Tが足りない
「にしのん。テーブルトークRPGの略で、TRPGっていうの」
「TTRPGじゃないんですか?」
「気持ちはわかるけど」
長谷川先輩と西野さんのやりとりは、俺からすると、仲の良い姉と妹のように見えた。
「ロールプレイングゲーム、だから、
「えっ? スマホアプリで、役を演じるんですか?」
「うん。スマホを使わなくても、テーブルで、おしゃべりしながら役を演じるのだって、ロールプレイングだから」
「テーブルで、トークするから、テーブルトークってことですよね」
「そうそう! にしのん、飲みこみ早いなあ」
「じゃあ、やっぱりTTRPGと略すべきじゃないですか?」
「痛いとこ突かれちゃったなあ」
長谷川先輩は苦笑いしていた。こういうところも可愛いというか、コレ目当てで、文芸に興味ない陽キャの野郎がサークルに入って来たら、とか思うと、心底ゾッとする。
しかし、長谷川先輩が、「おっとり系美人」な感じだったのは、ここまでだった。
先輩のご尊顔に、会心の微笑が浮かんだ。
「にしのん。でね、でね。みんなでやろうと思って、これ、買ってきたの! ててててーん!」
まるでN次元ポケット(N=4? 詳細不明)から秘密ツールを出すかのように、長谷川先輩が、机の下に置かれた鞄から、しゃっと取り出したのは……。
本。
「ひぃっ!」
その表紙をチラッと見ただけで、西野さんが思わず後ずさりした。まるで、一気に攻守が交代したかのようだった。
「クトゥルフ神話TRPG ルールブックーぅぅぅー!」
ちょっとダミ声にした女性の声って、なんて魅力的なんだろうか。
「先輩……そんな軽いノリで出す本じゃないっすよ、それ……」
俺はため息混じりにそう言った。
それがどんな本か、説明を試みるとですね……。
◆ ◆ ◆
天は、血を連想させる、紅い空。その紅に消え入るかのように、煤けた尖塔が林立している。
地に伏した緑色の光は、水だろうか?
左右には、うねうねと蛇行する、ヒダのような何かが。これは崖か? もしそうだとしたら……。
中央に潜むモノ。そのサイズは、明らかに人のソレではない。
うねうねと延びる触腕。
鉤爪のある手が二つ。
タコのような頭には、感情を読み取れそうもない目が、二つ埋まっている。
それらを上から覆っている、これは……なんだ? ドームテントか? 悪魔の翼か?
◆ ◆ ◆
先輩が取り出したのは、そんなビジュアルの表紙の本だった。
はいはーい。
このクトゥルフTRPGをモチーフに使って、『マルヤマ大賞』にラノベを応募して、賞かすりもしなかった俺が通りますよ?
「長谷川先輩? これ、どう考えても、ホラーですよね?」
俺が言うと。
「怖いの、苦手なんですわたし!」
西野さんは目をくしゃっと閉じ、元々小柄な体を一層小さくしていた。彼女のオフショルダーを飾るふわふわの波(レース生地?)がカツオ節みたいに踊る。おっ、女子っぽい。カツオ節の形容は余計だ。
「にしのん、大丈夫だよ? これも、神話の一つだからさ。SNSで見たんだけど、最近流行ってるらしいの!」
と、いつもは大人しい長谷川先輩が、奇妙な程に押しにかかる。
そうだった。
サークル活動の実態としては、気になったラノベを読んだり、だべったり、カラオケに行ったりと、まったりした活動しか、してこなかったけど。
うちのサークル、「神話文芸亭」だった。
……にしても、ねぇ……。
サークルで、初めて接する神話が、ギリシャ神話でも、北欧神話とかでもなくて。
邪神が這い寄る「クトゥルフ神話」って。
それはどうなのだろう……?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます