――6――

 翌朝、私は初見先輩の家のインターホンを押した。電話は繋がらなかったが、昨日の夜にLINEのメールが既読になっていたから、警察から解放されたのはわかっていた。


「ああ、君か……。参ったよ、警察が全然信じてくれなくてね。コインパーキングのビデオカメラのおかげで、ようやく無実だってわかったようでさ。まったくあのクソガキのせいで、ひどい目に遭った。今も意識不明だっていうけど、自業自得だな」


 私はよくしゃべるその口先に、例の動画が映るグレーのスマホを突き出した。


「な、何だよこれ……。顔も映ってないし、こんなんじゃ俺だって証拠にはならないぜ」


「声でわかりますよ。何なら学校のみんなに聞いてもらいますか」


「ふざけるな。そんなのいくらでもごまかせる。おまえみたいな冴えない女の言うことなんか、誰も信じないぜ。映像がなけりゃ駄目なんだよ。警察だってそうだったしな」


「ごまかす……ですか。でも先輩、映像ならここにありますよ」


 私が手にしたものを見て、先輩が唖然とする。今のやり取りを録画中の私のスマホだ。


「先輩の言うとおり、私は冴えない女です。張りぼてのつまらない人間です。でも君島君はクソガキなんかじゃない。あなたのような人に、彼を莫迦にする資格はないですっ」


 言って、私は踵を返した。どこからか蝉の鳴き声が聞こえていた。



◆◆◆



 僕は、夢を見ていた。長く、終わりのない夢を――。


 その夢の中で何度も何度も、彼女の笑顔を見ていた。天使のような笑顔。どこか儚げな澄んだ瞳と、おくゆかしいしゃべり方。すべてが愛らしく、僕の心を奪っていく。


 オリエマヤさん――。もう一度、会いたい。彼女の笑顔を見たい。


 それが僕の願い。夏休みの思い出に、たったひとつだけ欲しいもの。


 そういえば、彼女はどうしているだろう。あの後、何事もなく家に帰れただろうか。ひどい目に遭っていないだろうか。考えただけで、心配で胸が軋む。


 ねえ、神様。願い事を変えてもいいですか? 彼女に会えなくてもいいです。我慢します。代わりに彼女を守ってください。彼女から笑顔を奪わないでください。


 お願いします。お願いします。どうか、お願いします。――手を伸ばして懇願した。


 ふと、その手が温もりに包まれていた。何だろう、この心地よい温かさは――?


 僕はその答えを求めて重い瞼を開く。まぶしい光に視界が覆われてゆく。


 光の中に誰かがいた。どうやらその人が、僕の手を握っているらしかった。


「ねえ、目を覚まして、君島君。まだ夏休みは十分あるよ。たくさん思い出作れるよ」


 ああ、何ていうことだろう。これはきっと夢に違いなかった。長い長い、夢の続き。


 だってぼくの目の前には、彼女がいたのだから。


 顔をくしゃくしゃにした、あのかわいらしい、僕の天使が――。

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僕とキミの15センチ ファミ通文庫 @famitsu

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