闇が這い寄る電車内

 駆け込んだ電車はゆっくりと加速し、車窓の外の光が横に流れていく。


(電車間に合った。座れた。よし、今日はツイてるぞ!)

 そう思って、携帯を操作する。


 開いたのは、マルヤマ書店編集部からの返信メール。


 その件名は【お問い合わせにつきまして】となっていた。


 さすがのマルヤマ書店。仕事がものすごく速い!

 今日のお昼に俺が問い合わせのメールを出して、夜にはもう返事が来るなんて。


 さて、どうだろう?


「実はあなたの応募総数作品、郵便事故で、編集部にうまく届いてなかったんです、ごめんなさい。急遽きゅうきょ、賞の選考をやり直します!」


 って来るか?


 でも、そうなってもおかしくない位、面白いクトゥルフラノベを書いた自信が、俺にはあった。可愛い女の子もたくさん登場させた。中学の時のTPPG経験も、作品の中にぶちまけた。


 メールを開く俺の気分は、サイコロダイスを転がす時のようだった。

 電車のシートに軽く座り直し、人知れず深呼吸をした。すーーはーー、すーーはーー、 すーーはーーと、3回。


(こい!)

 意を決して、そのメールを開いた。






【お問い合わせにつきまして】 

 お問い合わせ番号 0904ENKTUHRHU023


 Calc  様


 マルヤマ書店編集部です。

 平素より大変お世話になり、誠に有難う御座います。


 この度は、弊社主催『第14回マルヤマ大賞』にご応募を賜り、有難う御座いました。


 誠に申し訳御座いません。

 応募要項( http://maruyamahogehoge.hoge/hogehoge/novel_apply.html )

 に記載が御座います通り、選考に関するお問い合わせには、お答えすることが出来ません。


 Calc様がご応募なさった受付番号1583『座椅子の偉大なる種族』 につきましては、弊社編集部にて確かに拝領しております。

 ご応募時にお送りしました「ご応募確認」メールを、併せてご参照頂けますよう、宜しくお願い致します。


 この度は、ご応募、ご連絡を賜り、誠に有難う御座いました。


 今後共、マルヤマ書店および投稿サイト『カキスギ』を何卒ご愛顧頂けますよう、宜しくお願い申し上げます。


 マルヤマ書店編集部






 ……。


 ……。


(ああーーーー)

 俺は電車の中で、思わずのけぞった。

 つり革を掴んでいる目の前のサラリーマンに、「なんだこいつ?」という目で睨まれる。


 メールに記載のあったURLをクリックして、マルヤマ大賞WEBサイトの応募要項を読み直してみた。


 確かに。


『※選考に関する問い合わせにはお答えできません』


 と明記されていた。


 つまり、まとめると。



・俺が応募したラノベは、マルヤマ書店編集部に届いている。

・その上で、選考で選ばれてはいない。

・応募要項を無視して、質問メールを送りつけた。「俺の作品が落選などするわけが無い! おかしいだろ!」とでも言いたげな、鼻息の荒さで。


 マルヤマ書店編集部から届いたメールには、俺が直視出来なかった、そんな「現実」が記載されていた。


 ソウカ……。


 ユウビンジコハ……。


 ナカッタンダ……。


 俺は急激に、自分の慢心を恥ずかしく思った。


 羞恥ぞわっ


 パンドラの蓋が開いて、禍々まがまがしい邪神が飛び出したかのように、

羞恥が体内から大量に増殖し、俺の表皮まで這い出してきた。


 各駅停車で5駅ぐらい、俺はなにやら、モゴモゴと身じろぎしていたかと思う。

 

(くっそぉぉぉぉ)


(なんで? なんでだよ!? 一体どこがダメだったって言うんだよ!)


(魂込めて書いた! 何度も何度も見直した! 募集始まったら速攻応募して、熱意もアピールした! それでもダメなのかよ!)


(なにを、やってんだよ俺は! 応募要項無視して、自分勝手なメール送りつけるとか! ルール違反だろ!)


(しかも今まさに、電車の中でこの有様だ。大学生にもなって! うあああああなんだよ! もう死んだ方が良いんじゃないか!? 俺のような虫ケラは! 生きる価値が無いだろ?)


 俺は目をきょろきょろと動かす。

 

 電車の中を、人型の、たくさんのナニカが、蠢いている。


 つり革を掴んでいる。


 太ったサラリーマンがだらしなく足を投げ出しながらシートに座り、寝息とよだれを垂らしている。


 おっさんが汚い頭を隣のOLの肩に乗せ、OLが眉をしかめて震えている。


 あちこちで、ぺちゃくちゃと、耳障りなお喋りをしている。


 邪神を崇める宗教団体かのように、みな一様に、スマホという名の石版を、食い入るように見つめている。


 そんな有象無象すら、俺を「この、虫ケラが!」「ゴミが!」と罵ってくる。俺の心の中で、罵倒ばとうが渦を巻いて押し寄せている。


 思わず、俺は席を立った。

 降りたい! 電車ドアの窓に手をつく。その車窓の外には、いつもの夜景があるはずだった。


 電車は都心から離れて行く。駅を経るごとに、店の灯はどんどんと少なくなり、窓から見える景色には、闇が浸食していく。


 まるで、今の俺の、心のように。

 まるで、車窓越しに、異世界を覗き見ているかのように。


 落胆と羞恥とで、俺の心は、どんどんと闇に引き込まれていった。

 

 西野さん、ごめんよ。こんな虫ケラごときが、貴方の誘いを断ったりして。一緒にダイスを買いに行けばよかった。いや、そんな価値が俺にはない。


 自分のようなクズには、きっとかかわらないほうが良いんだよ。


 このまま電車で、異世界に連れて行って欲しかった。

 異世界特急かなにかで。人生にリセットをかけたい!

 でも、異世界転移といえば、電車ではなくトラックが一般的。

 

 今俺が乗っている、8両編成ラッピング電車の終着駅は、異世界ではなかった。


 ◆


 自宅最寄りの田舎駅のホームに、ぽつんと一人、たたずむ俺が居る。


 同じ列車に乗っていた乗客は、もうとっくに階段を上り、その先の改札へと消えて行った。


 闇の中、駅名表示板の光に照らされて、ちょっと古びた線路が、鈍く赤く光る。


 自己嫌悪ですっかり精神を消耗し、駅のホームをあてもなくうろうろする。


「はぁ……」

 思わず、深いため息をついてうなだれた、その時だった。

 

 俺のスマホを振動させたのは、のメールだった。

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