第5話 休日こっそりデート
十時五分前に街の広場に到着した。噴水があり、大勢の人たちが行き来している。肉の焼けるいい匂いを漂わせているのは近くにある露店だった。エレナはどこかな? と辺りを見回すが、それらしき人はいない。ベンチが空いたので、座ることにした。少しして、彼女が姿を現した。
「やっほ」
「あ、ああ。エレナか」
金髪ショートはそのままだが、着ているものがヒラヒラのドレスで、両手に小さなバッグを持っているさまは普段とはまったく違う印象を与えた。ただ、サングラスにマスク姿なので怪しさ満点だ。
「どうかな。似合う?」
「に、似合うよ」
顔が隠されているので惜しいが、それを差し引いてもその美しさは伝わってくる。ハントはワイシャツに長ズボンなので、もうちょっとカッコいい服装があったらなと思った。デートのプランはほとんど考えていない。とりあえず適当に食事して午後に帰宅すればいいかと軽く考えていた。
「どこ行く?」
「人気の少ないところがいいかな」
「ハントって大胆ね」
「…違うって。そういう意味じゃない!」
人の多いところだと同じ騎士団の連中に見つかるかもしれないからだ。今日は確かクロスも街に出かけている。鉢合わせしたら厄介だ。そのときはまた、手刀で気絶させるのだろうか…。
一番栄えている広場から離れ、北のほうに足を運んだ。人がまばらになり、店が少なくなってくるのを感じる。
「そういえば、ノロのやつは大丈夫なのか?」
「平気だよ。どうやら数時間前の記憶を失ってるみたい。好都合だったわ」
大丈夫なのかそれ?
彼が戻ってきた理由は単純だった。やっぱり自分だけ戻るのはズルだと思い直したのだという。優しいやつだ。
小さな飲食店があったので入ってみた。ぽつぽつと客がいて、奥のほうの席が空いていたのでそこに座ることにした。テーブルを挟んで向き合って座る。ハントはオレンジジュース、エレナはコーンポタージュを注文したあと、軽く話をすることにした。彼女はサングラス、マスクを外し、バッグに入れる。身震いするほどの美しい顔が目の前に現れた。
「なに? ジロジロ見て」
「い、いや、エレナってそういう服着るんだな」
「実はこの日のために買ったんだ。へへ…」
照れ臭そうに笑う彼女にドキッとする。
「そうだったんだ。俺も用意しとけばよかったかな」
「いいよ、別に。私が勝手にしたことだから。それに給与はたんまりもらってるから大丈夫」
「どのぐらいもらってるの?」
「それは秘密。聞かないほうがいいよ」
確かにそうかもしれない。ただ、団長だから三倍ぐらいはもらってるだろう。
ハントは午後にはもう帰宅しようと彼女に言った。クロスがいるかもしれない場所をうろうろするのは危険だと伝えると、しぶしぶ了承した。
「あ。じゃあそのあと私の部屋に来てみる?」
「エレナの部屋って、女子寮の?」
「うん。そう」
「さすがにそれは危険じゃ…」
「大丈夫。女子たち少ないから」
確かに、男子が八割なので女子寮はすっからかんといっても過言ではない。守衛もいることにはいるが、たいてい不在だ。ただそれでも抵抗がある。
「ねっ。行こうよ」
手をギュッと握ってくるのは反則だ。その反則技を前にして、抗えるわけもなくハントは従った。
エレナは「やった」と微笑んだ。ウェイトレスがやってきて、エレナの前にコーンポタージュが運ばれてくる。ハントはストローに口をつけ、オレンジジュースを飲みこんだ。
「ハント。これ、欲しい?」
「いや、俺はジュースだけで大丈夫だよ」
「欲しいって言って」
「え? えっとじゃあ…欲しい」
「そうなんだ。じゃあ、ふーふーしてあげるね」
それがやりたかったのか、彼女はスプーンでスープをすくうと口をすぼめるとふーふーと息を吹きかけた。そして、
「あ~ん」
そう言われては男としては口を開けるしかなかった。あったかいスープが口の中に広がる。ただ、おいしさを味わうよりも恥ずかしさがこみ上げてきた。客はほとんどいないが、ウェイトレスはいる。彼女たちが見ていないかどうか気がかりだった。
「エレナ。こういうことはちょっと…」
「え~。ハントのケチ。じゃあ、ジュースちょうだい」
コップをエレナのほうに寄せた。彼女はストローに口をつけ、おいしそうに喉を鳴らす。
「ふ~。おいしっ。間接キス、だね」
「そ、そうだな」
キスといえば、昨日の体育館のことだ。ノロが現れなかったら、そのまま口づけをしていたのかもしれないことを考えると体が熱くなってきた。
「ハント。なに? 変なこと考えてる? もしかして昨日のこと?」
「うっ…」
「図星みたいね。でもまあ、私、ちょっと早とちりしちゃったかも」
「え?」
「ファーストキスはもっと特別な場所でやらないとね」
白い歯を見せるエレナ。
特別な場所っていうのは、鐘が鳴り響く教会的なところを指しているのだろうか。
飲み物を飲み終え、そろそろ出ようかと思ったそのときだ。見知った顔が店の入り口から店内に入ってきて、ハントは思わずうつ向いた。それはクロスだった。そして連れの女性はルッカだ。彼らは窓際の席に座った。こっちに気づく気配はないようで、ウェイトレスに注文している。遠くから見ると、二人は恋人のように映った。ハントの異変に気づいたのか、エレナは口を開く。
「どうしたの?」
「クロスだ。それにルッカもいる」
彼らがいるのは入り口近くだ。なので、いなくなるまで待つ必要があった。クロスからエレナは背中しか見えないが、左に視線を移動すればハントの顔を見れる位置にいる。
まずいな…。もし気づかれてエレナと一緒にいることがバレたら大事になる。それにあの新聞部のルッカもいる。新聞の見出しに大きく載ることだろう。
ハントとしては顔を見せないようにして、なるべく早く彼らが出ていくこと期待するしかなかった。しかし、クロスと目が合ってしまった。ん? と彼は目を細め、じっとこっちを凝視してくる。そして友人の存在に気がついたのか、立ち上がった。向かってくる先にいるのはハントの席だ。
やばい…。
一歩一歩確実に近づいてくる。その視線は完全にハントをとらえていた。
まずいっ。これは確実にバレた。そうだ、エレナに変装させればまだ、バレないかも。
視線を上げる。しかし、その先にエレナはいなかった。
え?
いつの間にか彼女は一つ向こうの席に移動していた。サングラスにマスクの着用も忘れていない。
い、いつの間に…。
その素早さには驚くしかない。肩にクロスの手が置かれた。
「ハントじゃねえか」
「あ? あ、ああ。ク、クロスか」
「体調は元に戻ったのか?」
「ま、まあな」
「お前一人か?」
「あ、ああ。そうだよ」
「なんだよ。俺を誘ってくれたらよかったのに」
「いや、一回断ったしな」
「なんだか怪しいわね。こんなところ、一人でいるなんて。それに、テーブルにはジュースとコーンポタージュ。二人いたと思うのが自然では?」
クロスについてきたルッカがきょろきょろと辺りを見渡す。さすが新聞部の部長。鋭い意見だ。それに対してハントも鋭く反撃する。
「あ、怪しいのはお前らのほうだろ? いったい、どういう関係なんだ?」
「は? こいつはタダのオマケだよ。お前の代わり。誘ったら来るって言うから、一緒にいるだけだよ」
「ええ? それって酷くない?」
ルッカは不機嫌そうに眉を寄せた。
「なんだよ。事実だろ? 本当はクロスと一緒に行く予定だったんだ」
「そうだとしても、それ言うってありえないんだけど」
痴話ゲンカを始める二人。
意識がそっちにそれているので、この展開はありがたい。いいぞ、もっとやれ。
「お客様。他のお客様のご迷惑となりますので…」
近くのウェイトレスから注意が入った。しぶしぶ、二人は元の席に戻っていく。ハントは「ふぅ」と安堵のため息をもらした。
ハントは少ししてから立ち上がり、会計をすます。
「じゃあな。お二人さん。お似合いだぜ」
二人を茶化す言葉を投げかけ、店を出た。入り口近くで待っていると、変装したエレナが出てきた。
「危なかったな」
「そうだね。もう今日は私の部屋に行く?」
ハントはうなづいた。二人は坂を上がり、騎士団施設区域に戻った。そして、東に建っている女子寮へと足を運ぶ。緊張しながらも入り口に入り、二階の階段を上がる。すぐそばのドアにエレナは鍵を開けて入り、ハントも中に入った。緊張感から解放され、胸を撫でおろす。
来たのはいいが、戻るとき緊張するな。こんなことはあまりしないほうがいいだろう。
エレナの部屋はハントと同じぐらいの大きさだった。備えつけられたものも同じで勉強机があり、ベッドがあり、棚があるだけだ。団長だからといって特別待遇は受けていないようだった。ただ、一つ違うのは棚にいくつものぬいぐるみがあったこと、さらに枕元には大きなクマのぬいぐるみが座っていた点だ。それを眺めているハントに気づいたのか、彼女のほうから口を開く。
「クマのぬいぐるみはね。ハントって言う名前」
「俺?」
「うん。ハントがいない夜を過ごすときは、これをハント代わりにして寝るの」
「そ、そうなんだ」
「でも、今日はハントがいるから平気だよ」
「え? 俺、今日ここで泊まる予定はないんだけど…」
「むぅ。それはダメ。できない相談」
「ええ! でも、また遅刻するかもしれないし、それに夕食とか風呂もあるから無理だよ」
「じゃあ一緒に入っちゃう? お風呂」
「ぶっ!」
ハントは思わず噴き出した。共同の風呂は他の女子も入る。なので、バレる可能性大だ。そうなれば仲間から白い目で見られるだろう。最悪、騎士を辞めることになるかもしれない。
「冗談だよ。さすがにそれは無理だよね」
「そうだよ。じゃあ暗くなったら俺、戻るから」
「じゃあその間、一緒にいられるんだね。じゃあ、ん」
エレナは両手を広げ、恒例の抱きついて欲しいサインをした。ハントは彼女の優しい感触に包まれた。
「これから一週間、一緒にいられないんだね…」
そう呟くと、彼女の腕の圧力が上がった。
「ぐあああああっ! ちょ、ちょっとタンマ!」
「あ…ごめん。つい」
危うく二回目の失神を体験するところだった。エレナは本当に恐ろしい女性だ。
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