地下空洞

「1期108作品の人力下読み、手はずどおりにたのみます」

 1期作品の入ったデータスティックを、編集部の人に手渡した。


 社内の廊下を歩き、エレベーターに乗りこむ。

 扉の右側に、階数指定ボタンの列と、その下に鍵穴とがあった。

 編集長から借り受けたばかりの、名状しがたい形状の鍵を差し込む。そして、発声。


「マルヤマ書店編集部、安東 夏」


 このエレベーター自体が『認証装置』になっていた。

 エレベーター内カメラで顔認証。発声で声紋認証。その他諸々。


 セキュリティチェックをクリアすると、階数指定ボタン列の上に配置されたランプが、緑に点灯し、エレベーターが動き始めた。ふわっと一瞬、宙に浮くような感覚。エレベーターが下降を始めたことを告げていた。加速度を感じるのは最初だけだが、かなりの速度で下降、というより落下している。

 

 その状態で、

 スキマ時間を使って、原稿を読む。ううむ、この作品はハズレだな。目が滑る。引っ掛かりがない。


 恐ろしい程、地中へと潜ったところで、エレベーターは減速を始めた。体が少しだけ、床に押し付けられる感覚を覚える。


 そしてエレベーターは停止し、ドアが開いた。

 


 闇。

 


 目の前には、闇が広がっていた。



 不気味なほど冷たい風が頬に当たり、思わず震えててしまう。

 

 ライトを取り出して足元を照らす。

 このライトを天に向けてみたが、その光はむなしく宙に消えるだけだった。


 空間全体のイメージが困難なほどの、広大な地底空間。

 マルヤマ書店本社の地下に、これほど巨大な闇空間が広がっている事を知る者は、少ない。


 エレベーター付近には車両が何台も停められていた。

 そのうちの一台。いつも使用しているボックスワゴン車の後部に、首にかけてあったライセンスカードをかざし、ロックを解除。乗り込む。


 ワゴン車のヘッドライトをロービームで床に当てると、道筋を示す線が黄色く発光する。その黄色い発光と、ワゴン車の光以外は、あいからわず闇一色。


 僕はその、黄色い指示線を頼りに、ワゴン車を運転した。


 このあたりの上、「地上」はすでに、マルヤマ書店本社の敷地から外れているだろう。地下鉄より、はるか下に、これほど広い地下空間が、この島国に存在しているなど、誰しも想像だにしないだろう。マルヤマ書店の、限られた一部の者以外には。


 徐々に、魚のような匂いが鼻をつき始めた。


(くそ。前にこのワゴンに乗った人、車内空調を換気モードにしたな?)


 フロントパネルを操作。空気が車内のみを循環するように切り替える。

 そのパネルの上部付近にちょこんと乗った、さわやかフローラル系の芳香剤のボタンを、頭を上からはたくようにワンプッシュ。魚のような匂いは、いまだに苦手だ。


 そして闇の中、ワゴン車をさらに走させること


 車のフロントガラスに映るのは、ヘッドライトと、地面の黄色の指示線。あとは……、


 闇。


 その闇の中から新たに、赤い点と、緑の点と、黄色い点とが、無数に現れてきた。

 まるで、すさまじい数の「異形のモノ」が集まって、こぞって僕を見つめているようだった。

 

 視線の左の方に、ライトの反射で黒光りする、巨大な球体が、何個も鎮座していた。

 

 僕は車を停めた。

 エンジン音が消えると、あたりは一瞬、静寂に包まれる。

 音の反射も帰ってこない広大空間。


 その静寂を突き破るように、巨大な球体とは離れた付近から、どしゅう、どしゅうと、怪しげな音が聞こえ始めた。 


(もう、はじまっているのか……)

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