テーブル・トークRPG
長谷川先輩が差し出したその本は、とあるラノベの文庫本だった。
マルヤマ書店発行の、『異世界にぶつかったらトラックに転生した件』というタイトル。
その表紙は、2トントラックがサイドミラー状の両手にそれぞれ剣を持ち、美少女化した椅子を背中の荷台に載せせたまま、敵に突撃しようとしているシーンを、勢いのあるタッチで描いたものだった。
2トントラックに転生した主人公。それを迎え撃つ敵も、表紙の左側に小さく描かれていて、その正体は、「フッソ」というガソリンスタンドだった。
長谷川先輩はちょうど、バトル描写のところまで読み進めていたようだ。
「主人公のトラックが、炎の剣を持って、ガソリンスタンドに突撃してるの。爆発必至な展開でしょう?」
「芸術は爆発なんですよ、いおり先輩」
と、西野さんは握りこぶしを見せた。オフショルダーのブラウスが、少しだけずり下がった。
「そ、そうだね」
どもる俺。
このラノベ、先日読んだから俺はよく知っている。
と言うかこの本、俺が部室の本棚に寄贈したやつだ。
そのラノベのあらすじは、こうだった――。
◆ ◆ ◆
ある日、モテない男子大学生、
地表に激突した異世界からリア充カップルを助けた結果、虎駆が代わりに死んでしまい、現実世界でトラックに転生する。
いわゆる異世界転生モノの「トラック」と「異世界」の役割を、逆にした話。
終盤、
空から飛来した巨大な異世界に、
異世界を異世界に転生させるという、「入れ子構造オチ」へ向かう話だ。
◆ ◆ ◆
……その後の展開は、まだ読み途中の長谷川先輩には、話すわけにはいかない。俺はお口をチャック状態で居た。
「この本、人がトラックとかイスとかに転生しちゃうってのが、よくわからない感じかな」
と言って、長谷川先輩は小さく笑った。
この笑顔を見て、瞬間的に恋に落ちてしまう男子校生は、たくさん居るだろうな、とか思ってしまう。
「トラックはともかく、イスですか?」
西野さんは、若干引いている感じだった。表情が曇っていた。
俺だって、『座椅子の偉大なる種族』という、イスの擬人化作品を書いた身の上。
「イスはだめなの?」
と尋ねたら、西野さんは、人のイス化にあまり良い印象を持っていないようだった。
「わたし、歳の離れた従兄弟のちびっ子がいるんだ。その従兄弟の家で観た深夜テレビなんだけど。イスが幼女を座面に乗せて、興奮しながら踊ってて。あれ、教育上、ほんとまずいと思う」
言って、西野さんは顔を左右にぶるぶると振った。オフショルダーのブラウスがまた少しずり下がった。
それを見て、俺は気付いた。
(なるほど。ちょっと大きいのサイズのオフショルを買っちゃったのか。インナーとして白シャツを重ね着しておかないと、確かに危険っていうか、男性には美味しいっていうか、そんな感じだよなぁ)
口には出さずに俺は無言。
こうやってオフショルの事でも考えとかないと、また闇落ちしそうになる。西野さんに俺の処女作を、万が一読まれでもしたら、おそらく嫌われるだろうから。
「まぁまぁ。現実の話じゃないし、深夜帯の番組なんでしょ? にしのん」
と、長谷川先輩が、西野さんをとりなしていた。
西野さんも「まぁ、そうですね」と言って、へへっと笑った。
「それより、一ノ瀬くん?」
話が途切れたところで、長谷川先輩の顔が、俺の方を向く。
その笑みには、なにやら邪悪そうな匂いが交じるのを、俺は感じ取っていた。
こういう笑い方をした時の長谷川先輩は、ちょっと怖い。なので俺は、
「な、なんでしょうか?」
と、若干後ずさりしながら言った。
「TRPGって知ってる? 一ノ瀬くんは」
「……へ?」
長谷川先輩の話は、予想とは違った。
てっきり、『マルヤマ大賞、どうだった?』の話が振られると思っていたからだ。
サークルの女子2人には、「マルヤマ大賞に応募してみた」という話は、前もってしてあった。「どんなの書いたの?」については、「発表をお楽しみに」と濁していた。
結果、箸にも棒にもかからなかったわけで、報告しずらいのと、気恥ずかしいなのとで、身構えていたんだけど。
でも、俺の応募の件なんてきっと、2人は忘却の彼方なんだろうな、とも思えて、少し寂しい気もする。
「ええと、テープルトークRPGの事ですよね? 一応知ってますよ?」と、俺。
「あたしは知らないです」と、西野さん。
「そっか。えっとね、にしのん。テーブルトークRPGって言うゲームはね……」
長谷川先輩は、西野さん向けに、解説をしてくれた。
それは、先輩が着たシャツのライムグリーン色のように、優しい解説だった。
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