第7話 嫌味たらたら

 ハントは男子寮に戻り、食堂で食事をとった。そしてすぐにクロスの部屋へと急ぐ。ノックすると、彼が出てきた。騎士服ではなく普段着なのでイメージが違う。

「おおっ。ハントか。どうした?」

「いや、ちょっと話が…」

「明日の昼でもいいんだが…。まあ、入れよ」

「ごめん」

 入ると、ハントと同じように勉強机やらベッドが置いてあった。ゴミやほこりはなく、きれいな部屋だった。本棚には騎士道というタイトルの本や、伝説の突撃隊という小説が並んでいる。どちらも有名で、前者は自己啓発書に近く、後者は戦争の感動ストーリーだ。他の小説も男泣きするような小説が多く、好みなのだろう。

 クロスはベッドに腰かけた。

「で、どうした? もしかして女でもできたか?」

「いや…そういうんじゃないんだ」

 女ができたといえばできたのか? いや…恋人にはなってないから、まだか。

 彼にハントが世話係に任命されたことを話すと、驚いた顔をしていた。

「例の少女の世話? マジか?」

「マジだ」

「ふうん。そうか…。でも、エレナさんから直接言われたってことはお前、相当、好かれてるんじゃないか?」

 ニヤニヤとからかいにくるクロス。

 その通りなので苦笑いで返すハント。

「いや…たまたまだ。同郷のやつが俺しかいなくって、話しやすかったから声をかけただけだろ」

「そうか。ん? ということは、昼と夜、エレナさんとその少女と三人で食事か?」

「ああ、まあな」

「なあ、友人として頼みがある」

「え?」

 嫌な予感がした。下手に出るような気持ちの悪い表情を浮かべるクロス。その予感は的中する。


 次の日の昼。

「よしっ! 休憩だ」

 昼の鐘が鳴ったあと、少ししてからエレナが声をあげた。みんなは盾を置き場に丁寧に置いてから食堂のほうへと向かう。当然、ハントは待っていた。部下のみんなには朝、彼女の口から伝えられていた。「少女の世話をするために、しかたなくハントと一緒に地下室に行かないといけない」ことを強調した。しかたなくというより、確信犯なのだが。

 そこは置いておいて、ハントは心苦しかった。それは昨夜、クロスの頼みを聞いたことに起因する。

「ハント。じゃあ行くぞ」

 内心ウキウキ気分だろうエレナだったが、彼は立ち止まっていた。

「えっと。その…団長」

「なんだ?」

「クロスも一緒に食事をすることになりました…」

「なっ! なんだと!」

 まるで重大な事件が起こったかのように、エレナは声をあげた。晴れやかな笑顔が絶望へと変わっていく。崩れるような体をどうにか持ちこたえていた。まだ残っている部下たちの目があったので、小声で問いかける。

「ど、どういうつもりだ?」

「実は、昨日お願いされまして…」

「…断らなかったのか?」

 怖い顔が間近に迫っていた。

 お前どういうつもりだ? ふざけるな、という心の気持ち、圧が大きい。小刻みに肩をプルプルと震わせているのが怖かった。

 やば…。想定はしていたことだけど、これって相当怒ってるんじゃあ…。

 クロスはエレナのことが好き。そのことを知っていたので、断るに断れなかった。

「よ、よお。ハント」

 彼はやってきた。しかし一人ではなく、後ろにはルッカもいる。ちょうどいいときに声をかけてくれた。

「ルッカさんも?」

「あ、ああ…。ちっ。教えなきゃよかったぜ」

「なによ~? 気になるでしょ?」

 あっちもどうやら失敗したようだ。

「だ、団長。ハントから話は聞いてますか?」

「ああ…。たった今、な」

 たった今と言うところを強調した。彼女の顔を直視できず、身を縮めるハント。

「お、お願いします」

 頭を下げるクロスとルッカ。

「お前たち。これは遊びではない。わかっているのか?」

「わかってます」

「災いが起きるかもしれないんだぞ? やめておいたほうがいい」

「それは団長も同じじゃないですか」

「そうですよ。ハントくんも、です」

「むぐぐ…」

 しつこい二人に、エレナは最後には「わかった」と答えた。

 遊びではないとか言っていたが、下心があるエレナがそれを言うかと思った。それは彼女だけではなく、クロスも、そしてルッカもそうだ。ルッカの場合、災厄の少女について知りたかったのだろう。…いや、もしかしたら彼女はクロスが好きなのかもしれないな。好きじゃない相手と休日一緒にデートはしないだろうし。だとしたら…色々と複雑だ。

 食事は食堂から運ばれてきた。追加で二人分頼み、旧校舎の地下室へと向かう。鉄のドアを開くと、ベッドで寝ているサリーがいた。

「サリー」

 声をかけると、眠そうな顔をしたまま起き上がる。見知らぬ二人の男女をボーっと眺めていた。

「こっちの二人も世話係だ。昼のみのな」

「団長。俺は夜も大丈夫です」

「昼のみ、だ」

「あ…はい…」

 強い口調に押されて、クロスは黙った。

「そんなにも世話係いらないわよ」

 ごもっともな意見に、二人は苦笑いする。

「まあ、がやがやうるさいのかもしれん。そのときは言ってくれ。連れてこないようにする」

「わかったわ」

 軽い自己紹介のあと、サリーと一緒に三人が食事をすることになった。エレナがスプーンを使って、ベッドで起き上がっている彼女の口にスープを入れる。介護しているような様子をまじまじと見つめるクロス、ルッカの二人。

「質問してもいいですか?」

 ルッカが小さく手を挙げた。

「なんだ?」

「サリーさんって、お金持ちかなにかですか?」

「お金持ちではないわ」

「へえ。でも、なんかすごい変わってるっていうか…」

「おいっ。余計なこと言うなよ。失礼だろ?」

「いや~。ついくせで」

「食っていくのには困らないだけ。私を必要としてくれる人がいるから、そのために活動してる」

「詳細を聞きたいかな~。なんて…」

「それはダメよ。秘密にしておくようにってきつく言われてるから」

「おい。図々しいやつだな。少しは遠慮しろよ」

「だって、気になるじゃん。ねえ、ハントくん」

「まあ…」

 エレナもそれは気になっているだろうが…。

「はい。あ~んして」

 サリーはパクっと食べた。普段見慣れない優し気なエレナの横顔に、見惚れているクロスがいた。

「だ、団長。こういうことってしたことあるんですか?」

「こういうこと?」

「つまり、その…誰かに食べさせてあげるみたいな…」

「え? なに? あ~んされたいって思ってるの?」

「ば、バカっ! ちげーよ! 余計なこと言うな!」

 クロスはバシッとルッカの肩を叩いた。

 休日、その「あ~ん」を体験したハントとしては複雑な気持ちになった。

「そうだな。そういうことはしたことがある」

「「え!」」

 ハントはドキッとする。

 おい、エレナ。なにを言うつもりだ?

「誰にですか? まさか男?」

「そんな幸せな野郎が? どこのどいつです?」

「ふふ…。さあな。ただ、あまり女性の心がわからないやつであることは確かだ」

 エレナはハントを見ないが、明らかに彼に向かって言っていた。微笑みながら、暗にクロスを呼んだことを非難している。

「つ、つつつ付き合っているんですか?」

「いや」

「今後、その予定は?」

「さあ…。その男しだいかな」

「えっと! すみません! その彼って、この騎士団の中にいるんですか?」

 ルッカの質問に、一呼吸置く。ごくりと、生唾を飲みこむ音を鳴らすのはクロスだ。

 エレナ。それは言わないほうがいいぞ。言ったら、最悪俺だってことが態度でばれる。だから範囲を絞らせるのは危険だ。

「…いや、違う」

 ハントはホッと安心する。

「くそっ。誰だよ。その幸せな野郎は…。あ、すみません。汚い言葉使ってしまって…」

「構わない。クソであることは間違いないからな」

「もしかしてケンカ中ですか?」

「似たようなものだ。まったく、ふざけたやつだよ」

 パンをスープにつけて食べるが、喉をなかなか通らない…。

 二人がいる前で、罵倒しなくてもいいだろ…。これは後で謝る必要があるな。

「でもスクープだよ。団長にはやっぱり男がいたんですね。さっそく記事に…」

「したらどうなるか、わかってるのか?」

「…し、しませんよ。冗談ですって。冗談」

 団長に睨まれたルッカは、あはは…と苦笑いした。

「四人は友達?」

 食べ終わった後、サリーは口を開いた。

「俺とハントは友達だ。ルッカはついでだな。団長は上官だ。上の人だよ」

「ついでってなによ?」

「ふうん。楽しそうね」

「サリー。君も友達になるか?」

「私? …遠慮しておくわ」

 過去、なにかあったのだろうか、エレナの気遣いを拒否した。

「そうか…」

「でも、四人が嫌いというわけじゃないわ。そこは勘違いしないでね」

「わかってる。さて…私は遅めの食事をとるか」

「団長。今度から俺がサリーさんに食べさせますよ。団長に冷めた食事を食わすわけにはいきませんから」

「そうか? サリーもそれでいいか?」

 彼女は「ええ」と返した。

 食事を終え、「また、夜に来る」と言ってから、四人は鉄のドアを閉めた。

「なんか、可哀そう。ずっと部屋に閉じこもってて…」

「…そうだな。今度の休日、外出させてあげるか」

「そ、そのときは俺もぜひ!」

「ダメだ」

「あ…そうですか…」

 がっくりと肩を落とすクロス。

 地上へ戻った後、午後の訓練が始まった。

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