第6話 災厄の少女サリー

 今日も朝、彼女は厳しい目で部下たちに目を配っていた。手を抜いているものがいれば、容赦なく声をかける。

「どうした!? まだ始まったばかりだぞ! やめるか? 騎士団を?」

「す、すみません!」

 そこへ一人の男がやってきた。城からやってきた兵士だろうか、鎧を着ている。隣には謎の少女がいた。年齢は十歳ぐらいだろうか、幼さが顔に出ている。緑髪は珍しく、それを短く切り揃えられていた。特出すべきはその格好だ。黒のローブで全身を覆っているが、ベルトが何本も巻かれている姿は異様だった。拘束具とは別の、縛りつけているというよりもなにか封じ込めているような雰囲気がする。彼女は部下に訓練を続けさせている間、男のほうへ歩み寄った。

「この子が例の?」

「はい」

「…わかった」

 兵士と一緒に少女は去っていった。彼女は暇そうな表情を浮かべていた。

 この子は誰だろう?

 ハントを含めて、部下たちは疑問を抱いたまま訓練を続ける。区切りがいいところで部下たちを集めた。

「さっきの子はわけありでな。私が保護することになった。気にしないでくれ」

 保護? どういうことだ?

 その疑問が喉元まで出かかったが、すぐに休憩が終わり、いつものハードな訓練が始まった。

 お昼になる。食堂でクロスと一緒に食べていた。

「謎の少女、か。お前、誰だと思う?」

「わからん。ただの少女じゃないことだけは確かだ」

「なになに? なんの話?」

 噂好きのルッカが、情報の匂いをかぎとってやってきた。

「うわ…。めんどうなやつがきた」

「面倒ってどういうこと? 酷くない?」

 ムッとする彼女に、ハントから少女の話を伝える。キラキラと瞳が光りはじめ、興味を示していた。

「私が思うに…もしかしたら、団長の隠し子かも」

「ぶっ!」

 ご飯粒を噴き出すクロス。

「それはないだろ。隠してねえじゃねえか。それに、団長はまだ二十歳だぞ? 男には興味ないって顔してるし」

「いやいや。今はそうだけど昔は違ったかもよ~。それに、人には色々な一面があるからね」

 すごく納得ができる。厳しい団長と甘える団長、どっちも見てきているからな。

 なんて噂をしていると、当人がどこからともなくやってきそうな…。

 勘が当たったようで、エレナはおぼんを持ってやってきた。ハントの前に座り、またしてもルッカは黙ってしまう。

「お楽しみのところ、邪魔をして悪いな」

「いえいえ。邪魔なんてとんでもないです。邪魔なのはルッカのほうで」

 ニッコリ笑顔のクロス。ルッカは彼の肩をバシッと叩いた。

「さっきの少女だが」

 どうやら気になっている少女について話をしてくれるようだ。

「災厄の女、と呼ばれているらしい」

「どういうことですか?」

「つまり近くにいると災いや不幸が襲ってくる可能性がある、ということだ」

「ええ!? それって…」

「彼女は強力な闇の魔力を秘めている。それにともなって、災いが起きるという話だ」

「よく引き受けましたね」

 というか、危なくないかそれ。

「王の命令だ。私は聖属性が強い。それによって中和できるだろうと考えてのことだろう。ただ、やはり表に出るのは危険ということで、地下にいてもらう」

「地下…。幽閉ってことですか?」

 クロスは聞く。

「聞こえは悪いが、そういうことだ」

「なんだか可哀そう」

「しかたない」

 わからないのは、なんでそんな危険な彼女をここに連れてきたということだ。中和できるからといっても、なにか狙いがあるのだろうか。その疑問を口にしようとしたところ、エレナは口を開く。

「ただ、たまには外に出てもらう。閉じこもってばかりだとさすがにな」

「あの、質問いいですか?」

 ルッカが声をあげる。

「ああ」

「中和できることはわかったんですけど、なんでそこまでして?」

「それは私にもわからない。聞かされていないからな」

「そうですか…」

 ただ、可哀そうだから保護したいというわけではなさそうだ。これ以上、深掘りしても無駄なようで、そこで話は終わった。

 午後の訓練。

 盾を持っての坂道ダッシュ。

「ハント! だらだらするなっ!」

「は、はいぃ!」

 そして、盾を持ってのスクワット二百回。

「ハント! お前の力はそんなものかっ!」

「く…ぐぐぐ…」

 この日、またしても集中攻撃を浴びるのはハントだった。

 訓練が終わり、彼女から居残りを命じられた。周りのみんなは、大変だなという視線をくれる。ただ、エレナは意図があって厳しく接したのだろうと推測した。みんなが帰ったあと、彼女は口を開いた。

「ついてきて」

 一言そう言ったあと、彼女は歩き出した。ついて行くと、そこは旧校舎のB棟で、地下室がある。そこへ足を運び、鉄のドアの前までやってきた。そのドアの鍵を開け、中に入る。すると、緑髪の少女がいた。朝会ったときと同様、ベルトで巻いた窮屈そうな服を着ている。ベッドの上に座って本に目を落としていた。部屋のサイズは六畳ほどで、ベッドの他には、机、本棚があるだけだった。その本棚には多くの本が置かれていた。隣の部屋にはキッチン、トイレ、風呂などがあるようだ。明かりが消されているので今は薄暗い。

「この子は…」

「サリーだ」

 災厄の少女。

 近づいてもいいのかわからず、そこに留まるハントだったが、エレナは躊躇なく近づく。そして声をかけた。

「私はエレナ。君の保護者を任された。よろしく」

 エレナは手を出した。彼女は本から視線を外し、「よろしく」といって手を握り返す。彼女は怯えるとか、不安げにするとかそんな様子はなく、淡々としていた。

「横にいるのがハント。この男も保護者だ」

「よろしく…って、ええっ!?」

 初耳だったので驚きの声をあげた。

「ど、どういうことだ? …ですか?」

「保護者といっても世話係みたいなものだ。なにも問題ない」

「い、いや、でも…」

 チラッと少女を見て、エレナに耳打ちする。

「近くにいると、俺に不幸が起こるってことはないですよね?」

「そのときは私が守ってやる。安心しろ」

 本当に大丈夫なのか?

 コホンッと咳をするエレナ。

「それで、だ。世話をするために毎日、ここに来る必要があるわけだ。わかったか?」

「毎日って、訓練が終わったあとってことですか?」

「そうだ。それと昼だな」

「具体的になにを?」

「そうだな。食事を食べさせてあげたり、掃除などだ。食事は私がやって、ハントは掃除を頼む。後は昼にも言ったが、たまに外出して気分転換してあげる」

 内容を聞いていると介護じゃないか? と思った。

「掃除か…」

「皿洗いとか、洗濯とか、掃き掃除だ。食堂のおばちゃんに頼むのも無理だからな。そこで、私の独断と偏見でハントに決めた。もちろん、やってくれるな」

 無理というより、この少女に近づくのが嫌なんだろう。

 確定のようで、ニッコリ笑顔の団長がそこにいた。断ることはできない圧力みたいなものを感じ、ハントは首を縦に振るしかない。

 まあ、一人だと大変だしな。協力して、エレナの負担を少しでも下げることができれば本望だ。

「さすが、ハントだ」

 とても嬉しそうだったので、こっちも嬉しくなった。

 その日からさっそくサリーの世話が始まった。食事は食堂から運ばれてきて、実際に部屋まで持ってくるのはエレナが担当した。サリーは表情を変えずに差し出された食べ物を口に含んでいく。食べ終わったあと、皿やコップはキッチンで洗う。それはハントがやった。あとは掃除だが、あまり汚れてはいないと思うのだが、初日ということで軽く掃いた。ちりとりを構えて、エレナがほうきでゴミを入れていく。ハントはキッチンへと歩き、ゴミ捨てにゴミを捨てた。そのとき、背中にピタッとつくものがあった。エレナだ。

「え?」

 ドキッとして、後ろを振り向くと道を塞ぐようにして接近している彼女がいた。というか近すぎるんだが…。

 表情を見ると、どうやらハントだけに見せる甘えモードになったらしい。

「ど、どうしたの?」

「なんでもない。ただ、そばにいたくて…」

 ハントの胸にピタッと張りつくエレナ。ボヨンという擬音とともに柔らかな胸が触れ、彼の心拍数は上がっていく。

「え? え? ちょ、エレナ。隣にサリーがいるって」

「しっ。声がでかい」

 もしかして…これが目的か? 俺を世話係にしたのも、毎日一緒に世話するように言ったのもこのため?

「これで毎日、堂々と会えるね?」

 どうやら当たりのようだった。一週間に一度だけという縛りは、我慢できなかったようだ。毎日男子寮に忍び込むのはきついし、逆に彼がエレナの部屋に行くのも厳しい。悩んでいたところ、この話がきた。そして閃いたのだろう。ただ、サリーがいるのにこんなことはよくない。見られていないからといって近くでイチャイチャするのは、無関係の者からしたら迷惑だ。

「エレナ。こういうことは、ここでは…」

「サリーに見られるから心配?」

「う、うん…」

「だったらトイレに移動する?」

 吹き出しそうになった。狭い空間でいったいなにをするというのか…。あかん。変な妄想が始まってしまって、止まらなくなる。

 ハントは妄想を打ち消そうと首を左右に振った。

「鍵をかけちゃえば、入ってこれないよ」

「エレナ。それはさすがに…」

「わかってる」

 エレナは身体を離れ、少し距離をとった。

「冗談だよ。でも、こうして近くにいるから、たまにならいいでしょ?」

「たまになら…」

「ふふっ。じゃあそれで」

 そして、キリっとした顔になり、クールモードへと戻る。そして、サリーの部屋へと歩き出した。その光景を目の当たりにして、二重人格だろうか? と思うハントだった。彼もエレナに続く。

「サリー。これから毎日、昼と夜、私たちはここに来る。お風呂は一人で入れるな?」

「ええ。問題ないわ」

 昼…。あ、そっか。昼もエレナと食事をとるようになるのか。クロスに連絡しておかないと…。なんか嫌だけどな。

「なにか困ったことはあるか?」

「なにも」

 淡々とした口調が不思議だった。

 いったい、この少女は何なんだろう。なにかよからぬことをしているのではと、疑うハントがいた。

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