深淵にもぐる螺旋階段

 電車に乗って、大学へ向かう。


 今日は13時からの3限だけなので、大賞の発表もあるしサボろうと、昨日までは思っていた。


 でも、このまま部屋の中でジタバタしているのも、メンタル的に良くない。心が腐る。


 だから、こうして物理的に動くのが良いと思ったんだ。


 少子化の時代で、大学は定員割れが多いらしいけど、うちの大学は、とても人が多かった。いわゆる都心の有名私大。


 本部キャンパスは川手線環状線の内側にあって、大学の敷地もバカでかい。いつ行っても、人が歩いているイメージだ。夜中ですら、演劇サークルの連中が発声練習をしてたりする。


 広い中央通りの左右に、号館がたくさん建てられていて、入口付近の1号館は政経学部、3号館は法学部、 みたいな感じで、おおむね偏差値の高い順に、学部棟が配置されていた。


 正門入口から敷地に入り、奥へ奥へと進む。道の、なるべく端っこを歩く。


 道行く他の学生の「他人感」がもの凄い。

 楽しくバカ話をしながら、道の真ん中を歩いている彼ら、彼女らは、俺とは基本、生活が交わることのない他人。宇宙にある星と星との関係と、あまり変わらない。


 たくさんの人を見ると、逆につらくなるのは、どうしてなんだろう?


 風が並木を揺らし、葉っぱが斜めに降ってくる。

 

 数年前に改築があり、エスカレーターも設置された10号館の横を突っ切り、右折する。その突き当りに、ボロっちい15号館があった。大理石の階段をえっちらおっちら登って、321教室へ。後ろのドアからこっそり入る。


 150人規模の大教室は、窓も大きくて明るい。しかし盛況なので、大遅刻してこっそり入って来る、俺のようなバカ学生がいても、教授は気にしていないように見える。


 1番後ろの長机に空席を見つけたのでそこに滑り込み、ノートパソコンをカバンから取り出して机の上に置く。周りの学生も、めいめいにノートパソコンやタブレットを開いていた。


 いつもなら、授業そっちのけで小説を書き進める所だ。けど今は、とてもとても、そんな気分になれない。ボーーーッと、教室を見渡す。


 教室前方では、天然パーマにメガネの上条教授が、学生に使喋っていた。


 大学の先生も、人気商売な所があるのだろう。なにせ、サークルと授業の情報誌『マイルポスト・エキスプレス』によれば、上条先生のこの授業、その評価は「楽勝魔神」。出席も取らず、単位もゲットしやすい事で有名だった。それでも面白いから、出席率が結構良い。


 40代前半で線の細い上条先生は、学生からある意味「なめられて」いるように思う。見渡すと、お喋りし続けの女子4人組とかも、普通に目に入るからだ。


 そんな中、前方窓側に、見知った顔を見つけた。


 同じサークルの西野秋にしの・あきさんだ。


 授業に集中している彼女は、広い教室の1番前に座っている。方角的には、教室の東。東に居る西野秋さんだ。


 俺は反対に、教室の後ろ西に座っている。だから、西野さんに見つかる事はないだろう。

 

 上条先生の甲高い声をBGMにしつつ、タブレットで、SNS『つぶやい太郎』のタイムラインをチェックする。


 小説関連のアカウントばかりをフォローしているので、案の定、発表された『マルヤマ大賞』の話題でもちきりだった。

 

 受賞者に対するおめでとうコールの嵐。


 その中に、俺をSNS上で煽ってきた「宴夜えんや」の名前が、出てこないことを目視で確認し、ほっと安堵の息をつく。


 彼(あるいは彼女)がもしも受賞していたら、たぶんこんな感じで、俺を煽って来るんじゃないだろうか?


「自分の作品が面白いと思って投稿してる割には、受賞できねぇんだな。ねぇ、Calc先生?」


 そんなメッセージが目に入ったら、速攻で悶死する自信がある。嫌な自信だ。


 今回のマルヤマ大賞は、本名っぽいペンネームの受賞者さんが多かった。だから、その中にハンドルネーム「宴夜えんや」が混じっていないとも、言い切れない。


 なんだろう。

 席に釘付けで動けないって、こんなにもいろいろ、ぐるぐると考え事をしてしまうのか。しかも、マイナスの方向に、全速力で。


 まるで、深淵の闇へと続く螺旋階段をかけ降りているような気分だった。

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