうか。目標はそう設定した。かなり無謀かもしれないが、あとでいくらでも変更すればいい。
それから今日の寝床、宿屋を目指す。ここでトラブル発生。
「ええっ! 部屋が埋まってる!?」
「はい。冒険者のかたが大勢泊ってまして…申し訳ないですが…」
「相部屋とか、そういったものは…」
「当宿屋では、そういったことは行っておりませんので」
受付のおばさんはすまなさそうに頭を下げた。
まいったな。宿屋に泊まれないということはイコール野宿なわけで、テントはないわけで、お金は今持っている全財産を合わせても五千ゴールドしかない。食費とか計算すると、テントを買ってしまうのは危険。というか五千ぐらいのテントなんてあったか?
う~ん…。
しばらく立ち止まっていると、後ろの女性に肩がぶつかった。魔法使いのような格好をした女子で、マントで身を包んでいる。目つきは悪い。グロリアと同等かそれ以上にムスッとしていた。
「邪魔よ」
「あ、すみません…」
邪魔って…。言い方が…まあいいや。
去り際、「ええっ!」と先ほどのハント同様、驚きの声をあげる女性がいた。その声が耳に届き、彼女も野宿かと思った。女子の野宿は危険だから大変だ。
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