鮮魚ラリティ

 僕は右手を伸ばした。緑色の目の一つを、ぶしゅりと、長く押し続ける。緑の光が、僕の手の中で一つ消えた。


「電源良し」

 声出し確認をして、緑の目「だった」所の左右にある取っ手に、両手を伸ばす。ぎゅっと握り、体重をかけて、後ろに思い切り引っ張ると、じゃこっ! という音を立てて、それは手前にスライドした。


 平べったい機械。


 巨大な黒い鉄塔、つまりサーバーラックから取り外されたソレは、ブレード型の だった。


(この中に、応募された小説データが、たんまりと入っているんだよな……)

 ファイルサーバーは重かった。


 その一方で、ぽっかりと開いた空間には、次の緑の目、つまりブレード形のファイルサーバーが、ガシャリと上から降りてきた。だるま落としのように。そのだるまが崩れないように、黒いサーバーラックのフレームは、天高くそびえ立っていた。


 「目」。つまりラックに刺さったサーバーの識別ランプが、「現実世界」を意味する緑色に光っていた。


 緑色のサーバーなら、僕でも扱うことができる。現に僕は、「投擲所とうてきじょ」までソレを今、運んでいる。


 黄色のサーバーはダメだ。「黒球へと運び届ける」までしか、僕には許されていない。


 赤色は……やめておこう。


 先ほどラックから引っこ抜いた、ブレード形サーバーを両手で抱え、僕はさらに奥の、「投擲所とうてきじょ」へと進む。闇が、少しずつ薄まっていった。そこに人が居るからだ。


「いあいあ! おもしろコンテンツ!」

「「いあいあ! おもしろコンテンツ!」」


 先客。


 それは、同僚の 穂積ほずみじゅんと、仲間たちだった。


 穂積は10人ほどの契約社員を引き連れ、その全員が背広の、メン・イン・ブラック状態。


 彼らは背中に、マルヤマ書店謹製ドロコプター「悪魔の羽根」を背負っていた。 ドローンを大型化し、人を飛ばせるようにしたものだ。 


 あの儀式が始まる。


 穂積ほずみたちはめいめいに、ブレード形のファイルサーバーを構え、ドロコプターで宙を舞い始めた。


 ブブブブブブブブブブブ


 11機の「悪魔の羽根」が奏でるプロぺラの音。


「いあいあ! 新しい才能!」

「「いあいあ! 新しい才能!」」


 光が生まれた。ドロコプターで宙を舞う穂積が、照明弾を発射したんだ。


 その光を受けて、この空間の奥にいる、その「モノ」が見えた。大きすぎて、全体像は視界には収まらない。


 名状し難い、泡の中に浮かんだ、「何か」としか形容できないソレ。


 マルヤマ書店の幹部が「邪神のカケラ」と呼ぶ存在。


「いあいあ! 刺さるコンテンツ!」

「「いあいあ! 刺さるコンテンツ!」」


「みんないくぞ! 」

 穂積の号令の下、宙を舞う背広の11人が一斉に、ブレード状のファイルサーバーを投擲とうてきした。


 11本のブレードは、重力落下しながらもフリスビーのように飛び、奥に眠る、通称「邪神のカケラ」に突き刺さった。


 邪神のカケラは、苦悶の声すらあげない。ヤツにとって、刺さったファイルサーバーなんて、蚊が刺したほどにも感じないだろう。


 11本のブレード式ファイルサーバーは、「邪神のカケラ」の体に、ズブズブと吸い込まれていく。


「「おおおおおおおおおおおおお」」

 照明弾に照らされた、宙を舞う契約社員たちが、一斉に、歓声をあげた。


 そのうちの一人が、高度を下げながら邪神のカケラに一旦近づき、そして戻ってきた。


「穂積リーダー。ブレードの異世界転移、確認しました!」


「邪神のカケラに祈りを捧げよ。異世界に送ったユーザージェネレーテッドコンテンツ! 作者様の血と汗と涙の結晶! それらが異世界で、素晴らしいノンフィクションへと育つことを! いあいあ! 重版出来じゅうはんしゅったい!」

「「いあいあ! 重版出来じゅうはんしゅったい!」」


「いあいあ! 重版出来じゅうはんしゅったい!」

「「いあいあ! 重版出来じゅうはんしゅったい!」」


「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」」」




 まるでのような光景が、僕の眼前で展開していた。




 昨今の大手出版社は、ここまでやる。




 その全ては、読者に面白いコンテンツをお届けする為。




 出版不況で、紙出版は右肩下がり。

 しかし、そんな悪環境に屈する弊社ではなかった。


 人工知能の能力が人のそれを超える技術的特異点、「シンギュラリティ」の話題が、世を席巻して久しい。


 弊社は、そんな地点など、とっくの昔に過ぎ去っていた。ただし、明後日の方向に。



 世間がAIの技術的特異点シンギュラリティに警鐘を鳴らす中、弊社には今。




 鮮魚ラリティクトゥルフ的特異点が来ていた。

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