第3章 巨大プラットフォームには、データが眠っている。

グルグール翻訳

 都心から少し離れた田舎駅。

 そこから徒歩で、少し汗ばむ程度の距離を歩いた先にあるアパート『ハイツ・ルルイエ』。


 その101号室が、俺が住むアパートだ。

 2階の住人が、一体何をやっているのか、ダンダンと足踏みをしていてうるさい。


(夜中だってのに、まったく)

 

 ベッドに寝っ転がりスマホのグルグール詮索せんさくに、「魚」「文字」とキーワード入力して、「詮索」ボタンをタップしたら……。


 毛筆で「魚」と書かれた画像が、詮索結果画面にズラリと並んだ。


(そうじゃない! そうじゃないんだよ、 俺が詮索したいのは)


 メールで送られてきた、魚が這ったような謎の文字列。それがなんなのかを詮索しようとしているんだ。……キーワードの指定がマズイのかなぁ。


 その後も、象形文字がどうとか、『魚の顔文字ランド』がどうとか、関係ないサイトばかり引っかかる。


(だめか……。あっ!)


 ちょっといいアイデアを思いついた。

(魚文字をキーワード詮索するんじゃなくて、このを翻訳できないかなぁ? グルグール翻訳で)



 天下の巨大プラットフォーム「グルグール」は、詮索サイトの「グルグール詮索」の他にも、たくさんの便利なサービスを提供してくれていた。


 例えば、クラウドサービスの「グルグールモクモク」、宝の地図サービスの「グルグール巻物」なんかが、有名だろう。翻訳サービスの「グルグール翻訳」も存在した。最近は人工知能も組み込んで、翻訳の精度が上がったと言われている、アレ。


(もともと、グルグールから来たメールの、謎文字なんだし)


 グルグール翻訳の画面には、何語から何語に変換するのかを指定するボックスが2つ、翻訳元と、翻訳先とがあった。「言語を検出する」から「母国語」に変換するという初期設定になっていた。


 俺が入力ボックスに、魚のような謎文字をコピー&ペーストすると、「言語を検出する」が「クトゥルフ語」に変わった。



「ク ト ゥ ル フ 語 ?」

 

 と思わず言ってしまった。その途端。


 ダン!!

 と、2階の住人が、思いっきり床を鳴らした。


「うゎ!」

 びっくりして、変な声が出てしまう。


(このタイミングで大きな音立てんなよ……しかしグルグールは、そんな言語にまで対応しているのか……)


 不自然には思わなかった。グルグール程の巨大プラットフォーマーなら、やりかねない。


 SNSのニュースで見たけれど、なぜかは分からないが、「デジタル・データを集めたプラットフォーマーが、昨今、急に力をつけている」らしい。


 詮索せんさくサイトのグルグール。

 イノベーティブなスマホで有名なアッポーパイヌ。

 実名SNSのハスターブック。

 ネット通販のパパゾヌ。


 頭文字を取ってGAHPsガープスと呼ばれる巨大プラットフォーマーを筆頭、あるいは四天王として、各企業はデータ収集にしのぎを削りながら、どんどん肥大化しているらしい。


 四天王の一角を担うグルグールは、朱雀すざくといった所だろうか? 


 全く意味不明だった魚文字。

 それを母国語へと翻訳した翻訳結果には、こう書かれていた。



ノットウィッチ:あの……。

KP:あ、はい。いらっしゃい。

ノットウィッチ:これ、なんですか?(驚) 頭に直接、声が聞こえるんですが……。

KP:はいはい。そういう仕様です。

KP:仕様……って、なんですか?


……


(なんだこれ? チャットの、ログ……?)

(「KP:」って書いてある。これは……)


 まるでこれは、昔読んだ「クトゥルフTRPG」の、リプレイ本のような……。


 そして、スマホ画面の入力ボックスには、

 「入力して下さい」という表示もある。


(え、ええと?)


 よくわからないけれど、とりあえず、「こんにちは、世界Hello World」と入力したら、その言葉の言語判定は「母国語」になった。(当たり前だ)


 そして、今俺が入力した「こんにちは、世界」は、入力ボックスから、翻訳結果の所へと、にゅーんと移動した。鮭がビチビチと体をくねらせて、川の激流を這い登るようなエフェクトと共に。



Calc:こんにちは、世界

ノットウィッチ:えっ? また別な声が?

KP:Calcくん、こんにちは!



(こ、これは……!)

 思わず俺は身じろぎし、折り畳みベッドが、みしっと小さな音を立てた。


(いや、まさか……)

 「事実は小説より奇なり」という言葉がある。まさに、俺が書いた小説より、よっぽど「奇なり」だとすら思える現実が、今、俺の前につきつけられていた。



「まさか……」



 俺は、思わず、声に出して呻いていた。



「まさか……」



「グルグール翻訳に、チャット機能まで実装されていたなんて!」

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