第10話 俺だけ防御魔法が使えない
午後の訓練が始まる。ハントは今度こそという思いで、何度か防御魔法を発動させようとする。しかし、願いは叶わなかった。このままでは仲間に無駄な時間を与えてしまうことになる。
「しょうがない。あと何度か試してみろ。他のやつは、次のステップへ進む」
そのあと、懲りずに試したが無理だった。しだいに焦りを覚える。自分一人だけ置いてけぼりを感じていた。
なんでだ? もしかして、ここにきて才能がなかったとか、そんなんじゃないよな?
他の仲間たちは、発生した防御円を拡大させていた。できた喜びを味わっている中、一人、ハントだけは芝生の上に座っていた。
休憩時間、ノロはフォローを入れてくれる。
「今日は調子が悪かっただけだよ」
「あ、ああ…」
しょんぼりとしているハントの内心を気遣う彼。その気持ちはありがたいが、心はゆっくりと沈んでいく。
夕方になり、訓練が終わった。
「ハント。居残りだな」
「はい…」
ハントは力なく答えた。ペレットも手を上げる。
「あの。私も居残りしていいですか?」
「なぜだ? ペレットは上手に防御魔法を発動させていたはず」
「その…復習をしたいので。ダメでしょうか?」
「…わかった。体育館に行っていてくれ。ただ、開始は七時にする」
「はいっ!」
ハントとエレナは地下室へと入った。サリーがベッドで本を読んでいて、ゆっくりと起き上がる。食事を運び、夕食の時間となった。
「なにかあった?」
ハントの様子がおかしいことに気づき、彼女は問いかけた。
「いや、心配ない。大丈夫だ」
「…そう」
言葉少なく夕食の時間が終わり、皿洗いをしている途中、エレナが声をかけてきた。
「ハント。考えてみたんだけど、もしかして属性によって使えないかもしれないね」
「属性?」
皿洗いが終わり、手を止めた。
「人には優位属性を持っていて、変えることは難しいんだよ。五属性は知ってるわね?」
「ああ。火、水、風、聖、闇だろ?」
「そう。騎士の盾にセットされている防御魔法は聖属性を持っているの。反対に位置するのは闇。ハントはもしかしたら闇属性優位かもしれない。だから反発している」
「反発…。じゃあ、防御魔法は使えないってこと?」
「…わからないよ」
騎士になって、いざ盾術を身につけようとしたら、その魔法が発動できない。これって致命的じゃないか?
「このあと試してみて、できないようなら考えよう。一緒に」
「あ、ああ…」
今後のことも含めて、真剣に考えたほうがいいかもしれないな。しかし、俺が闇の属性を持っているとは…。聞いた話だが、闇の属性を持つものは希少だ。サリーがまさにそれで、千人に一人とか、万人に一人とか、そのぐらい。
じーっと見つめる視線に気づいた。サリーは壁から顔だけのぞかせてハントたちを見ていた。エレナも気づいたようで、甘えモードを解く。
「なんだ?」
「ふふふ…。お構いなく」
絶対こいつ、楽しんでるだろ。
ふうっと一呼吸したあと、エレナはその場を離れた。
「ハント、私は先に体育館に行ってるぞ。あとは頼む」
「ああ。わかった」
バタンッとドアが閉められた。
あ。食器、全部俺が返却するのか…。
「邪魔して悪かったわね」
「いや…。じゃあ俺もそろそろ…」
食器を持ち、彼女の横を通り過ぎる。
「…闇の属性を持つもの」
ハントは立ち止まる。そして、後ろを振り返った。
「あなたもそうなのね」
「聞こえてたのか」
「どうりで同じオーラを感じると思ったわ」
「オーラ…ね。俺にはその感覚はわからないな」
「まだ発展途上かも」
「これから成長するってことか?」
「さあ? それはわからないわ」
意味深なことを言いたいだけ言ったあと、彼女はベッドに戻っていく。ハントは部屋を出た。オートロックなので鍵は不要。食堂に皿を返却したあと、体育館へ行く。自分の盾をロッカーから持っていくことも忘れない。すでにエレナがいて、ペレットも待機していた。銀髪の女子は睨みつけるような視線でハントを迎えた。
「遅いぞ。三分遅刻だ」
「すみませんっ」
駆け足で二人の傍へと行く。
「さて、さっそくだが防の訓練をやってみてくれ」
「あの。いいですか?」
「なんだ?」
「団長の防を見たいのですが、構わないでしょうか?」
「私のか?」
「はい。お手本を見たいなと思ってまして」
「そうか。そういえば見せてなかったな」
エレナは中央に移動し、盾を構えた。離れていろと言われた二人は、壁際に立つ。
「それじゃあ…いくぞ」
凝視するペレット。ハントも興味津々だ。エレナの実力は知っているが、間近でそのすごさを見たことがなかったからだ。
「はっ」
ボワッと一瞬にして防御円を作り出す。その大きさは他とは比べ物にならないくらい大きなものだった。十人は余裕で覆うことができるぐらいだ。
「すごい…」
ペレットは思わず口からこぼした。
さらにサービスとばかり、攻に移行する。防御円が分裂。複数の光の剣が形成された。そしてそれが勢いよく射出する。まるで多くの弓が同時に発射されるような光景が目の前で展開された。光の剣は壁の手前でフッと消えるのだが、何本かは、勢い余って壁にガガガガガッ! と当たってしまう。
「あっ…」
エレナはしまったと声をもらした。彼女は急いで壁の近くへと走り寄る。穴は開いてなさそうだが、傷が入っていることを確認したのか、一瞬、残念そうな表情をした。だが、すぐにクールな顔つきになって戻ってくる。
「ちょっとやり過ぎたな。まあ、こんなところだ」
「ありがとうございます」
そのあと、ペレットと二人で防の訓練を行った。といっても、相変わらずハントは防御円を作れず、魔力の消耗から休憩する時間が長くなった。ペレットは上手に防御円を作り、エレナに褒められていた。
「うまいぞ。ペレット」
「そ、そうですか? えへへ…」
微笑む彼女。
へえ。あんな表情もするんだ。
彼女の意外な一面を見れたのだが、ハントの視線に気づくとムスッとした表情に戻った。
一時間ほど訓練をしたあと、エレナが口を開く。
「今日はこのぐらいにしておこう。ペレット。もう帰っていいぞ」
「あ、はい。…団長は帰らないのですか?」
「私はちょっと、ハントと話がある」
「…そうですか。では」
体育館から出たのを確認した後、フッとエレナはモードを切り替えた。
もはやその光景に慣れてきた自分がいた。
結局、防御円を作ることはできなかったのだが…さて、どうしたものか。
「ハント。防御魔法は諦めようか?」
「あ、諦めるって…。それだと身を守れないんじゃ」
「大丈夫。他に手はある」
「どんな?」
「それはわからないけど、探していこうよ。二人で」
二人で? それってお荷物になってるってことじゃないか?
「…エレナ。はっきり言ってくれ。俺は騎士になっちゃいけなかったんじゃないか?」
「そんなことはないよ」
「でも…」
「すぐに諦めないで」
真剣な目に圧倒され、ハントは「わかった」と答えた。
しかし、どうすればいいのかわからない。仲間の足を引っ張りながら騎士団にいることに意味はない。
「休日、図書館に行こう。ほら、町にあるでしょ」
「そうだな。なにかわかるかもしれない」
あとは、闇属性に詳しいやつからアドバイスをもらう、とか。
まっさきにサリーの顔が浮かんだ。彼女に相談してみるか…。
「頑張ろう。ね?」
励ましの声をかけてくれるのはありがたかった。その一言に救われる。自分一人だけじゃないのは心強い。
「それにしても、エレナでも失敗することがあるんだな」
「え? ああ、さっきの?」
壁に傷をつけてしまった件のことだ。
「…ハントが見つめるからだよ」
「え? 俺?」
ポッとエレナの顔が赤くなる。
「でも、今は見つめてくれて構わないよ」
「え…あ…」
エレナはゆっくりと覆いかぶさるようにして、ハントの体を圧迫。ぎゅーと彼女の重みを感じた。
「ま、また誰かに見られたら…」
「ふふ…。そのときはそのとき…」
ハラハラしながらも、気持ちよさには対抗できず、何分かハグは続いた。そのあと、彼女から身を離し、二人一緒に体育館を後にする。
心地よい関係。しかし、俺はずっとこのままでいいのだろうか? という気持ちが日に日に増して大きくなっていった。
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