最強の聖騎士は俺だけにデレデレなんだが
kiki
第1話 デレデレライフ
「おい貴様! なにをサボっている!」
「は、はい!」
「やる気がないならやめろ!」
「す、すみませんっ!」
ここは城にある練習場。
女騎士エレナは訓練中の騎士たちを叱咤した。金髪を首元まで伸ばしたショートカット。前髪は切りそろえられ、やや吊り上がった目は部下たちに向けられていた。銀色に輝く鎧を着て、白いマントをひるがえすその姿は、一国を支える騎士にふさわしい。
相変わらず厳しいな。
ハントは遠くでその光景を眺めていた。
彼女はハントの上官で、最強の騎士として実力を持ち、聖騎士の名を王から授かった有名人であり、ハントの幼馴染だった。
「おいハント」
「は、はい!」
「今日、ちょっと話がある。夜、訪ねるからな」
耳の傍で囁かれたので、ドキッとした。なんでそんな近くで耳打ちするかな。とりあえず「はい!」と元気に返事する。彼女は真顔のまま離れた。
夜か。何の用だ?
日が傾きかけ、練習が終わる。
「お疲れさん」
脱衣所で友人のクロスと会った。彼はさっぱりしたスポーツマンで、体格がよい。このまま二人して隣の風呂場に入る。
「ふう……。いい湯だな」
クロスは浴槽に入り、頭にタオルをのっけて、くつろいでいるようだった。ハントも横で今日の英気を養うようにダラッと力を抜く。
「このときが一番落ち着くな」
「ああ。最高だ。これで上官がマシな奴ならな」
「ははは……」
「お前のところはいいよなあ。マジで」
「ええ? 結構厳しいぜ? 俺のところも」
「バカ。あの美人に教えてもらうとか、最高だろ? おまけにスタイルもいいし、さらに聖騎士様だ。くぅ~。うらやましいっ」
「いてっ」
クロスは肩を叩いてきた。
そんなに羨ましいものなのか? まあ、確かに幼馴染補正を外しても美人だと思う。
騎士団はAクラス、Bクラスに分かれていて、Aはエレナが担当していた。
そういえば同じAクラスの奴らが怒られたあと喜んでたな。同じ空気を吸えるなんて幸せだとかアホなことを言っていたが、クロスも同類か。
「そろそろ上がるよ」
「早いな。もう少し語り合おうぜ」
「ちょっと用があるんだよ」
「おっ。まさか、女か?」
「お前と一緒にするな」
ハントは浴槽から上がった。
女は女だが上官だ。同じ年齢だが立場が違う。俺は一般の騎士、彼女は聖騎士。圧倒的な差がそこにあり、まともに話すこともおこがましいというか、そんな関係だった。
まあ、そうだな。確かに怒られるだけでありがたいかもしれない。そんな立場の人が練習に付き合ってくれるからだ。
そういえば、練習風景を見るようになったのは最近のことだという。以前はそんなことはなく、彼女は他の仕事をやっていたようだ。話を聞くと俺が入団した年からだ。心の変化があったのだろう。新人たちの教育もしなければ、という使命感は立派だと思う。さすがエレナ。
寮に一人戻り、部屋に入った。相部屋ではなく、一人部屋なのがありがたい。広さは一人が暮らすには十分だ。トイレと風呂は共同だが、ほっとできる時間だった。
ベッドに寝転がり、本を読んでいるとノック音がした。
エレナだ。
素早く起き上がり、髪を整え、出迎える。彼女の姿は、日中の鎧姿ではなくラフな格好だった。部屋着である白いシャツに膝丈のスカートをはき、大人の雰囲気を醸し出す。風呂上がりなのか、顔は少し火照っていた。手には小さなバッグを持ち、中には櫛やタオルが入っているのが見えた。
「ここじゃあなんだ。入ってもいいか?」
「どうぞ」
「失礼する」
彼女は室内に入ってきた。
「そこに座ってください」
エレナはドア近くの椅子に腰かける。ハントはベッドの上に腰かけた。
「それでお話と言うのは?」
「やめてよ。その硬い感じ」
「え?」
彼女の口調は明らかに変化した。優しげな甘い感じになる。
なんだ? 突然どうした?
「村にいたときは、そんなんじゃなかったよね?」
「はあ……。でも上官なんで」
「関係ないわ。昔みたいにエレナって呼んで」
「ええ!? それはちょっと……」
「むぅ~」
頬をふくらます彼女。
ていうか誰? い、いや。確かに村にいたときのエレナはこんな感じだったけど。村を離れて聖騎士になって、しばらく見ない間に大人になったな~なんて思ってたんだけど。結局、中身は変わってなかったってこと? そういうこと?
「ハント、かた~い」
そこだけ切り取ると、変な風に聞こえるからやめて欲しい。エレナは立ち上がり、ハントの横に腰を下ろした。
「ち、近くない?」
「私の傍は、嫌?」
「嫌じゃないけど……」
「よかった」
エレナは満面の笑みだ。
外面と違い過ぎだろ、とツッコミたくなる。なんで俺の前だけ。鈍感系じゃないから察することができるけど、俺のこと好きなのか?
「今日はハントとゆっくりお話したいと思って」
「俺とですか?」
「敬語禁止」
「あ、はい。俺とか?」
「そうだよ。久しぶりだからね~」
うっ。動くたびにいい匂いが。シャンプーか。
それに彼女が着てる白いシャツ、薄着で肌に密着するような服だから、二つのたわわな胸の曲線がよく見え……。
「なに? あ、ハントのエッチ!」
「え、あ……ごめん」
エレナは胸を隠すように腕を交差させた。ハントの顔は赤くなり、視線を床に落とす。
間近で見ると、スタイルいいな。昔はまだそんなにだったのに、いつの間に成長したんだ。
「ま、ハントなら許すけど」
「そうなの?」
「だからって、ジッと見るの禁止だよ。困るから」
「いやそんなことはしないよ。したら変態じゃん」
「そうだよね。ハント硬派だもんね」
「そうそう硬派」
「村で私のお風呂覗いたもんね」
「え!? あ、あれは違うって。同級生に誘われて仕方なく……」
「今やったら犯罪だからね。注意してよ。硬派なハントくん」
クスクスと微笑む彼女と、昔の表情がダブる。
ああ、そういやこんな感じだったな、こいつ。
そのあと、しばらく話した。村の様子や、どうやって騎士試験を突破したのかということ。そして彼女のほうの苦労も聞いた。
「そろそろ消灯の時間だね。私、ここで寝ようかな~」
「ぶっ!」
とんでもないことを言いだした。
そんなことできるわけない。
「ね? どう? いいアイディアだと思わない?」
「それはさすがに無理だろ。ここは男子寮だぜ?」
「ふぅん。私と一緒にいるの、嫌なんだ?」
「いや! そんなことは……」
嫌というか、俺が床に寝るとしても興奮して眠れないだろ。
そうすれば明日の体調に響く。
「じゃあ、こうしよっか」
彼女は立ち上がり、両手を広げた。
「え? なに?」
わからないので見上げるしかない。
エレナは頬を少し染めたまま、動かない。
どうしたらいいのこれ?
「ん」
ん、ってなんだよ。可愛いけど。
察しろってことか? ん~。どうすればいいんだこれ? ハイタッチか?
立ち上がったハントは、彼女の手をパチンと軽く叩いた。
眉を寄せて不機嫌な顔をするエレナ。ハズレみたいだ。
「ええっと……どうすればいいんでしょうか?」
「ん!」
もしかして抱きつけってこと? いやいやまさか。でも、これはそういうことだよな。でも違ったら変態扱いされるんじゃなかろうか?
ええい。このままだと消灯時間になって、勝手に灯りが消えてしまう。その前に……。
意を決し、エレナを抱いた。
引き締まった腰に手を回し、ポヨヨンと柔らかい感触の二つのお椀を感じる。
「なにするのよっ!」って叩かれることを覚悟したが反応がない。ということは正解?
彼女のほうも腰に優しく手を回してきた。
ドキドキドキドキ。
互いの心臓が高鳴るのがわかる。これ以上は色々な意味でやばい。主に俺のアレが目覚めてしまう可能性大なわけでして。
「そ、そろそろ離れようか」
部屋が真っ暗になった。消灯時間だ。
なんというタイミング。
ハントは離れようとするが、彼女は離さなかった。
「はんとぉ~」
彼女は甘い声を出した。暗闇効果で気分が高まったのかギュッと強い力が加わる。
ちょっと苦しいぐらい……というか、かなり苦しい! し、死ぬ!
そうだった。彼女は並外れた力を持つ最強の聖騎士。力を少し込めただけで、俺には強烈なゴリラ並みの力が伝わるわけで。
「かはっ!」
暗闇の中、ハントは気絶した。
こうしてハントとエレナのデレデレライフがスタートするのだった。
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