26 ネクロポリス・マジシャンズ

 グラリア王国首都エウロの郊外に位置する、サレムズ霊園。

 広い敷地内には数多の国民が埋葬され、そして小高い丘の上には、10年前の戦争で戦死した騎士達の墓標が立ち並んでいる。

 そこでは、寒い季節でも花開く、青紫色の花々が月光を浴びて咲き誇っていた。


「――マルタ村の教会で、共に暮らすイザベラという少女も、この花を育てています」


 花弁から目線を上げ。墓地を訪れた神父と魔女を捉える。

 白い外套に身を包むジャネットは、一つの十字架の前に立っていた。


「……ジャンヌも、そういえば好きでしたね」


 『氷の花畑』に描かれている植物と、似ているからと。

 十字架の下に、彼女ジャンヌが眠っているわけでもないのに。かつての会話が思い起こされた。

 共に過ごした、かつての日々が。


「……何の用」


 ジャネットは冷たく言い放つ。用件など、理解しているだろうに。


「貴女を止めに来ました」

「……何を止めるの?」

「母さんを――ジャンヌを生き返らせようなどという、貴女の無意味な計画をです」


 王都の路地裏で再会し。激情を剥き出しにした『攻撃』を受けた時より。

 彼女の『目的』を悟っていた。


「貴女が私に放ったのは攻撃魔法ではなく、『転移魔法』です。私の攻撃エネルギーをそのまま、私に反射させた」

「だから?」

「……そして、各地を転々としながら悪行を重ねていたマイク。彼の家の転移魔法陣を描いたのも、貴女でしょう。ジャネット」


 マイクが得意とするのは幻影や変化の魔法。五賢人に相応しい技量を極めたとしても、あれほどの魔法陣を描くとは思えなかった。

 だが、昔から転移魔法に興味を示していたジャネットなら。

 描く個人によって独特の違いが出る魔法陣を見た時から。

 既に予想は付いていた。


「ストーンチルドレン達が生きるために保有する魔石は、いわば生命力の塊。それを奪い、媒介とし、貴女は……魔法でジャンヌの魂をこの世に転移でもさせるつもりですか」


 転移の魔法は、近くに存在する物体を遠くへ運んだり、あるいは遠方の物を手元に引き寄せる。条件さえ揃えば、どれほど離れていようと理論上は転移可能だ。


「ですが、貴女も分かっているでしょう……!? 時間を止める魔法と、死者を蘇生させる魔法は存在しない……! どれほど奇跡の御業に見えても、魔法はこの世界に存在する法則を超越することはできない……!」

「存在しないなら、新しく作れば良い」


 一度決めたら、先生ジル母さんジャンヌに言われても曲げない。

 口数が少なく大人しい性格ながら、弟子達の中で一番頑固なのは、変わっていないらしい。


「ジャネット……!」

「……ねぇ。今度は『その子』なの? 先生」


 隣に立つミーナを見て。軽蔑と嘲笑を込めた口調で、言い放った。


「私達みたいに、また見放すの? それとも母さんみたいに殺す? 夢と希望を振りまくような顔と言葉で。あぁ、そうだ……! お前の身近にいる奴は皆不幸になる……! だけど私は、魔法で母さんを取り戻――」


 ――ミーナの大声が、言葉を遮った。


「魔法の先生に向かって、『オマエ』とか言うんじゃないの!!!」


 口を開けたまま、ジャネットの身動きが止まる。

 しかし、馬鹿を見るような目を向けられたままでも。ミーナは止まらない。


「先生の過去に何があったか知らないけど! アンタと先生との間に、どんなトラブルがあったかは聞かないけども! それでも、魔法で悪いことはしちゃいけませんって、アタシ達はそれを言いに来たの!」


 一気に言い切ると、「ふんす」と鼻息荒くし腕を組む。

 どうやら、伝えたいことはそれだけらしい。


「……バカなんじゃないの?」

「スイマセン。私の新しい弟子、バカなんです」

「バカじゃないです!」


 馬鹿正直というか真面目というか――だからこそ、彼女を弟子に選んだ。

 全てを託すに、相応しいと。


「……ですがミーナは、魔法を馬鹿な事には使わない。貴女や私と違って」


 ジャネットの瞳に殺意が宿る。

 向けられる闘気から目線を逸らさぬまま。拳を握る。


「……だったら。『馬鹿騒ぎ』でもして楽しもうよ、先生。そして、今度こそ……! 己の間違いを認識しろ……!」


 ジャネットの足元に『魔法陣』が広がり、光を放った直後に姿が消える。

 そこから十数メルトリス後方に、再び姿を現した。

 魔法使いの射程。最適な間合い。『戦い』においては、当然の位置。


 そして。地の底から『それら』は這い出る。

 森の木々がざわめき。花々は恐れをなし。

 霊園を包む空気が、一気に淀む。


「……先生、なんか……。ヤバそうですよ……!」


 ミーナの怯えた声が耳に届く。

 しかしそれもすぐに、数多の『呻き声』にかき消されてしまう。


 墓の下より現れる、土葬されたばかりの腐乱死体。

 どれもこれも、心臓の位置に穴が空いている。


「……『死霊魔術ネクロマンシー』……!」


 ジャンヌを生き返らせる魔法の、その研究の副産物といったところだろう。

 魔石を奪われ死んだストーンチルドレンの遺体を利用し、復活させる実験をしていたのか。

 しかし生命を与えられなかった彼らは、ただ本能のままに生者を求める人形と化している。

 その数は十や二十で済みそうもない。

 同時に、たった一人を蘇生するために、犠牲にした『業』の数でもある。


「……ミーナ。私がこのゾンビ共を引き受けます。サポートは頼みましたよ」

「で、でもアタシ、まだ魔法をそんなに……!」

「『サウンド』の魔法で貴女に声を届けます。戦いながら教えますので、貴女も戦いながら覚えなさい」

「そ、そんなこと……!」

「可能です。前衛は私。そして後衛は貴女の担当……。後方からの援護が、『魔法使い』の役目でしょうが……!」

「……!」


 魔法使いの役割。それが果たせないと思った者に、背中は預けない。


 ミーナは己の頬を強く叩き、覚悟を決めた。


「分かりました、先生……!」

「ヤツらは私に任せなさい。貴女には近付かせません。それに……死人を弔うのも、神父の仕事です……!」


 首のストールが夜風になびく。長く灰色のそれは、神職者が役目を果たす時に巻かれるもの。

 金の十字架が月光を反射させ――月夜の墓地を、駆け抜ける。


「さぁ……! 行きますよ、ミーナ!」

「はいッ! 先生!!」


 押し寄せる腐肉の波濤へ、飛び込んだ。


***


「『オーラブル』」


 ジャネットは死人達に向かって魔法を唱える。

 すると彼らは赤い光に包まれ――その緩慢だった動きは、見違えるほどに俊敏になった。


「これほどの数がいるのに、全員へ強化魔法をかけるとは……! 正直驚きですよ!」


 強化された死人が。素早い動きで掴みかかってこようとする。

 それを払い、足を踏み付け、頭部と鳩尾を打つ。

 急所を同時に殴られた死人は、力なく倒れた。


「ガァウ……!」


 今度は左から振り下ろされる爪。

 その手首を掴み、引き寄せ、脇腹に肘を叩き込む。

 よろめいた死人に更に蹴りを入れ、迫っていた他の死人もろとも横転させる。


「シャァッ!」


 右斜め後方からの蹴り。

 頭部を狙えるほど打点の高い蹴りだ。ただのゾンビではなく、強化された腐肉だからこその動き。

 だが同時にそれは、波濤拳にとっても利点となる。


 相手の腰の位置よりも低く屈む。

 頭上を掠める蹴り。

 右足を軸にし、同じく回し蹴りで、左足のカカトを脳天に叩き込む。


「ガッ……!?」


 死人は全力で蹴ろうとして空回りし、そこに柔軟な足腰から放たれるカウンターキックを貰い、腐敗していた頭部は吹き飛んだ。


「……あんまり気味の良い感触はしませんね、やはり」


 それでも打撃の手を緩めはしない。

 多勢に無勢の波状攻撃でも、ものともしない波濤拳技術

 だが感情を持たない死人達に恐れは無く、続々と迫り来る。


「右腕は良い感じですね……! 流石はハンナです!」


 新品の義手は唸りを上げ、ここ最近で一番の稼働パフォーマンスを発揮する。

 連動するようにして、己が肉体の動きも。


 迫り来る腐った手首を掴み、指が下へ向くよう折る。

 丸見えになった相手の手の甲を殴り付け、両手を破損させる。


 死角から繰り出された蹴りは、肘と膝の間に挟んで防ぐ。

 足首を掴み、引っ張り、相手の軸足を地面から掬い取るかのように蹴る。

 さながら『股割り』のようにして死人の視線は下がった。

 そこを――回し蹴りで頭蓋を割る。


 数が多いので一度後退し、逃げるかのように背を向けてから――。

 墓の十字架を足場にし、駆け上がり、身を捻りながら蹴り下ろす。

 肩甲骨を砕かれた死人は悲鳴を上げることもなく、苦痛と共に地へ沈んだ。


「肉体が脆くなっている死体では、この程度の数を揃えようと無意味です……!」

「……そう」


 さして興味無さそうに、ジャネットは呟く。この程度は、想定していたかのように。


「じゃあ追加する」


 更に強化するでもなく、援護の魔法攻撃をするでもなく。

 『足りないならもっと数を足せば良い』という発想は、実にジャネットらしい。


 そして再び、霊園を囲む森がざわめき。

 闇の奥より、数多の金属音が鳴り響く。


「……あぁ、そう言えば……! 貴女もティトと同じで、『勝つまで挑めば負けない』主義の子でしたね!」


 ここは霊園。10年前の戦没者を弔う場所。

 そしてグラリアでは慣習として、その騎士が生前愛用していた剣や槍といった武具を、副葬品として故人と共に埋める。


 ミーナは以前マイクに言った。「先生を倒したければ、一個大隊くらいは必要だ」と。

 そして神父クリスは考える。かつての戦争で、自分の指示で魔物達を戦わせ、屠った騎士の数は――何人だっただろうかと。


「……さぁ、行って。貴方達が10年前、殺したかった『魔王』はあそこにいるよ」


 白骨のみの亡霊と成り果てようと。

 甲冑に身を包み、剣を握れば彼らは騎士。

 祖国グラリアのため。そして、身を動かしてくれる新たな主ジャネットの命に従い。


 髑髏の騎士団は、進軍を開始した。

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