27 クリス・ルシフエル
魔法使いの役割とは、前衛にる兵士への援護及び、戦局に決定打を与えること。言わば『身軽な砲台』とも呼べる。
そしてミーナが行うべきことは。ジャネットから放たれる魔法を、無力化する事であった。
「私の『サウンド』は貴女への講義用です。ですのでなるべく、素早く理解・習得して頂けるようお願いします」
「は……はいッ!」
しかし返答は届いていない。
前方で死霊の群れに立ち向かう
だがその拳に『音震』の魔法は付与されておらず。少ない魔力量から放たれる音の魔法は、ミーナへの一方向な伝言へと終始していた。
ミーナ自身の体は、体内に宿る『魔王の右腕』によって、悪意ある魔法からミーナを守る。
しかしそれは、魔物に対して有効な『ホーリー・ホールド』や『ライトニングスピア』といった光系統の魔法のみを例外とする。
同時に物理攻撃にも無力だが、死人は神父が一手に引き受けてくれている。魔術を使わない相手に、彼が遅れを取るとは考えにくい。
ここで問題とするのは、死人を操るジャネットからの攻撃。
彼女もまた、ミーナと同じ後衛の魔法使い。しかも錬度で言えば、ミーナよりも遥か高みに位置している。
その技量差を埋めるために――神父より送られた『講義』は、実に単純明快なものだった。
「思いっきりの魔力で相殺しなさい」
「んな無茶な!」
レッスンとも呼べないような、戦術とも言えないゴリ押しだった。
しかし実際、他に良い方法も思い浮かばない。
ジャネットが時折放つ攻撃魔法を、魔王の右腕の魔力で底上げした低級魔法によって、何とか打ち消す。それぐらいしか今のミーナにはできなかった。
しかも迂闊に、コチラ側から攻撃もできない。下手に魔法を放てば、ジャネットの転移魔法で自分達の方に跳ね返される。
まさに一進一退といった攻防の中。
頼みの綱とも呼べる先生からの通話が、途切れる時が来た。
「スイマセン。少し余裕が無くなってきたので、伝言を終えます。ですが貴方の役割は変わりません。信じていますよ、
返答も反論も待たず。それ以降、先生の言葉が届くことはなく。
黒服の神父は袖を捲くり、髑髏の騎士達を見据えた。
***
「さて……。ちょっとだけ、弱りましたね……」
眼前には、およそ百は超えている騎士の軍勢。
錆や劣化の激しい甲冑を着込み、槍と剣を手にして行軍する。
腐乱死体だけならまだしも、ガイコツとはいえ武装兵力だ。
ミーナへ言葉を送っていたサウンドを一時停止し、右腕の義手に取り付けられたワイヤーフックを大きく引っ張った。
内臓されたリコイルスターターがクランクシャフトに回転を与え、
関節部からは排気ガスが。そして腕全体からは、闇夜を切り裂くエンジン音が鳴り響く。
「粉砕する方向で、やらせて頂きます」
エンジンの回転数を上げ。ドラムのビートのように義腕をふかす。
軍勢の果てにいるジャネットは、かつての師の右腕を見ても――何も表情を変えることはなかった。
「……殺せ」
骸骨騎士の軍勢が、なだれ込む。
その波へ向かって、走り行く。
「サウンドッ!」
魔法を放ちつつ、左斜め前方へ踏み込む。
騎士は釣られて、右手に握った剣を振り上げた。
「フェイントですよ」
瞬時に右へと飛び跳ねて。
エンジン音で揺れ動く大気を拳にまとい、騎士の左耳――が存在していたであろう部位――を殴りつけた。
音震によって兜を割り、頭蓋骨も粉砕し、しかし崩れ落ちるのを視認することもなく。
即座に他の騎士の剣を左手で払い、右肘で下顎を砕く。
二体目の騎士が地に倒れる――。
――その背後にいた騎士から、槍の鋭い突きが繰り出された。
「ッ!」
瞬時に、大きく身体を仰け反らせる。槍先が顎を僅かに切る。
槍の穂先を蹴り上げ。
振り下ろされるよりも速く懐に飛び込み、甲冑の腹を殴り壊した。
だが敵はまだまだ減らない。
前後左右、四方向から。
囲まれた状態で、十字に交差するよう槍が突き出された。
飛び上がれば、射程の長い槍で貫かれるだろう。
「ならば――ッ」
地を這うようにして伏せる。背中に槍の行き交う感触が伝わる。
そして押さえ込まれるより先に、大きく背中で跳ね上げた。
槍を持ち上げた状態で呆然と口を開けている、正面の騎士へと向かう。
連打で頭蓋を砕き、彼が手放した槍を蹴って他の者へのけん制とし、その甲冑を後方へ投げ捨てる。
乱戦において、不利なのはむしろ騎士達だ。
密集した中で、たった一人を狙うは難しく。他の者が突き飛ばされたり倒れたりすれば、巻き添えで横転してしまうこともある。
「風を詠み、地に根を這うべし……! さすれば、何人にもこれを打ち倒すこと叶わず!」
たとえ囲まれようとも、波濤拳の基本さえ忘れなければ。
呼吸を乱さず、相手の『十の力』を利用すれば。
騎士達の剣が、神父服を斬り裂くことはありえない。
「攻撃到達点を予測すれば……! 後は半歩避けるだけで良い……!」
パンチもキックも、剣も槍も。弓や魔法ですら。
『攻撃』とは、相手に接触して初めて成立する。
ならば攻撃を受ける者とは極論、相手が狙い済ましたその着弾地点に、いつまでも立ち尽くしていた者のことを指す。
波濤拳とは、常に変化する大海の荒波。相手の攻撃到達位置には、決して身を置かない。
どれほど強力な攻撃でも。一撃必殺の魔法でも。着弾する場所さえ見極めることができれば、そこからほんの僅かズレるだけで、攻撃を無力化できる。
「御無礼ッ!」
再び墓標を足場とし。高く飛び上がる。
そして着地するまでに右を蹴り、左へも蹴り、そして着地してからの真っ直ぐなキックで騎士を突き飛ばす。
――イケる。確かな感触があった。
大きな負傷はない。残存する体力と魔力も充分。数は多いが、落ち着いて対応すれば――。
「先生ッ!」
そこへ。今まで戦いに集中して、あまり聞こえていなかったミーナの声が確かに届いた。その切羽詰る、悲痛な声が。
そして。夜にも関わらず昼間のような明るさに。青ざめる顔を、上空へと向けた。
「『ボルカニカ・バースト』」
燃え盛る巨大な火球の群れが。頭上へと、降り注いでいた。
***
草花の焼ける臭い。
溶ける金属。
焼けつくような空気の熱に、思わず咳き込む。
それで己の無事を認識するが――状況は、無事とは程遠い。
「……数でダメなら、質で勝負する」
死霊のゾンビと騎士達は、ジャネットの無差別攻撃で大半が焼け落ちた。
後方にいるミーナは、魔王の右腕が放つ黒い防御壁によって無事だ。
ミーナの魔法が、間一発で相殺してくれたのだろう。でなければ、自分も今頃は消し炭だった。
燃えてはいないものの、爆発の衝撃に痛む身体で立ち上がり――形を残している者の中で、最も負傷しているのは自分だと認識する。
「……本当は、母さんのために使うつもりだったけど……。でも仕方ない。魔石はまた、集め直せば良い」
ジャネットの手に握られた、淡く光る魔石。
それは王都の路地裏で暮らしていた、ストリートチルドレン達の所有物。
石本来の力と、生存するために注ぎ続けられた魔力は、純度の高い生命力の塊となり。
それらを『一つの形』に集約したそれは、莫大な生命力と魔力を内包した結晶となっていた。
魔王の右腕のように。あるいは、魔王の右腕が目指した完成形――伝説上の魔術増幅器にも近しい存在へと、変質していた。
「ジャネット……。貴女は……! 『賢者の石』を……!」
「……まだ足りない。でも、実験にはなる」
擬似的な『賢者の石』を、身近に倒れていた腐肉へ落とす。
すると肉は石を包み、エネルギーを吸い取り、原型を留めていなかった肉塊は、人型へと成る。
筋骨隆々とした体躯。その中心――心臓の位置には、月よりも輝く擬似賢者の石。
赤く光る瞳は神父を見据え、獣のような唸り声を上げる。
その死人の顔は――つい最近、見た顔だった。
「……あぁ……。ジャネット。『彼』が、一体何をしたと言うのですか……」
その死人は。フローレアが『おっちゃん』と慕っていた、壮年のストーンチルドレンだった。
長い間生き続けた、稀有な例。しかしそれも、ジャネットの手によって終わらされた。そして死後もこうして、肉体を利用されてしまっている。
こんな姿をフローレアが見たら、何と思うだろうか。
「……知り合い? でも、私は知らない。いちいち覚えていない」
賢者の石を内包した死者は、拳を握る。
何も考えぬ、ただの戦闘兵器として。術者の命令に従うまま。
人の命を繋げるための魔石の力で、誰かの命を奪おうと。
痛む身体に鞭を打つ。
もう存在しないはずの心臓が、自身の魔石が――いや、もっと根源的な部分から。煮え滾る何かがこみ上げる。
右腕のエンジンが、更に回転数を上げる。けたたましいその駆動音が、まるで感情と連動しているかのように。
「ジャネットォォォォォッ!!!」
サウンドの魔法で強化された拳を握り、操られる死人と、その奥にいるジャネットへ駆ける。
「……うるさい。『サイレント』」
ジャネットの魔法が。駆動していたエンジン音を、世界からかき消した。
「まずい! 先生ッ!」
自分に向けられていない攻撃以外の魔法は、いくら魔王の右腕の力を持っても防ぎ切れない。
無音の拳。消された駆動音。これでは、本当に丸腰になってしまった。
しかし。
その状態のまま――機械の右腕を、死人の顔に叩き込んだ。
「ッ!?」
「な……!?」
ミーナとジャネットは、同時に声を上げる。
全ての魔法を封じられた神父は、それでも尚。
剣と魔法を失った男は、素手のまま。
「さぁ、ジャネット……! 貴女の神に祈りなさい!! ですが……神が許そうと、私のこの拳は、貴女を許しはしないッ!!!」
鉄腕神父は、拳を振るう。
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