第8話 俺なんかがエレナの恋人として務まるのか?
休憩時間になり、練習場の芝生に座り込む騎士たち。十五分しかないので、トイレへ行ったり、少し会話をかわすぐらいで、あとは少しでも疲れを癒すためにジッとしているぐらいしかできなかった。ハントも体力温存組で、地べたに座って休んでいる。するとノロが重たい体を引きずるようにしてやってきた。
「やあ。ハントくん」
「ああ…」
よっこいしょと彼は横に座った。ノロは体育館で、エレナとイチャイチャしているときの現場を目撃している。エレナの手刀で気絶させ、その場をしのいだのだが、そのときの後遺症みたいなものは今のところ出ていない。
「大丈夫か?」
「ああ。うん。なんとかね」
訓練が、という意味ではないのだが…。それにしても、彼は本当に覚えていないのだろうか? もしかして気づいてて、気を遣って隠してるとかじゃないよな。
「いやあ。実は変な夢を見てね」
「夢?」
「ああ。笑わない?」
「もちろん」
「団長とハントくんがいちゃついている夢だよ」
「ぶっ!」
思わず噴き出した。
「ハントくん?」
「え? あ…あっはっは。なんだそれ?」
「あ、笑うなって言ったじゃないか」
「いや…つい」
「でも、妙にリアリティがあったんだよな。もしかして、どこかで見たなんてこと…」
考え込むように「う~ん」とうなるノロ。
思い出すな。頼む。思い出さないでくれ。また、エレナの手刀をくらうぞ? それでもいいのかお前。今度食らうとさすがに後遺症になるんじゃないか?
「まあ、いいや。団長がハントくんとってありえないからね」
「お、おお。まあな」
ありえないってどういうこと? そりゃあ、エレナは美人でクールだし、強いし、隙のない最高級の女性で、俺にとっては高嶺の花というか、そんな存在だろうけど。
「Bクラスの指導員カーチスさんが狙ってるって話だからね」
「カーチスさん…」
クロスとルッカの上官か。俺たち新規の団員とは違って、正規の団員のかただ。指導員に選ばれるぐらいだから、実力は確かだろう。
「彼は田舎出身でやや粗暴だけど、そういうところに惹かれる女性は多いんじゃないか? エレナ団長も例外じゃないよ」
「そ、そんなことはないと思うけど」
「…へえ。なにか知ってるの? エレナ団長のこと?」
「い、いや別に」
休憩が終わり、訓練が再開された。
カーチスさんか。夕食時、彼女に聞いてみるか。
そして訓練が終わり、みんなが寮へと戻っていく中、地下室へと二人は歩いていった。ドアを開くと、サリーがベッドから起き上がった。
「二人だけ?」
「そうだ。少ないほうがいいだろう?」
「そうね。騒がしくなくていいわ」
喜怒哀楽を示さないので、心の内はよくわからない。食事が運ばれてきたので、夕食を三人でとった。そのあと、一段落してエレナが口を開く。
「サリー。外に出たいか?」
「出してくれるの?」
「一日だけだが…」
「そう。当然、あなたも一緒にいるのね」
「もちろんだ。一人だと危ないからな」
「私だけはダメ?」
「ダメだ」
単独でぶらぶらしたいのだろうか。しかし、さすがにそれは許されないだろう。なにかあればエレナの責任になる。
「じゃあ、そこのハントさんと一緒ならいい?」
「え? 俺?」
なぜか俺を指名してきた。なにか意図があるのだろうか?
「私と一緒では不服ということか?」
「監視するような視線が嫌なのよ」
「…それはしかたない。君は国にとって重要な人だ。なにかあっては大変なのだ。わかってくれ」
「…」
「それと、ハントと二人というのはダメだ」
「なぜ?」
「彼は騎士になって日が浅い。対処する術を身に着けていないからだ」
「それだけ?」
「ああ。それだけだ」
「そう…。なら、外出はいい。人が多いところ歩くのも面倒だし…」
「少し動くぐらいのことはしてもいいんじゃないか?」
彼女はそれに対して反応せず、壁のほうをぼんやりと眺めていた。
「さてと。後片づけ、掃除だ。ハント、一緒にやろうか」
「あ、ああ…。じゃあ俺は皿洗いをしようかな」
三人分の食器をキッチンのほうへと運ぶ。洗い終わった食器は昼の分と合わせると、結構な量となった。この食器類は食堂のほうへ返却する予定だ。皿洗い中、エレナが入ってきた。二人きりになったとたん、エレナは甘えモードになる。いや、今は怒りモードか。
「ハントのバカッ」
肩に軽く拳が当たった。
「いたっ」
「バカバカバカ!」
溜めていたのだろう、その機会が訪れたので、一気に放出する。怒りの原因はわかっていた。
「ご、ごめん。実はクロスのやつ…」
言いかけて止めた。水道をキュッとひねり、言おうかどうか迷う。
…いや、ここははっきりと言ったほうがいいか。誤魔化しても、よい方向には行きそうにないし。
「クロスのやつ…エレナのことが好きだって聞いてたから…」
「え? あの子が?」
ポカンとしている。好意に気づいていなかったようだ。
「そうそう。だから余計断りづらくって…」
「ふうん…。それで?」
「そ、それで? それでって、終わりだけど…」
「じゃあハントは、私がクロスくんにとられてもいいって思ったわけ?」
「い、いやいやいや。そんなわけないじゃないか」
「そういうのはどっちつかずって言うんだよ。ハント、それは本当の優しさじゃない。私の気持ち、わかってるでしょ?」
「う…」
わかっている。でも、だからといって、「エレナは俺に惚れてるから諦めろ」なんて俺の口から言えというのか。
「これはもうアレだね。やっぱり恋人宣言するしかないね」
「だ、だからそれは…」
「名前を伏せておく。それなら問題ないでしょ?」
「そうか…。その手があったか」
恋人がいるっていうことになったら、クロスも諦めるだろう。
「明日、昼に会うから、そのときに言うよ。いい?」
「もちろん」
「ハント。今回のことは反省して」
「わ、わかってるってば」
「ん」
エレナは両手を広げてきたので、ハグをした。うっとりとした表情で、気持ちよさそうな彼女だったが、油断していたのだろう。その背後にいるサリーに気づくのが遅れた。
「へえ…」
「「うわあっ!」」
悲鳴を上げ、同時に離れた。しかし、もう遅い。彼女にはばっちりと見られてしまったのだから。
「さ、サリー。な、ななな…なんでここに…」
「トイレ。トイレに行ってはいけないのかしら?」
彼女は真正面のドアを指さしながら問いかける。
「い、いや、そ、そうなのか。ははは…。どうぞ、どうぞ」
サリーはトイレへと入っていった。ドアが閉められ、お互い顔を見合わせる。
「完全にばれたよな。今」
「う、うん」
皿洗いして、掃除したあと、サリーに話しかけた。彼女はベッドでうつ伏せになって本を読んでいる。
「サリー?」
「ん?」
本を置いて起き上がる彼女。
「さっきの、見たか?」
「見てないわ」
「え?」
「ハントさんと抱き合ってるところなんて見てないわ」
からかうような表情のサリーに、ボッと赤くなるエレナ。
「あ、あれはだな。その…」
「大丈夫。黙っておくから」
「え?」
「言われたらまずいんでしょ? だったら言わないわ。でも、二人は恋人なの?」
「い、いや。まだだ」
「ふうん。こそこそ抱き合ってて、恋人じゃないんだ…。ふうん」
サリーから見たら、それはありえないことのようだ。いや、恋人と思われるのが普通だろう。
「あ。さっきハントさんと二人で外出しようとしたの、断ったってそういうこと?」
「ち、違う! あれはそういうのじゃなくって…。いや、ちょっとはそういうことも考えたけども…」
少女相手にあたふたする団長の姿に、威厳は感じられなかった。
「ふふ…。ふふふ…」
彼女が笑った顔は初めて見た。
「サリー?」
「今のエレンさんのほうが、硬い感じじゃなくて好きよ」
「あ、ありがとう」
なんか年上と接しているような気分だ。
事実上、弱みを握られた形になり、地下室を後にした。二人の手にはおぼんにのった食器がある。
恋人…か。サリーが言ってたように、さっさと恋人になったほうがいいんだろうか? でも、俺なんかが本当に彼女の恋人として務まるのだろうか? 休憩のときにノロから聞いたカーチスのことを思い出す。もしかして、彼からなにかアプローチされているかもしれないな。前に歩く彼女が階段を上がりかけたとき、聞いた。
「エレナ。カーチスさんを知ってるよな?」
「うん。彼がどうしたの?」
「なにか言い寄られたりとかはないのか?」
「そうね。今のところは、ね。ただ、デートの誘いは受けたわ。断ったけど」
「そ、そうか…」
やっぱりアプローチされてたのか。そりゃそうだよなあ。
「でも、今度デートに誘われたら、わからないかも」
「え?」
「な~んてね。びっくりした?」
「い、いや。別に…」
暗い廊下だったが、声からして顔の表情はニヤニヤしていることがわかる。
「大丈夫だよ。私は前にも言ったけど、ハント一筋だから」
食堂に食器を返却したあと、クールモードの彼女から「また明日な」と声をかけられ、別れた。
なに焦ってるんだろ。俺…。
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