第2話 会うのは休日だけ
「ハント、飯行くか」
鐘が鳴った。早朝から続く騎士の練習が終わり、クロスが声をかけてきた。
「今日の動き、鈍かったな。なにかあったのか?」
「いや、ちょっとな」
昨夜、団長に抱きつかれて気絶した、なんて言えるわけなかった。
「あれ? 後ろにいるのは…」
「やっ。ハントくん」
クロスと同じクラスの女子だった。名前はルッカ。赤髪のショートカットが似合う笑顔が素敵な女性だ。
「こいつも来るって聞かなくってな」
「噂のハントくんを調査したいと思いまして」
「噂? どういうこと?」
「まあまあ、それは食事のときにでも話そうではないか」
なにやら怪しげな笑みを浮かべるルッカ。クロスはため息をつく。
「まあ、付き合ってやってくれよ。こいつ、そういう情報集めが好きなんだ」
「はあ…」
食堂へと足を運ぶと、いつものように列ができていた。最後尾に並び、A定食である皿をおぼんにのせていって、空いている席に座る。ハントが真ん中の位置に腰を下ろし、左右にクロス、ルッカが座った。
「いただきます」
三人は手を合わせて、箸をつけた。少ししてから、ルッカが口を開く。
「さてさて。ハントくん。君、団長に気に入られているらしいね」
ドキッとした。動揺から箸を落としそうになったが、それはかろうじて防ぐことができた。どうしてわかった? もしかして、昨夜、自分の部屋に訪れたエレナを見たやつが噂を流した、とか。
「図星みたいだね」
「どうしてそんなこと、お前にわかるんだ?」
「いやね。あくまで噂だけど、ハントくんに話しかける回数が多いってこと」
「おいおい。それだけか? そんなのたまたまだろ?」
「それと~。ハントくんが入団したときからなんだよね~。団長が練習風景を眺めるようになったのって」
「そりゃあれだろ。部下の指導も上司の責任だからだろ?」
「本当にそうかな~。Aクラスってマジメな人が多いから、見張られてなくても練習は怠けないと思うよ。Bとは違って」
「お前もBだろ」
「そうでした。で、ハントくん。実際のところ、どうなのかな?」
「えっと…」
どうする? 正直に話をするか? う~ん、でもなあ。このルッカって子いかにも言いふらしそうだし。騒がれると色々な意味で厄介だ。変な目で見られるし、同性からは妬まれる。
「そこの席、ちょっといいか?」
へ?
現れたのは、ちょうど話題に上がっているエレナだ。彼女はおぼんを持って、正面の席に座って食事中の男に声をかけた。
「は、はいっ! どうぞ」
「すまないな」
「いえ」
男は団長に声をかけられ、微笑みを投げかけられたことで興奮し、すぐに席を譲った。そして、ハントの目の前に彼女が座る。美しい金色の髪が揺れ、整った顔をした聖女のような彼女、その視線がハントをとらえていた。ルッカは口を半開きにしたまま、固まっている。クロスも同じような反応だ。普段、団長は食堂に姿を現さないので、周りもざわざわと騒がしくなっていた。それはまるで校長先生が昼食を食べにきたぐらいの違和感があった。
「どうした? 私に構うことはない。続けてくれ」
優し気な笑みを浮かべるエレナ、その瞳の奥にはなにか冷たいものを感じた。さっきの会話、聞いていたのだろうか? だとしたらここはなんて答えるのが正解なんだ?
「ええっと…。なんの話をしてたんだっけ?」
ルッカはとぼけたように言った。本人を目の前にして、話題を続ける勇気はないようだ。
「私とハントくんの仲、実際はどうなのか? ということだろう?」
地獄耳なのだろうか、エレナは代わりに答えてくれた。困っているハントに対して、彼女は口を開く。
「私とハントくんはそうだな…。知り合いみたいなものだ。同じ故郷なのだよ。同郷のものはいなくてね、それで嬉しくてつい話しかけてしまう、とまあそんなところだ」
涼し気な態度で彼女は答えた。コーンポタージュが入ったカップを手に持ち、口につける仕草が様になっている。
知り合い、ね。昨夜のあれは幻か? 幻だったのか?
「で、ですよね~。同じ故郷の人がいると、声かけたくなりますよね~」
「そういうことだ。ルッカさん」
「あ、私のことは知ってたんですか?」
「ああ。新聞部の部長として活動していると聞く。熱心じゃないか」
「はは…。団長さんに覚えられて光栄です」
ルッカは苦笑いだった。そのあと、会話らしい会話はなかった。食事の後は人気の少ないB棟一階の廊下に腰を下ろし、休憩した。連れはクロス一人だけだ。ルッカはエレナに要注意人物として見張られていると思ったのか、一旦身を引いたといったところ。
本当は食堂近くの中庭、そのベンチが休憩できるベストな場所なのだが、そこは恋人たちの憩いの場になっている。そこに男同士が立ち入ることは心情的に厳しい。クロスはすぐそばに立っていて、日の光を浴びていた。
「なあ。本当のところ、どうなんだ?」
「え? なにが?」
「お前と団長との関係だよ」
顔は見てないが、なにやら真剣な声だった。クロスには話しても噂を広げたりはしないだろう、話してもいいかもしれない。しかし、話づらいことだ。
「いや~。実はここだけの話、彼女は俺にゾッコンなんですよ~」
…なんて言えない。お前バカか? と呆れられるに決まってる。あの、自分に厳しく、いつも凛としていて誰からも尊敬されるクールな団長様が、お前に惚れている? 寝言は寝て言えとクロスだけではない。誰もが口にするだろう。本当のことなのだが、あまりのギャップに言えない。だから、こう言うしかなかった。
「そこそこ、仲はいいよ」
「そうかあ~」
残念そうに、がっくりと肩を落とした。
ん? なんでそこでお前が残念がるんだ?
「クロス。まさか、お前…」
ハントは照れ臭そうに笑っている彼を見た。
「へへ…。お前には負けねえからな」
「え…」
マジか、こいつ。エレナのこと好きなのか。いや、別に不思議なことじゃない。現に、彼女は何人もの男からの告白を受けている。受けては避け、受けては避けの繰り返し。いったい何人の男が涙を流したことかわからない。誰もがうらやむ美貌、そして同時に強さも一流でカッコよさも兼ね備えている。例えエレナが男であっても、あこがれの対象になっていたことは想像に難くない。
「っし。俺は先に行くぜ。じゃあな」
「あ、ああ…」
クロスはエレナが好きなのか…。
ハントはその事実を知り、複雑な気分になった。
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