第9話 盾術

「今日の午前中は訓練はなしだ。その代わり、講義を受けてもらう」

 早朝、エレナから言われてついて行った先は、A棟の三階にある教室だった。そこへ彼女と一緒に入る。三十人ぐらいが入れる広さで、黒板があった。少ししてから、若い女性が入ってきた。白衣にメガネをかけた女性で、年は二十代前半だろうか。黒のポニーテールが揺れた。背は低いようで、エレナの横に立つとその差が際立った。

「こちらはA組のメディック。シーラさんだ」

「よろしくお願いします」

「メディックとは、救護をする者のことで、ケガをしたときに治してくれる役割を担っている。ただ、実際に戦闘中、いつも彼女がそばにいることはない。仲間を助けるのは身近な仲間だ。今日はシーラさんに応急処置の方法を学んでもらう」

 騎士団は正規含めて百人ほど。そのうちメディックは三人ほどしかいない。これは少ないと思えるが、騎士は防御が優れている。大けがすることはあまりない。

「それではシーラさん。よろしくお願いします」

 エレナは窓際に移動し、代わりにシーラは教壇に立った。

「初めまして。シーラといいます。今日は皆さんに簡単な応急処置の方法を教えます。これを後ろに配ってください」

 白い棒状のものを一人一個配られた。手元にくると、片手で握れるほどのサイズで、小さい。

「行き渡りましたね? それはメディカルスティックといって、誰でも扱えるものです。使い方は簡単。中央の色が青いところに親指をあててください」

 言われたとおりに実行する。すると、なにやらフッと体の力が抜けるような感覚に一瞬襲われた。白色が変色し、薄い赤になった。

「赤になりましたね? それで準備完了です。その状態で、スティックを傷のところに押し当ててください。軽い傷ならば治癒します。ただし、一回使ったらもう使えませんので注意してください。なにか質問は?」

 シーンとしている。その中で一人、挙手するものがいた。名前はペレット。銀色のショートカットで、長身。男性が多い中、体格的に見劣りしない女子だった。整った顔をしていて運動神経もよいことから、エレナの次に男性から注目されている。ペレットは立ち上がった。

「有事の際、これを携帯するのですか?」

「はい。そうですね。通常は二、三個持ち歩きます。大けがのときは私が対処します」

「大ケガというと、どの程度の傷ですか?」

「意識がない、呼吸をしていない、骨折などの症状のときですね。出血はこのスティックを使ってください。傷口が塞がるので、止血されます」

 彼女は納得したのか、席についた。

 他に質問はなく、それで応急処置の講義は終わった。シーラが教室から出ていったあと、今度はエレナが教壇に立つ。

「さて。みんなには毎日訓練をしてもらったわけだが、今日から盾術を学んでもらう」

 お待ちかねの盾術。いつ教えてくれるのだろうかと思っていたところだ。それはみんなも同じだろう、目がイキイキとしている人が多い。

「軽い知識を頭に入れてもらい、実践をしていく。盾術とは簡単にいうと、防御魔法だ。盾に魔力を流し入れ、防御円を作り、そして、魔法効果を増大させ、円を拡大する。これが第一の盾術である防」

 カッカッカ、と黒板に流れ図を書いていく。

「次にそこから魔力体である防御円の形を変えたり、分裂させ、攻撃を行う。第二の盾術、攻だ。ここからさらに高度な術があるが、まあ、基本はこれだ。この防、攻を実践してもらう」

 防御魔法…か。そういや騎士の試験で、魔力値がどのくらいかを測ったな。俺はぎりぎり合格ラインだった。一定以上の魔力が必要なのは、こういうことか。

「まずはみんなに防御魔法を発動してもらう。表に出ろ」

 みんなは教室を出ていく。エレナのあとをついて行く途中、ペレットと目があった。表情が険しくなり、プイッと顔を背けられた。そして足早に出ていく。

 …嫌われてるのかな、俺。

「気にしないほうがいいよ」

 フォローを入れてくれたのは、ノロだ。

「あ、ああ。ペレットのこと、なにか知ってるのか?」

「いや。でも、誰に対してもああだから、彼女」

「ムスッとしているってことか」

「そういうこと。仲間意識がないんだよ」

 騎士団に女子の数は少ない。入団する目的は、エレナの活躍があったのが大きい。ペレットも彼女にあこがれて入ってきたのだろうか? ルッカは違うようだが…。

 二人は遅れて怒られないように、早歩きで仲間のあとを追った。練習場に戻り、さっそく実践することになる。

「通常、魔法使いが魔法を使うとき、呪文を詠唱しなければいけない。ただ、そんなことをするのは非効率。なので、防御魔法の呪文は自動発動されるようになっている。盾の中には呪文が封入された呪文石が埋め込まれている。その呪文石と導線はつながっていて、その先は、取っ手へと流れている」

 エレナは盾の裏側を見せた。

「これにより、取っ手から魔力を送るだけで自動的に魔法が使えるような仕組みだ。使うときは裏側の赤スイッチを押し込めろ。セーフティスイッチだ。もう一度押すと戻る」

 言われたとおり、赤スイッチを押す。そして仲間たちは一定間隔で盾を持ち、魔力を注ぎ込み始めた。「おおっ」という驚きの声があがる。白の防御円が発生し、体を覆ったからだ。

 仲間たちは次々と成功する中、なぜかハントだけは苦戦していた。赤のスイッチを何度か押して、押し込まれていることを確認。魔力を注ぎ込む…が、うまくいかない。防御魔法を使えないのは彼一人だけだった。

「どうした? できないのか?」

「…はい。三回試しましたが…」

「私のを使ってみろ」

 エレナの盾を借りて、試してみた。しかし、反応はなかった。

 なんでだ? 発動に必要な魔力が足りない…とか? でもそれだったら試験はパスできなかったはずだ。

 そこで昼食の時間になる。地下室へと足を運び、クロス、ルッカも集まった。今日から昼限定でクロスがサリーに食事を与える。スプーンでスープをすくって、口の中に入れた。

「サリーさんって自分で食べられないの?」

「この服、きつくてちょっと食べにくいのよ。それに食べさせてくれるんだったら、そのほうが楽だからね」

「ふうん。それって脱げないの?」

「そうよ」

「へえ~。どうして?」

「大変なことになるからね」

「なんだ? その大変なことって」

 気になるようで、クロスが問いかける。

「魔物が攻めてきたり、事故が起きたり、身近な人が病気になったり、珍しいのは空から石が落ちてきて、当たって大ケガしたとか…。そういうこと」

 恐ろしいことを微笑み混じりで話す災厄の少女だった。聞いていた四人は苦笑いだ。

 過去、そういったことがあったのだろう。友達はいらないというのはそういう理由からだろうか?

 コホンッとエレナは咳をする。チラッと視線をハントに合わし、合図を送った。今からあのことを言う気だ。

「そういえば、みんなに報告しなければいけないことがあった。実は私、恋人ができたのだ」

 カランッ。

 クロスの手からスプーンが落ち、彼は慌てて拾い上げる。

 わかりやすい反応だ。しかし、やや唐突だが、大丈夫か?

「え!? もしかして昨日言ってた彼?」

「そうだ。あっちから告白してこないから、私から告白した」

「ええ!? しかも団長さんから?」

「へ、へえ…。そ、そうか…。エレナ団長に恋人がね…」

 見るからにがっかりとした様子なのはクロスだった。落胆の色がありありと表情に現れている。落ちたスプーンをそのまま使おうとして、サリーは「洗って。スプーン」と注意を受け、キッチンへと洗いに行った。

 心が痛い。しかし、もはやこう言うしかなかった。すまん、クロス…。

 よっぽどショックなのか、そのあと、クロスは一人早めに出ていった。その後ろ姿を確認した後、ルッカがやれやれといった表情でため息をつく。

「バカなやつ…。私、ちょっと慰めに行ってくるよ」

 立ち上がり、クロスの後を追った。二人減ったので、三人になる。

「かわいそ」

 ボソッと言ったのはサリーだった。

「しかたないだろっ。こういうしかなかったんだ」

「でも、ハントさんとは恋人じゃないんだよね?」

「それはそうだが…」

 チラリと、エレナはハントの顔を見る。

「予約中だ。あとはハントしだいだな」

「なるほど。予約、ね」

 サリーも彼の顔を眺めた。あまりにもまじまじと見つめるので、照れ臭くなってくる。

「な、なんだ?」

「ううん。なんでもない。ただ、なんとなく私と同じオーラを感じたから…。弱いけど…」

「オーラ?」

「気にしないで」

 そう言われても気になる。ただ、今はそのことよりも防御魔法が使えないことが気がかりだった。

「さて。午後も頑張ろうか、ハント。大丈夫だ。すぐに使えるようになる」

「そうだといいけど…」

「自信を持つんだ。お前は、私の部下だろう」

「団長…」

 エレナに肩をポンと置かれ、励ましの言葉をもらった。彼女から言われたら心強い。

「今日は抱き合わないの?」

 エレナは余計なことを言うな、と言わんばかりの目をサリーに向ける。

「うるさい。私がいつもデレデレしていると思うな」

「ふうん。デレデレなんだ。ハントさんに」

「くっ…。私は先に戻ってるぞ」

 サリーのほうが一枚上手のようだ。エレナが部屋を去ると、ふふふっと楽しそうに微笑む。少女らしからぬ雰囲気で、また、ハントを眺める。今度は上から下までなめるように、だ。

「それにしても…。ふうん」

「なんだ?」

「あの美人の団長さんがアプローチするだけの価値が、あなたにあるとは思えないけど…」

 歯に衣着せぬ物言いだった。ただ、事実なので反論はしない。

「ああ。俺もそう思うよ」

「あなたには、なにかあるのかもね」

「なにかってなんだ?」

「女性を虜にするような匂いを発してるとか」

「ぶっ!」

 クロスは噴き出す。

「冗談よ」

 こいつ…。俺たちをからかって楽しんでないか? 最初に会ったときは口数が少ない不思議少女かと思いきや、全然違うな。

「サリー。教えてくれ。今、何歳なんだ?」

「女性に年を聞くなんて、失礼よ」

 教えてくれないようだ。彼女は仰向けに寝転がり、読書をする体勢になったところで、ハントはその場を離れた。

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