第17話 騎士団を抜ける決断2
「…え」
エレナから急速に笑顔が消えていく。それを間近で見るのはつらかったが、一番伝えなきゃいけない相手だ。逃げるわけにはいかなかった。
「でも、安心してくれ。一旦抜けるだけだ。戻ってくる。…必ず」
必ずというのは嘘かもしれない。そんな保証はどこにもなかった。
「そ、そうなんだ…。ハ、ハントが…」
「だから…その…待っていてくれないか? 俺が戻ってくるまで」
「…ハント。約束して」
エレナは真剣な表情をしていた。デレモードと団長モードの中間ぐらいだ。
「決して無理はしないこと」
「わかった」
「そして、これから行く先の住所を伝えること」
「…会いに来るつもりか?」
「うん。それと三つ目。一年以内には戻ってくること」
「一年か…」
「そう。長いことずるずるとやっていても、しょうがないからね。どう? 守れる?」
「…わかったよ。エレナ」
「…それで、いつから騎士団を抜けるつもり」
「早ければ早いほどいい。だから今度の休日とかかな?」
「わかったわ。手続きを済ませておく」
「悪いな」
「いや…。でも…。もしかして、騎士団を抜けることを決めたのって、私のせい?」
「いや違う! それは違うんだ、エレナ」
自分のせいだ。俺が防御魔法を使えていたら、こんなことにはならなかった。闇属性でなければこんなことには…。
「絶対、戻ってきてね」
エレナは笑顔だった。
よかった…。てっきり「絶対ダメ!」とか言われるのかと思った。
その夜、一緒のベッドで寝た。こう言うと卑猥に聞こえるかもしれないが、ハントは背中を向けていて、そこに引っ付くようにべったりしているエレナという構図だ。一戦を超えてしまっては、後戻りは不可。ハントの決意は硬かった。
次の日から、バタバタと慌ただしくなった。荷物をまとめていき、魔樹海の森に関する情報を街で聞いたり、そのために必要な荷物をそろえた。そして、エレナに提出するための書類にサインする。これから行く住所も書いた。…だが、それは嘘の住所だった。魔樹海の森、そんなところに行くと知らせば、エレナは止めるだろう。いや、誰もが止めるに違いない。だから嘘を書くしかなかった。ただ、そのことを伝えるか伝えないかは悩んだ。荷物をまとめて、明日が休日となる前夜。ハントは手紙を書いていた。エレナは明日、見送ってくれるというから、そこで渡す手紙だ。そこには「住所は嘘です、でも心配しないでくれ」と書いた。これだけは伝えないと、いない住所に来てしまうからだ。そして、「実は、魔樹海の森に行きます」と続けた。しかし、少し考えたあと、その文を消しゴムで消した。
エレナに心配させてどうする? 彼女も魔樹海の森に入ることは危険だ。ドラゴンを倒したとはいえ、あそこには多くの魔物がいる。ドラゴン以上の魔物もいるに違いない。だから…危険な環境に行くのは俺だけでいい。
手紙を折って、机の上に置いた。
そして、次の日の早朝。
まだ薄暗い時間帯、ハントはリュックを背負って男子寮を後にした。騎士団区域の入り口の門に、エレナが立っていた。クロス、そしてルッカ、ノロもいる。エレナだけかと思っていたが、四人もいたので驚きだ。
「その格好で行く気か?」
「はい」
エレナが指摘したのは、ハントが身につけていた漆黒の鎧だ。手に持って運ぶほうがしんどいので、こうするしかなかった。遠くから見たら戦士に見えないこともない。
「そうか…。気をつけて行ってこい」
団長モードの彼女と握手をかわす。声、表情はいつものそれだが、近くで見ると目がうるうるしているような気がして、あまり顔を見ないようにした。ここまで来て心が揺らぐことはないが、見るのがつらい。クロスは元気そうに白い歯を見せ、ニカッと笑った。
「期待してるぜ」
戻ってくることを確信しているのか、そんなことを言ってから肩をバシッと叩いてきた。嬉しい激励だ。ルッカとも握手。
「頑張りなよ~」
こちらは元気をくれるような声をかけてくれる。そして最後はノロ。同じ騎士団、同じクラスの仲間だ。彼は言葉なく、片手をあげてきた。それにハイタッチすると、笑顔になった。
別れる前に、エレナに渡すものがあった。ポケットから手紙を取り出し、彼女に渡す。
「後から読んでくれ」
「え~。なに? 怪しいなあ」
ルッカは興味深そうだったが、エレナは「ああ。わかった」と平気そうに答えて受け取った。歩き出すハント。手を振る四人に、ハントも振り返した。四人とも笑顔だ。エレナも平気そうでよかった。
ここに戻ってこられるのか? いや、絶対戻って来るんだ。それで、エレナに見せてやるんだ。俺がまともになった姿を…。それで…、それで…。
こうして、ハントは騎士団を後にした。
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